二階堂 郁子

 三階の階段から更に上に向かう階段の前で止まる。

 もう使っていない机や椅子、備品が積み上げられていて通れないが、子供なら通れるくらいの隙間はある。

 そこは掃かれたように埃がない。そこだけ掃除したなんて事はないだろう。

 ここを通っていた者がいるんだ。

 そう、この校舎には三階の上に時計塔のような出っ張りがある。実際時計が付いていて、近隣や校庭に時間を知らせるのに役立っている。

 僕達は隙間を潜り、積み上げられた机のバリケードを抜ける。

 雑に物の置かれた階段の脇を抜け、上階に上がる。

 そこは狭い空間になっていた。

 大きな機械は時計の裏側だろう。必要な時はこれを開けて時計の調整をするんだろうけれど、かなり長い間ほったらかしみたいだ。

 そして横には窓と言うか小さな扉があり、薄く光が差し込んでいる。

 その光が差し込む先に、何か動いているのが見えた。がさがさという音と小さな鳴き声も聞こえる。

「子猫?」

 野良猫が巣を作っていたのか。段ボールなんかが無造作に置いてあり、人も滅多に来ない場所は都合がよかったんだろう。

「でも親猫は?」

「いないわね。もう逃げた後みたい」

 と言って僅かに開いた扉を開ける。

 ぎいっという音を立てて開いた木製の扉の向こうには、屋根の上でうずくまる子猫が。


 そうか。これがその『理由』か。


 二階堂さんは声を聞きつけてここに上がって来たんだ。そして親猫は驚いて逃げて。

 でも外から戻れなくなって困っている子猫が見えて、責任を感じた二階堂さんは自分で助けようとして屋根に出て、落ちたんだ。

 三階の窓ではなく、更にその上の屋根から落ちた。

「コウ君、出番よ」

 僕に助けに行けって? 二階堂さんの二の舞になったらどうすんの?

「じゃ、わたしが行く」

「い、いや。分かったよ」

 さすがに女の子に行かせるわけにはいかない。でも僕は自慢じゃないが運動神経は悪いんだ。

 と深呼吸をしていると空湖が汚れたロープを出した。

「そこにあった。これ結んで」

 命綱か。幾分か気が楽になる。

 腰に結んで、四つん這いになって屋根へ出る。

 こ、恐い。下を見ないよう前を見る。視線の先にはうずくまる子猫が見える。

 この子猫はもう一時間以上もこうしているんだ。早く助けてあげないと……。

 ゆっくりと近づき、子猫を手に取った。かなり震えているが、まだ元気はあるようだ。


 ここでふと気付いた。僕はどうやって戻ったらいいんだろう。

 立ち上がる事は出来ない。四つん這いのままバックしようにも子猫を両手で抱えたままではそれも無理だ。

 片手で子猫を持つには安定が悪い。首の後ろを持ってればいいんだっけ? と試してみるがやった事もないのでうまくいかない。

 どうしよう、シャツの下にでも入れようか。でも爪が痛そうだし、暴れて落ちたりしたら大変だ。

 と色々と考えを巡らせていると空湖が声をかける。

「どうしたの? コウ君。戻れないの?」

「そうみたい」

 僕も子猫の二の舞だ。

「ロープ引っ張るよ。しっかり猫持ってて」

 ちょちょちょっと、と言う間もなく僕の体は後ろへ引っこ抜かれる様に飛んだ。

 ゆうに三メートルは飛んだかもしれない。出入口の上部で後頭部を打ったがそれは恐怖感に比べれば大したダメージではなかった。

 校舎内に引っ張り込まれ、空湖が僕の手から子猫を外す。

「わーかわいい。よかったね。無事で」

 空湖が子猫を愛でている間、僕は猫を手に持った形で固まったまましばらく倒れていた。

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