捜査開始

 二階堂さんが落ちたと言う現場から三階の窓を見上げる。

 地面に広がった血の跡はもう消されている。彼女はまだ死んだわけではないので事件現場ではない。

「二階堂さん、どうして三階から落ちたのかしら」

 それは二階ではなく……という意味だろうか。


 二階は自殺に適さないからじゃ……とも思うけど、確かに三階でもそんなに違わないかもしれない。

 本当に自殺を考えていたならもっと高い所から飛び降りそうなものだけど。

 でも自殺未遂には、本当に命を断とうとするケースと、周りに対するSOSなだけで、本当に死ぬ気は無いケースがあると本で読んだ事がある。

 僕には自殺をする人の気持ちは分からない。

 でも、三階から飛び降りるなんて高さ的にも微妙だし、恐くて簡単にできるとは思えない。

「男の子って、女の子は空から降ってくると思ってるのよね?」

「いや、そんな事はないと思うよ」

 現実に振ってきたら大騒ぎだよ。今回みたいに。

 それに僕らはまだ小学生だし。

「あそこは用具室なのよね。普段誰も使ってないはずなんだけど、行ってみましょう」

 職員室に寄って、次に使う教室の鍵を借りるフリをして用具室の鍵を持ち出す。鍵は誰でも簡単に持ち出せるようだ。

 鍵のかかった用具室のドアを開け、中に入る。

「あれから誰も入ってないのかな?」

「足跡は新しいみたいよ」

 空湖が言う通り、足跡と言うほどではないが薄く埃が積もっているため、歩いた跡は分かる。

 人が立ち入った事は間違いないようだ。

 でも数人の児童の足跡がバラバラとついているので、あまり手掛かりにはならないか。

 窓の近くにもあり、既に多くの生徒がここから下を覗き込んだんだろうと思わせる。という事は、昼休みにはこの部屋の鍵は開いていた。

 僕は窓枠に体を振れないようにしながら、恐る恐る下を覗き込む。

 三階くらい……、と思っていたけど、こうして見ると足がすくむ。思ったよりも高い。

 思わず腰が引けてしまう。

 こんな所から飛び降りる人の気がしれないけど、それだけ追いつめられていれば分からないわけで……、でもこの高さなら地面に激突するまでハッキリ意識もあるんだろうな。

 高い所なら地面に到達するまでに意識を失うんだろうけど、それはつまり意識を失うまでずっと恐怖にさらされ続けるという事でもある。

 それなら一瞬で頭を打って意識を失う方が恐怖が少ないのかな、なんて若干パニクって場違いな思いを巡らせてしまう。

 僕は地面から目を逸らして窓枠を観察する。

 枠からは足をかけて乗り越えたかどうかまでは分からない。

 警察の鑑識なら分かるんだろうけれど……、もし二階堂さんが死んでしまったらここは事件現場になるんではないだろうか。あまり触らない方がいいんじゃ……。

「遺書ってどこにあったのかしら?」

 空湖が僕の隣にやってきて言う。

 そう言えばそんなウワサだったね。確かに飛び降りなら靴を揃えて置いて、その上か横に遺書、というのが定番な気はする。片づけられたのか、それとも彼女は靴履いてたかな。

「靴は履いてたしね」

 そうなんだ。ちゃんと見ていたのか。だからと言って自殺で無いとは言えないけど、僕はそもそもなぜ自殺の前に靴を脱ぐのかも分からない。

 ここから飛び降りましたよ、という意思表示なのか。遺書がどこかへ飛んでしまわないように重しにするのか。

「そもそもウワサだしなぁ。ホントにあったのかどうかも怪しいし」

 あれば回収されているだろうから、職員室にあるのかな。

「コウくん、ちょっと飛び降りてみてくれない?」

 なんでですか?

「あそこが、二階堂さんの倒れてた場所よね?」

 空湖が指す場所に目を凝らす。

 地面は均(なら)されているので分かりにくいけど、確かあの辺だ。

「コウくんあそこまで飛べる?」

 言われると……、飛び降りた先としては少し遠い気がする。

 あそこまで飛べと言われても、僕なら助走しないと届かない。

 でも自殺する人間が、飛び降りる勇気がなくて一気に助走をつけて飛び出した、という事はあるかもしれない。

「そしたら凄いジャンプ力よね」

 それもそうだね。

 飛び降りた先と言うより、まずこの窓を飛び越さなくちゃならない。何か台を置いていて、もう片付けられた可能性もあるけれど。

 その時ドアが開き、教頭先生が入ってきて僕らは追い出された。

 やっぱりここは閉鎖されるみたいだ。二階堂さんに何かあったかどうかは教えてくれなかった。

 僕と空湖は再び外へ出る。

「ウワサの発信源を特定できると、何か分かるかもね」

「そんな事出来るの?」

 僕は校舎から離れ、校舎の屋根から少し飛び出したようについている時計塔を見る。

「でも、もう休み時間終わっちゃうよ?」

「コウくんは教室に戻っていいよ」

 またそんな。

 一人で調べるつもりだろう。

 本当に助走をつけて三階の窓から飛び出しかねない空湖を放っておくわけにもいかず、僕は先生に頭が痛いのでと早退する旨を伝えた。

 空湖はいなくなっても誰も気にしない。

 授業をサボるのなんて生まれて初めてだ。僕は一応優等生で通っている。僕の未来は大丈夫なんだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る