コンビニ草紙

杜戸

第一話 初見

私の名前は坂本リョウコ。

27歳。

都内出版社のファッション編集部に勤務している。

ちなみに独身、彼氏いない歴2年。

父が坂本竜馬の大ファンで、こんな名前になってしまった。

名前のせいか、性格も男勝りでサバサバしていると周りに言われている。

恋人はいたが、色々と面倒なことがあって別れてしまった。



一人でいる方が楽。



いつからかそんな風に思うようになっていた。

面倒だなんて思う所が男っぽいと言われる原因なのかもしれない。

そんな私の息抜き、というか密かな楽しみは、ファッション関係の仕事とは裏腹にとても地味な事だ。


住んでいるマンションの隣にコンビニがある。

基本的にお昼ご飯や夜食はこのコンビニに立ち寄って買ったものを食べる事が多い。


私はコンビニが好きだ。

名前の通り便利だし、私みたいな料理嫌いの独身女性にはかなり強い味方に感じるから。

私が一番好きな時間は、仕事休み前の深夜に、ほぼすっぴんでメガネ、部屋着といったダサい風貌でコンビニで過ごす時間だ。

適当にファッション誌を手にとってトレンドを一通りチェックした後、缶ビールとおつまみを買って部屋に戻る。

深夜のコンビニは夜なのに、光る箱みたいに明るい。

なんとなくコンビニに入ると自然との不調和の中にいるような気がして、そんな所にいる自分は本当の自分ではないような、そんな気がしたりもする。



ある日の仕事休み前の深夜、私はいつも通りコンビニに入った。

入るとすぐに左に曲がり、女性誌コーナーの前で立ち止まる。

雑誌を目で追いながら、適当に手に取る。

その瞬間、右からすっとその雑誌に手が伸びてきた。

少し手が触れてしまい、瞬間的に手を引っ込めながら相手の顔を見た。


「あ、すいません。」


そう言うと、相手は軽く頭を下げた。

何となく女性誌は「女性」が見るもの、と決め付けていたが、その綺麗で長い指の持ち主は男性だった。

髪はくしゃくしゃの猫ッ毛で目の下はちょっとクマっぽい感じ。

肌の色が白く、少し不健康そうに見えた。

ただ、そんな事より私が気になったのは彼の服装だった。

今の時代には似合わない服、というか着物だった。

深夜のコンビニ、しかも着物に下駄という装いで、なぜか今のトレンドを紹介している女性誌を見ようとしているのだ。

あまりのミスマッチさに、自分は本当に不調和な世界に溶け込んだのかと一瞬思ってしまった。


「あ、いいすよ。どーぞ、どーぞ。」



男はそう言うと、隣にあった違う女性誌を手にとって読み始めた。

私は何も言えずに、彼から譲られた女性誌を読んだ。


正確には読むフリをした。

突然現れた、タイムスリップしたような格好の隣の男が気になって仕方なかったのだ。

雑誌で半分顔を隠しながら、その男をちらちらと盗み見た。

さっきは咄嗟の事でわからなかったが、よく見ると格好は風変わりなものの、かなり顔の整った青年だった。

年齢は私より下にも見えるし上にも見える。

見すぎたのか、私の視線に気づき、その男が私をじっと見てきた。


慌てて自分の持っている雑誌に目を走らせる。

それでも男は私の方をしばらくじーっと見ているようだった。


しばらく恋愛をしてない独身女性なんていざ知らない異性に想像もしていなかった形で会うと馬鹿みたいに緊張してしまう事がよくわかった。


もしかして、この人も私の事が気になったりするのかな。


なんて自意識過剰に一瞬思ったが、よく考えると今の私の姿はメガネでスッピン、部屋着姿だ。

こんな格好の女に恋する男はこの世界に何%いるのだろうか。

おそらく10%満たないのではないか。

冷静になってみれば、この男はこの雑誌を見たがっていると考えるのが普通だという結論に至った。


今の私はその男がどうゆう人物なのかという事が気になって、読んでいないに等しいから、雑誌を渡そうか迷った。


さっきは読みたがっていた雑誌をとってしまう形になってしまったし、無言で雑誌を棚に返したら失礼になるのではと考え、意を決して話しかけてみる事にした。



「あの、この雑誌、読み終わりましたから。」


すると男は一瞬驚いていたが、軽く頭を下げて猫の様に笑った。

実際、猫が笑った所なんて見た事はないけど、きっとこんな感じに、

憎らしくも人を惹き付けるような笑い方をするんじゃないかと思う。


雑誌を渡すと、男は熱心に読み始めた。

着物の男性が女性ファッション誌を真剣に読んでいるのはやっぱり不思議で、しばらく観察していたいところだったが、 手持ちぶさたの私がいつまでもその場にいるのはおかしく感じたので、ビールと適当におつまみを買ってそそくさと部屋に戻った。



ビールを飲みながら明け方近くまでテレビを流して見ていたが、

ずっとコンビニであったあの青年の顔が頭から離れなかった。

このマンションに越してから2年程経つが、あんな人と会った事は一度もなかった。

もしかしたら、心の奥底で眠っている結婚願望が知らない間に膨らんで幻を見せたとか。


そこまで頭はおかしくなっていないと思いたいが、あの男の恰好や整った横顔を思い出すと

自分の作り出した幻想だったのではと真剣に考えた。



「……まさかね。」


小さな声でぼやいてみる。


もしまた会えたなら幻想かどうかわかるのではないかと、酔って回らない頭で考えながら明け方私は眠りについた。

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