第9話 親睦会は煙の中で
「機竜形、定期起動を開始。立ち上がり、順調ですな」
一人の男が、隣に座る相方の男にそう声をかけた。相方は前方の窓から見える景色から視線を外し、男に頷く。
「ええ、順調です。しかし何ですな、こうして定期的に動かさないとならないというのは、面倒ですな」
相方はそう言って、自分の座る席の前に並ぶいくつもの計器類に目を落とした。計器が表すのは、彼等が機竜形と呼ぶ乗り物を支える四つ足のシリンダー内の圧力や本体内部の気温、彼等がいる操縦席の傾き具合や、機竜形を動かす蒸気機関のボイラーの温度やタンクの水量などであり、そのいずれもが二人にとって想定の範囲内で収まっている。決して広いとは言えない操縦席の中、膝を寄せ合う格好で並んで座る二人にとってはどれも見慣れたものだ。だからか、二人のやり取りも呑気なものとなっていた。
「仕方ありますまい、アンド殿。ボイラーに熱を入れ続けねば機竜形を形作る鉄の寿命が縮みますからな。膨張と収縮とを頻繁に起こしてしまっては、機竜形を構成する部品にも影響が出てしまいます」
「蒸気機関の欠点ですな、ウンド殿」
「全くですな」
そう話す二人の眼前に設けられた窓からは、二人にとって代り映えのしない景色を覗くことができた。広がる草原、青みがかった山脈に、かすれたような雲を浮かべた青い空。
数分前まで、森の木々に一切を遮られていた事を考えれば、胸のすくような景色ではある。それでも、今いる湖を拠点に構えて四か月も経っているのだから、飽きは来る。
「歩行チェックをしましょうぞ。頭と尾を動かしてくだされ」
四本のレバーに座席を囲まれているアンドが、ウンドに頼む。ウンドは自分を挟むように並ぶ二本のレバーに手をかけ、了解と頷いた。
「ヘッド、テイル、同時起動」
入れ違いの方向に向いた左右のレバーを、ウンドは同時に起こした。
ガコン、という音が彼等の座席の斜め後方で上がり、わずかな揺れと共に彼等の乗る四つ足の乗り物、機竜形に変化を与える。
前方の窓の外で、窓の下から太く長いものが持ち上がる。鈍色の装甲と可動のための蛇腹で構成されたそれは、二人の視界を遮るように大きくのけぞった。彼らの視界にはないが、その背後でも同様に蛇腹で構成された長いものが持ち上がり、前後でそれぞれが機体全体のバランスを取るように波打っていた。
座席が前後に揺れるのを尻と背で感じながら、アンドが四本のレバーを動かす。
アンドの座席の前方に二本、後方に二本。アンドが左前のレバーを掴み、外側に倒すと、機竜形は左の前足を持ち上げ、外側に足を広げた。その操作によって、二人のいる操縦席ごと本体がわずかに左に傾ぐ。それを直すように男が右前方のレバーを広げるように倒すと、機竜形は右の前足を広げ、その巨体のバランスを保ってみせた。
「前傾姿勢ですな」
操作の結果を、ウンドが言う。
「左様ですな」
すぐさまアンドが左後方、次いで右後方のレバーを広げる。操作を受けて、機竜形は左の後ろ脚、次いで右の後ろ脚を広げて体の水平を得た。
「流石ですな」
「慣れたものです。……おや」
四つ足を操作していたアンドが、窓の外、右前方を見て声を上げる。
「どうしましたかな?」
「人がいますぞ。四人ほど」
アンドの言葉を受けて、ウンドが同じ方向を見る。今や機竜形を立ち上がらせた事で、彼等の視界に遮蔽物となるものは機竜形の首以外にはない。
長い金属の首越しから、機竜形のいる湖と近くの村とをつなぐ唯一の道に、四人の男女がいるのが見えた。
「いますな。四人」
「しかも、見覚えのある顔がいますぞ」
機竜形の操作のために選ばれた、高い視力を持つ二人が、眼下に見える四人のうちの一人、唯一の男の顔に注目する。
「あれはヒジャの、勇者を自称する男に似ていますな」
「そっくりですな」
「またあの国は勇者を送り込んできたと見えますな」
「となると、ですな」
「ええ、ですな」
ウンドはレバーを操作し、機竜形の長い首を持ち上げた。彼等の視界を遮るように、機竜形の首がのけぞる。
そしてウンドが機竜形の首を操作するレバーの先に付いたボタンを親指で押し込むと、首の先についた箱型の頭がその顎を広げ始める。
「「我等に箔がつきますな」」
二人の意気込みを表すように、ゴオォ、と機竜形が吠えた。
森の向こうで吠える竜を前にして、荒也は息を呑み、エリザ達三人は狼狽した。
「どどど、どうすんのよ!?」
責めるようなエリザの問いに、荒也はどうしようと慌てるのをどうにか堪える。
「ま、まだ見つかったとは限らん。皆で急いで慌てず、どこかに隠れるぞ!」
言われてすぐに、アーシーとククリマが辺りを見回す。草原にはあちこちに波打つような起伏があり、また、白く鋭い岩がいくつも点在して転がっている。しかし生憎な事に、そのどれもが人ひとりを隠す事も適わないほど浅く、また、小さいものばかりだった。
「駄目だよ、いいのが全然ない!」
ククリマの言う事を確認するように荒也も首を巡らせ、その通りだと痛感する。
「ええい、じゃあ森だ!急いで突っ走れば……」
その提案を即座に否定するように、竜が開いた顎の奥から火を噴いた。
炎は長い穂のように伸び、眼下の木々を撫でていく。燃え移った炎が、木々を松明へと変えていき、辺りを黒煙でけぶらせた。その様を見て、荒也は息を呑む。炎の熱波が肌を撫でる気すら感じさせる光景である。
「……やっぱロボはずるいってぇ……」
インチキを訴えるように、荒也は呟いた。
「さっきから何よ、ロボって!」
エリザが改善されない状況に苛立ちを募らせながら、荒也に詰め寄る。
「機械仕掛けで動くでかい人形だよ!俺の世界でも伝説級の代物だ!」
それを聞いて、エリザやアーシー、ククリマの顔がこわばった。
「代理様の世界でも、ですか!?」
「そんなのどうしろってのさ!」
ククリマが悲鳴に似た声を上げるが、それを非難する者はいない。
考えあぐねる四人だったが、ふと、森の中で何かが動く様子に気付いた。見れば、何人もの人影が、竜から逃げるように森から飛び出しているではないか。
白い鎧を着た者もいれば、いつか四人が見た軍服に似たものを着ている者もいる。鎧の造りを見て、エリザが気付いた。
「あ、ジルトールの!」
エリザ達三人が目を見張るが、荒也だけは大して動じていなかった。
この世界にロボなど用意できるような国が、そこしか思い浮かばなかったからである。
ジルトールの者達は、離れた場所にいる荒也達には目もくれず、思い思いの方向に突っ走って離れていく。その場に留まろうとする者は、誰もいない。
「竜がジルトールを追っ払ってるの?」
そう尋ねるククリマに、荒也はいや、と答えた。見たままで言えば、確かに彼女の言う通りにも見える。
「あのロボは十中八九ジルトールのものだ。多分だけど、あのロボの整備や警備とかで人手がいるんだろうな。で、乗ってる奴がその連中に構わず火を噴いたんだ」
荒也の説明に、アーシーがふと気づく。
「え?……という事は、あの竜は人が乗って動かしてるんですか?」
その言葉に、エリザとククリマが驚く。
「ああ。湖にいる理由も多分拠点に向いてるからじゃ……」
そこまで言いかけた所で、荒也の目があるものに向いた。逃げ惑うジルトールの人間の中に、見覚えのある者がいたのだ。
開き切らない細い目付きで、薄い唇。逃げ惑うジルトールの人間の中で、唯一背中に火がついており、悲鳴を上げながらでたらめな軌道で逃げていたため、それは一際目立っていた。
「あーちゃちゃちゃちゃ、ちゃーあっつーい!」
火を背負いわめくその人物は、ついに足を滑らせて肩から倒れたが、すぐにしめたとばかりに背中を地面にこすりつける。その様はかゆい背中を床で掻く犬か猫のようで、必死にやっているのが、見る者に笑いよりも哀れみを誘わせた。
「うわぁ……」
火を消そうとあがく男の有様に、エリザが正直な声を上げる。
「もうこれ見てらんねぇな」
言うや否や、荒也が駆け足で道を駆け下り男へと近づいていった。それを見て、エリザが呼び止めようとする。
「ちょ、ちょっと!助ける気!?」
「恩を売りに行くんだよ」
それだけ言って荒也は制止を振り切った。
こう言われると返す言葉がないのか、遅れてククリマが、そしてアーシーが彼に続く。やがて仕方ないとばかりにエリザも後を追い、火にもがく男を四人で囲むと全員で羽織っていたマントを男にかぶせた。不意に視界はおろか全身までをも覆われた男は驚きの声を上げるが、火が弱まるのが分かったのか途端に大人しくなる。
やがて完全に火が消えたのか、積み重なったマントの下から落ち着いた様子で男の頭が這い出てきた。
「いやー、助かったよ。誰だか知らんがありが……」
とう、と言いかけたところで、男の目がすぐ前で屈んでいた荒也と合った。丸く見開かれた目を二、三度瞬かせた後、あぁ、と頓狂な声を上げる。
「お、お前は勇者もどき!なんでこんなトコに!?」
「もどき言うな、アホ。お前こそ、なんで森から出てきたんだよ」
荒也はマックジョイに人差し指を突き付け、尋ねた。マックジョイは拳銃に似せたそのジェスチャーの指す意図に気付き、不服そうに答える。
「あの湖がこの辺りでの、ジルトールの拠点だったんだ。俺もついさっきまで、そこの世話になってた。機竜形を動かす蒸気機関にゃあ、水が必要になるからな」
「きりゅうけい?」
耳慣れぬ単語に、ククリマが荒也のすぐ隣で同じように屈んで首を傾げる。マックジョイは視線を、森の中で未だわき腹から蒸気を吐きながら火を噴いている竜に向ける。
「ジルトールが作った、機械の竜だ。人の形をしているのが人形だ、機械で出来た竜の形をそう呼ぶのは、当然だろ?」
荒也はなるほど、と頷いた。
それを聞いたエリザが、片膝を付いてマックジョイを見下ろす。
「やっぱり作り物なのね。道理で呼吸がないと思った」
「鉄の蠅といい、実験隊といい、ジルトールってのはやべぇモンを作りたがるんだな」
荒也が渋面を浮かべてそう言うと、マックジョイははっ、と笑った。
「今の王になってからさ。あのお方が産業の強化に腐心するようになってから、俺の国は様変わりしちまった。あんなものを作って、よその国にけしかけるくらいにな」
そう言って、マントの下から出した親指を機竜形と呼んだものに向けて指す。
聞きつけたように、機竜形は四角い顔を荒也達に向けてその顎を開いた。
ゴオォ、と一声吠えた後、ゆっくりとその足を荒也達の方向へと持ち上がる。たった一歩踏み出すだけで、地鳴りに似た重い足音が上がった。
「やっべ、来るぞ」
荒也のその一言を肯定するように、また一歩機竜形が歩みを進める。
その前足が、ついに森を出た。
せわしなく四本のレバーを動かしながら、アンドが前方にいる目的の集団についてウンドに話しかける。
「機竜形は歩かせられればもう上等、とは言いますが、追いかけっこになると途端に忙しくなりますな」
機竜形の歩行動作を担当するアンドと、歩行の際のバランスを取るために首と尾との動作を担当するウンド。機竜形の歩行は両者の息が合ってこそなし得るものであり、先ほどの言葉は同じ苦労を知る者に対する信頼の表れともいえた。
「相手は今立ち止まっていますがな」
「全くですな。ところで、火を噴くのはやりすぎましたな」
少し前にウンドが首のレバーを操作して、機竜形に火を噴かせた時の事を引き合いに出す。
「やってしまいましたな。整備員や警備兵まで火中にさらしましたぞ」
言葉とは裏腹に、ウンドに悪びれる様子は全くない。
「やってしまいましたな、ウンド殿」
アンドにも、相方を責める様子はまるでなかった。
「つい気が逸ってしまいました」
「仕方ありますまい。功成り名遂げるには、多少の失敗や犠牲はやむなしですぞ」
「全くですな」
兄弟でも双子でもない二人は、そっくりな顔で同じく平然とした表情を作り、同時に鼻の下のちょび髭を掻いた。
「それより大事は、我等が戦果。早く追いつきましょうぞ」
「全くですな」
機竜形はなおも前進し、目的とする勇者一行の元へと一歩、また一歩と迫っていった。
迫る竜を前にして、荒也は仲間たちを振り返る。
「……で、どうしよう?」
呑気にも聞こえるその質問に、それまで黙っていたアーシーが、我慢できなくなったかのように大きな声を上げた。
「逃げますよ!」
「異議なし!」
荒也の声で、彼とエリザ、アーシーとククリマ、そしてマックジョイが同時に竜に背を向け、逃げ出した。並走するマックジョイに荒也が気付き、目を疑う。
「お前、なんでついて来るんだよ!」
「逃げるんならこっちになるだろぉ!」
図らずも五人で並んで走るその方向は、荒也達が半日前にいたガミカの村の方向だった。来た道を引き返しているのに気付いたククリマが立ち止まり、声を張る。
「この道は駄目だよ!村に戻っちゃう!」
その言葉でアーシーが、次いで荒也とエリザが足を止めた。
「ああっと、そうでした!でしたら、ええと……」
アーシーが慌てて周りを見回すが、身を隠すのに都合のいい森は遠く、辺り一帯に広がる草原の起伏も緩い。隠れる場所は、ないに等しい。
なおも困った顔で視線を巡らせるアーシーを見かねて、荒也が言う。
「これもう戦うしかなくねーか!?」
「バカ言わないでよ!勝てると思ってるの!?」
荒也に怒鳴るエリザ。
その大きな声を聞きつけて、先を急いでいたマックジョイが足を止めた。
「お前ら何やってんだ!早く逃げろよ!」
彼の言いぐさに、荒也が声を張る。
「意見がまとまんねーんだよ!お前はもう先に行ってろ!」
途端に戸惑うマックジョイ。
機竜形はなおも一歩、また一歩と前進し五人の元へと近づいてくる。巨体がまだ視野に収まる距離ではあるが、わき腹から噴き出る蒸気のせいで巨体が更に荒也達を圧倒するほどの存在感を放っていた。巨体を動かすために機体内に収まっているらしい機械の上げる音のいくつも重なるのが、次第に聞こえてくる。
巨体ゆえに、たった一歩、二歩近づいただけでも相当な距離が詰まる。そのため、追われる荒也達の感じる切迫感は足音が近づくたびに強くなる一方だった。
「もう電撃撃つか?撃っちゃうか!?」
「ここで撃たないでよ!こんな平地じゃ、私等に飛ぶじゃない!」
「ああそうだった!畜生、勇者の力がことごとく舞台を選びやがる!そうだ、弓矢を使えよ!」
「この弓じゃこんな長距離は飛ばせないのよ!これは早撃ち用!弓矢使った事ないの!?」
「ねーよんなモン!お前の常識が俺に通用すると思うな!」
「言ってる場合ですか!ククリマさん、何か魔法は……」
「ええと、ええと、あわわ……」
腰の小箱をあさってカードを選ぶククリマ。焦れたアーシーができる事を探そうと自分の手元を見る目をさまよわせるが、やがて混乱したのか目を回し、血迷ったようにその手にメリケンサックをはめ始めた。両手に得物を握った彼女が竜に向かおうとするのを、荒也とエリザが慌てて止める。
「ちょ、まずいでしょアーシーさん!」
「近づいたら踏まれるでしょーが!」
「えええ、でもでも、近づかないと殴れませぇん……」
「聖女の台詞じゃねぇ!」
「頭の悪い事言わないでください!」
三人の揉める様子を見てククリマがさらに慌て、うっかりカードを数枚地面に落としてしまう。カードを拾い始めるククリマと、それを見て更に慌てて竜を殴りに行こうとするアーシー。それを止める荒也とエリザ。
もはや収拾のつかない状況になってしまったが、竜はなおも前進し彼等に近づく。更に慌てる四人。状況は悪くなる一方だった。
そして、その様相を黙って見ているマックジョイ。
「…………、んんーーーーっ!」
やがて耐え切れなくなったように、彼は唸りを上げた。やおら上着に手を突っ込み、そこから引き抜いた手を振り上げ、身を逸らす。
「伏せろぉ!」
その一声が、荒也達四人に向けられたものなのは明らかだった。四人が手を止め、彼を見る。
マックジョイは直後、手にしたものを足元に叩きつけた。
ボン、と、割れるような、爆ぜる音が上がった。
直後、気体の抜けるシュウゥ、という長い音と共に、辺りはマックジョイの足元から一瞬で白いもので覆い隠されていった。
前方に見えた人影が一瞬で白く濃いガス状のものに覆い隠され、見下ろすアンドとウンドの見るものを埋め尽くそうとするようにと一気に広がっていく。その様を見て、アンドとウンドはレバー操作を止めた。ガコォン、とひときわ大きな音が機竜形の腹や足の付け根から上がり、つんのめるような姿勢で機竜形が足を止める。
「なんと、煙玉のようですな」
「ですな。こんなものを使うのは、ジルトールの者に他なりませんな」
白いガスは地表で雲海のごとく広がり、薄青い草原を白く塗り替えてしまった。
ウンドが機体を安定させるために、機竜形の首と尾を下げ、機竜形を静止させる。
「これは困りましたな」
アンドが変わらぬ調子で、しかし本心からそう零す。
機竜形という重機は四本足で動くという特性上、地表の様子を逐一把握しながら操縦しなくてはならない。足の構造上、躓けば最後、二度と立ち上がれなくなってしまうからだ。倒れてしまえば、十五メートルを超える高さにある操縦席の二人もただではすまない。
「ですな。勇者が見えなくなりましたぞ」
「誰がやったか分かりませぬが、これは要報告ですな」
「ですな。しかし困りましたぞ、煙が晴れるまで待たなくてはなりません」
「全くですな」
白い煙の中を、五人は腹ばいになって互いに顔を突き合わせていた。伏せていれば、煙に隠れて機竜形からの目をやり過ごす事ができる。しかし煙の中では数センチ前までしか見通しが聞かず、行き先も決められないでいたため誰も動けないでいた。
マックジョイがその場で伏せていた荒也達に腹這いですり寄り、どうにか人影として見える距離まで来て抑えた声で言う。
「あんまり騒ぐなよ。向こうに聞かれたら、踏みつぶされるぞ」
その忠告を四人は素直に受け取った。荒也がうすぼんやりと浮かぶマックジョイの影に向けて口を開く。
「助かったよ、感謝する。……でも、なんで俺等を助けたんだ?」
「あんまりうるさかったから、ついな」
荒也のすぐ近くで、う、とばつの悪そうなうめき声が上がった。それがアーシーのものだと分かった上で荒也は聞き流し、改めてマックジョイに聞く。
「で、これからどうするつもりなんだ?」
「それなんだよ……。よりにもよってお前等に加担しちまった、あいつ等をどうにかしないと俺は裏切り者になっちまう」
頭を抱えるマックジョイ。
そんな彼に、荒也は言う。
「……つまりあいつは、俺達の共通の敵になる、って事だな」
その言葉に、マックジョイが顔を起こした。エリザとアーシーの、息を呑む音が同時に上がる。荒也の隣に、ククリマが肘で這って並んだ。互いの肘がつくほどの距離のため、二人は煙越しでも相手のまなざしを見る事ができた。
「この人味方につけるの?」
「今回だけはな。あのドラゴン、人間にはおかまいなしだ。俺達だけじゃどうにもできない。……そっちとしても、願ったり叶ったりじゃね?」
マックジョイは持ち掛けられた提案に、すぐに返答できなかった。
「……ジルトールのスパイが、ヒジャの勇者に協力すると思うのか?」
「嫌なら『バチィッ』で話が終わるぞ」
「協力します。何なりとどうぞ」
あまりに早い快諾に、荒也は思わず、ぶふっ、と笑った。
「いや失敬。ところでこの煙、どのぐらい続くんだ?」
「一発でだいたい三分くらいだ。手持ち一気に使ったから範囲は広くなったが、長く見積もっても十分続くかは怪しいな」
話をするために、エリザとアーシーも腹這いで話題の中心へと近づいて来た。
「あの竜は乗り物だと聞きました。どんな方が動かしてるんですか?」
アーシーの質問に、マックジョイは答える。
「アンドとウンドっつー、双子みてーなおっさん達だ。赤の他人らしいが、顔も性格も笑っちまうくらいそっくりなんだよ」
双子、と聞いて荒也が目を細めるが、続く説明に緊張を解いた。
「……他人同士か。それで、誰に似てるんだ?」
これはこの世界において、大きな意味を持つであろう質問だった。顔がそっくりな先人かどんな人物か分かれば、それだけで相手の長所や特技が分かる。そう考えての質問だったが、マックジョイの返答は鈍いものだった。
「……いや、それが、分からん」
「分からん?」
荒也はおろか、他の三人にとっても意外な返事だった。弁明するように、マックジョイは続ける。
「オモカゲ様から宣告された番号は記録にあるし、俺も見たんだ。たしか、Hの……何番だったかは忘れたな」
Hで始まる番号には、荒也は覚えがあった。
「オモカゲ様が言ってた奴か。ベルジェの時も言ってたな」
「皆言われてるよ。代理さんも言われたんじゃないの?」
「俺は面通しの時はこっちの言葉が分かんなかったんだよ。だからボソボソ何言ってんだって思ってた」
「そうだったんですか?道理で。異世界でも同じ言葉を話すのかと思ってました」
アーシーが感心したようにそんな感想を漏らす。
「……って、そもそも、オモカゲ様って何なんだよ?あれもまさか、ジルトールが作ったモンなのか?」
荒也にとって、これは何より疑問の湧く問題であった。そして推論は、彼が考える限り最もあり得る可能性のあるものである。
しかし、彼に返ってきた反応は、非常に冷めたものだった。エリザ達三人はおろか、マックジョイまでもが首を捻る。
「……なんでそうなるんだ?」
「オモカゲ様は大昔からいるよ?」
「作ったって何よ、作ったって」
「オモカゲ様が作り物な訳ないじゃないですか」
一同揃ってのこの返答に、荒也は心底驚いた。そして、オモカゲ様に対する彼等の寛容さを不気味とすら感じ始める。
「いや、だっておかしいだろ!あんなもの、俺の世界にはないし、あのものの言い方はコンピューターのそれだったぞ!」
「何よ、コンピューターって」
「ああそうか、そうだった。……変だ。おかしいぞ」
荒也は眉間を押さえ、思案に暮れた。
異世界に来て初めて感じる、身の詰まるような感覚。自分がこの場所では異物であるという事実が改めて突き付けられ、彼の思考を更に追い詰める。
オモカゲ様という、異常なテクノロジー。だというのに、同じ世界に生きる人間の文明は、マッチさえない中世レベル。急速な発達を見せるというジルトールの技術は、いびつでこそあるが、近代レベルと言ってもいい。
技術の歴史に、落差がある。
それに気付いた荒也は、はっと顔を上げた。
「そうか、超古代の文明が」
「時間ないんだから目前の対策立てなさいよ」
「あ、はい」
仮定がその口から出かけたその矢先、エリザの至極真っ当な指摘で切って捨てられた。
「なんだコイツ、情緒不安定か」
マックジョイの呆れた声に、アーシーがフォローを入れる。
「いえ、こちらの文化に不慣れだそうですので、どうかご容赦ください」
「そっか。あんた等も大変なんだな」
「そんなでもないよ。代理さん、分からない事はちゃんと聞いてくれるし」
「なんでそっちは皆で仲良くなってんの?」
荒也の突っ込みに、ククリマが呆れたように答える。
「代理さんが呼んでも返事しなくなってる間に色々話してたんだよ」
「え、そんなに?」
驚いた後、荒也は自分達を取り巻いている煙が少し前より薄くなってきている事に気付いた。時間の経過が目に見えて表れている事で、自分の迂闊さを痛感する。
「うん。エリザさんだけは代理さんを何度も呼んでたけど……」
「い、いいでしょ言わなくて!それより竜よ、何のアイディアも出てないのよ!」
エリザが慌てたようにククリマを遮り、自分達の現状を叱責するように言った。
「マジかよ。……とにかく、現状を整理しよう」
全員がその場で顔を突き合わせ、その後、荒也は確認を取るように聞く。
「あの竜に乗っている二人の先人は分からない。それと、竜に効果のある遠距離攻撃の手段はないんだな?」
これに全員が頷いた。
「ええとスパイ、スパイでいいやもう、あの竜を動かしてる奴等はどこに乗ってるんだ?」
「マックジョイだ、覚えろ。機竜形の操縦席は首の付け根の上にあるんだが、長い首がのたうつせいで、直接あの二人との距離を詰めるのはもう無理と言っていい。窓ガラスははめてねーからものは投げ入れられるんだが、距離が距離だから現実的な案じゃねぇ。よしんば近づけても踏みつぶされるか、でなけりゃ首に吹っ飛ばされるか火を噴かれるかだな」
「あたしの弓矢も無理ね。シャシャも長弓での狙撃は苦手だったみたいだし」
「私の法力は生き物にしか通用しません。あの竜が乗り物でしかないのなら、あてになれませんね」
「そういやあったな、法力。てんで使ってるの見た事ないや」
「あたしの魔法も、ちょっと用意に時間がかかるから無理だと思う。魔法使うとカードが光っちゃうし、今見つかると近づかれて踏まれちゃうよ」
一通り聞くと、荒也は改めて打つ手がない現状に額を押さえた。
そこで、ふと思い出す。
「そういやお前、銃持ってたな。それは駄目なのか?」
「もう四発しかねーんだよ。距離も距離だから当てる自信がねーし、使った弾数は理由も合わせて国に報告しなきゃなんねぇ」
そう言われて、荒也はかつてマックジョイのリボルバーから抜いた弾を全て放り捨てた事を思い出した。
「よく四つも見つけたな」
「五つあったんだよ……、事故でまた一個……」
痛い事実を思い出したように、マックジョイは深くうな垂れた。荒也は興味の湧かないその話題を無視し、自分の手のひらに目を落とす。
「となると、あとは電撃か……。俺が囮になって竜を引きつければ、使えるよな?」
この提案に、他の四人が彼に注目した。
「ちょっと、正気?」
「危ないですよ、それは」
「竜は火を吐くんだよ。やめようよ」
三人からの否定的な、しかし心配しての言葉に荒也は口をつぐむ。
「勇者もどき、電撃は高いトコに落ちるんだぞ?竜が首を持ち上げてたら、操縦席に電撃は当たらねーよ」
マックジョイからの忠告に、荒也はあ、と声を上げた。完全に盲点だった。
「……あれ?首に当てれば、全身に電気が通るんじゃないのか?」
「そんな訳ねーだろ。事故防止とお前みたいな奴への対策とのために、ジルトールの乗り物はすべて感電対策がされてるんだよ」
「畜生、予想以上に近代的だ。……じゃあ、操縦席より高い位置に何もない状況を作らなきゃならねーのか」
荒也は眉根に皺を寄せ、思索を巡らせた。
手も足も出ない相手に、どう立ち向かえばいいのか。超常の力があてにできない以上、今の状況はまさに神話やファンタジーの世界の英雄が苦境に立たされる場面そのものだった。英雄は人間としては強いが、怪物には無力。しかし物語の怪物は常に人間に倒されるのがセオリーだ。
では英雄は、いかにして怪物を倒してきたのか。
荒也は参考になりそうな話を思い出そうとして……
「あ」
ぽん、と手を叩いた。
この反応に、他の四人の目が集まる。
「どうしたのよ?」
エリザの問いかけに、荒也は言う。
「一個、思いついた。これなら多分、竜を倒せる」
たちまち四人は、目を丸くして荒也に身を乗り出した。荒也は大声を出されまいと、しっ、と口元で指を立ててみせる。四人は黙って頷き、彼の言葉を待った。
「この方法には全員の協力が必要だ。マックジョイだったか、お前もいいな?」
マックジョイは黙ったまま、どうしたものかと首を捻ったが、すぐに思い直したのか、取り繕ったように二、三度首を縦に振った。
「よし。……俺達はあれを竜と思ってたが、これが間違いだったんだ。人が動かすでかい乗り物なんだから、巨人と思った方がいい」
四人は分かったような、分からないような顔になって首を捻る。構わず、荒也は続ける。
「昔話のジャイアント・キリングには二つの手段がある。酒と……」
その後を言うべきかどうか、荒也は迷った。しかし、すぐに顰蹙を覚悟で、彼はこう言った。
「女だ」
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