オレゴンキューブ

にぽっくめいきんぐ

プロローグ  オレゴン州、降臨

『我を呼び出したのは、お前達か。さぁ、願いを言え。どんな願いもかなえてやろう……ただし、我、すなわち、オレゴン州に可能な範囲内で』


 低い声だった。


 オイラたちが見上げた暗い空。雷光。


 空に浮かび、横たわる、巨大な「ソレ」が告げた。


『さあ、早く、願いを言え。オレゴン州に叶えられる範囲で』


 風に吹き曝される海辺の岸。


 ゴツゴツとした、氷河に侵食された火山。


 滝。


 深い森。


 砂漠。

 

 幹線道路、民家の灯、ビル群。


 そんな諸々が、オイラのに浮かんでいた。


「あれが、オレゴン州……」 

 オイラは空を見上げ、息をのんだ。


「そうよ、ちゅんくん。北米西海岸に位置する、面積約25万平方キロ、人口約400万人の州で、州都はセイラム。公用語は英語。リベラルな気風で、保守的な中西部と対比して『レッドウッド・カーテンの向こう側』とも呼ばれる、アメリカ合衆国第33番目の州よ」

 お下げ髪の少女、スカーチョも、頭上に浮かぶソレを見上げながら、オイラに教えてくれた。


 空に横たわる、巨大な大陸だった。


「とんでもないモノが、呼び出されたんだな……オレゴンキューブによって」

 オイラは呻いた。


 オイラの筋肉でなんとかできる範囲を、はるかに超えた怪異が、天空にあった。


「中くん! 早くしないと、奴等が!」

「スカーチョ、そうだった!」


 奴らに世界征服などされては大変だ。先に願いを言わないと!


「おーい、オレゴン州ー!」


 上空に向かって、声を張り上げる。


『なんだ?』

 低いバリトンボイスが、空から降ってくる。


「オイラ達の願いは……」


 しかし。


 オイラの言葉をかき消すように、鼻声が響いた。遠くの、岩の後ろあたりから。


「パンツ! パンツをくれ! 少女用のをだ!」


 しまった!


 卯論うろんめ! 隠れていたのか!


『パンツか。わかった。容易い願いだ』


「やられた!」

 スカーチョが悔しがった。しかしもう遅い……。


『オレゴン州の下着メーカーよ。ちょっとずつ、オラにパンツを分けてくれ』


 バリトンボイスが降り注ぐ。


 そして……。


 ひらひら。


 ひらひら。


 夜を彩る白い雪のような三角形が、揺れながら舞い降りた。


「これ、パンツよ……たくさんの……」

 スカーチョが、1枚の白布をつかんで呻いた。


『願いは叶えた。では、さらばだ』


 オレゴン州は、空中で巨大な地響きを立てながら二つに割れ、一方は東の方へ、もう一方は西の方へと、飛び去っていった。


「きっと、アメリカ大陸にむかったのよ。東西に別れて……」

 スカーチョは残念そうに言った。


 オレゴン州の消えた上空には、明るい晴れ間が戻った。


「くっそー! 卯論め!」


 オイラは走った。


 卯論は、逃げずに岩場に座っていた。


「こんなにパンツをもらえて満足か! 卯論!」


 オイラは聞いた。しかし卯論は、少し落ち込んだような表情で、岩に腰かけたまま、力なく答えた。


「これじゃ、ダメなんだよ。だってこのパンツ、未使用品じゃないか。少女がはいてこそ、パンツには魂が宿るっていうのに……」

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