後編 戻るな

「何やっているんですか先生! もうクラス写真の順番が来ていますよ! 早く撮影場所へ!」

「えっ本当ですか! てっきりまだまだ余裕があるものと……すみませんすぐ向かいます」担任は理実人たちを見渡した。「皆さん、すみませんが今からクラス写真を撮りに行きます」

「台車はどうしましょうか」と副担任。

「ええと、仕方ありません、この場に置いておきましょう。ここまで来れば着いたも同然ですし」

 担任たちはクラスを率いて、あと半分で角に着くというところまで運んだ台車を離れ、撮影場所に向かい始めた。理実人も行こうとしたが、まだ神輔がカプセルに手を入れてごそごそとやっているのを見て、彼の元に向かった。

「おい。まだかよ」

「ちょっと待って……あっ、あったあった。よっと」彼はそう呟いて粘土像を取り出すと、代わりに旗を入れた。覗いてみると、それは底から二十センチほどの高さのところで、中にあるものを覆い尽くしていた。

 その後神輔は、「悪かったね。もう大丈夫だから。行こう」と言ってフタを乱暴に閉めると、すぐさまクラスの後を追い始めた。一緒に走りかけたが、石につまずいてしまい、思わず地面に手をついた。立ち上がると、ポケットに財布と一緒に入っていたハンカチを、目を遣ることなく引っ張り出し、手を拭いてから戻した。

 彼に追いつくと、並走しながら訊いた。「何で旗に変えたんだ」

「あっちは軽いけど、像よりはるかにかさ張るから。持って帰るのがより面倒だと判断したんだ」

 目的地に到着し、クラス写真を撮る。それが終わると、今度は卒業式の始まる時刻が迫っていると言われた。そのため体育館へ向かい、出席した。校歌斉唱や、証書授与などをこなしていく。

 そして校長の祝辞を聞いている最中、神輔が先生に許可を取り、式を抜けたのを見た。

(いったい、どうしたんだろう?)少し気にはなったが、しばらくすればたちまち興味が失せてしまった。

 そのままパイプ椅子に座り続けていると、ポケットに入れていたはずの財布がなくなっていることに気づいた。カプセルのそばでつまずいて、ハンカチを引っ張り出した時に落としたに違いなかった。

(どうしよう……今すぐ取りに行くか? それとも、どうせここ以外校地は無人で、誰にも盗られないだろうから、途中で席を立つような目立つ真似はせず、閉幕してから向かうか?)

 色々と考えた結果、今すぐ取りに行くことにした。担任の承諾を得ると、体育館を抜け校庭に出て、学舎の裏に入るため敷地の北西に向かう。

 幸い、到着してすぐ、台車近くに落ちている財布を発見できた。理実人はそれをポケットにしまい、式に戻ろうとして振り返った。すると、体育館から走ってきたらしい神輔が、校舎の角の近くにいるのが見えた。

 理実人は彼に尋ねようとした。「どうし──」

「ちくしょう。あのガキ。追いつめたと。くそ」

 言葉を遮り、そんな怒声が左方から聞こえてきた。思わずそちらに目を向ける。

 安っぽい服装をした、不良らしき中学生くらいの男子が道路に立っていた。しばらくの間、弁償だの何が徹夜だだのと呟きながら、いらついた様子できょろきょろと辺りを見回す。そして、自動販売機の右隣に置かれている、高さがそいつの腹近くまであるゴミ箱を蹴りつけて倒し、フタを転げさせた。

 理実人は思わず眉を顰めた。彼はさらに、握っていた白い帽子を側溝に叩きこんだ。鈍い水音が鳴り、茶色く濁ったしぶきが散った。その後十字路に戻ると、校地に沿わずに伸びる二つの通りそれぞれの先を睨みつけてから、いかにも憤然とした体でフェンスに並行する西の道路を歩き去った。

「勿体ないね、あの帽子。確か限定品だったはずけど」一緒にその光景を眺めていた神輔が呟いた。「それにしても、どうしたんだろう?」

「さあね。今日は平日だってのに、こんなところにいるなんて、学校をさぼったのかな。春休みに入っているのかもしれないが。っていうか、お前はどうしてここに?」

「ああ、トイレから出てきたら、君が険しい顔でこっちに走っていくのが見えたから、何かあったのかなあって。式に戻っても、退屈なだけだからさ」

「ここで落とし物をしてしまったことに気づいて、急いで取りに来たんだよ。大丈夫だ、もう拾ったから」

「そう」神輔はカプセルに目を向けた。「それにしても、でかいよねえ」近づき、掛け金を弄び始めた。

「何やってんだよ。遊んでいる場合じゃないぞ。早く式に戻ろう」

「分かったよ」神輔は金属棒を上げたままにして、カプセルを離れた。

 理実人たちは急いで体育館に帰った。それからは、特に何事もなくプログラムをこなしていった。

 一時間ほど経過したところで、卒業式は終わった。外に出ると、担任はクラスを率いて、教室には戻らずカプセルを埋めに行った。台車に到着すると、副担任が棒を下ろして金具で固定し、ハンドルを掴んで押し始める。

 角を曲がり、穴のそばまで来た。ふだんこの辺りには、近くの工事の騒音が鳴り響いていてひどくうるさい。しかし委員たちは、それの今日の分が始まる前に作業を終えられるように工夫して企画したため、今はとても静かだ。

 副担任がカプセルを持ち上げ、台車から降ろした。そしてそのまま、担任の「衝撃で中のものが壊れないよう、そっと入れてください」という指示に従って、穴の中に収めた。作業後、彼はひどく荒げた呼吸を整えていた。

 次に委員たちが、近くへ積んでおいた、掘った時に出た土を戻してそれを埋めた。その後は、先生がこの企画についての様々な事項を全員に確認してから、クラスを率いて教室に向かい始めた。

「俺たちが六十歳になったら、かあ」理実人はぼそりと呟いた。「わりと、いやけっこう遠いよな」

「何せ、今から四十二年後だからね」

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