問題編 四十二年前

前編 変えるな

「お前はタイムカプセルに何を入れるつもりなんだ」米倉理実人(りみと)は、隣の席に座っている、同級生の杉田神輔(しんすけ)にそう訊いた。

「けっこう迷ったんだけどね。これだよ」彼はそう言って粘土像を机の上に置いた。美術の授業で作ったものである。

 神輔はおでこが広く、髪はもじゃもじゃとしていた。両目の下には、隈ができている。

「へえ。どうしてそんなものを。お前、美術ではぜんぜんやる気出さなくて、いつも作品は適当に仕上げたうえぞんざいに扱っていたじゃないか」

 理実人は、レンズの丸っこい眼鏡をかけており、頭を坊主にしていた。

「家に持って帰らなくて済むからだよ。他にもいろいろと、回収しなればならない作品があるから、少しでも荷物を減らしたいんだ。今日の卒業式が終わったら、もうこの高校には来ないし。これはけっこう重量があって、負担になる」

「なるほどね」理実人は神輔の鞄へ無造作に突っ込まれた作品の数々に目を遣った。

「僕が在校生だったら、今日はもう春休みだしすでに全部回収していたんだけどな。そういう君は、何を入れるの」

「俺はこれだ」そう言って、修学旅行で作った木の彫刻を鞄から取り出した。

「へえ、それか。確かモデルは自家用車だったよね。前に一度、載せてもらったことがあるけれど。器用な君のことだ、ちゃんと備えつけの電話機も再現できているんでしょ」神輔は笑いながら言った。

 理実人もふっ、と顔を綻ばせた。「いいや。あんなもの、必要性を感じないんでね、あえて作らないでおいたよ」

「そう? 僕は便利だと思うけどなあ、車に乗っている時も電話ができるなんて」

「新家君。次はあなたの番ですよ」理実人たちの担任である、定年間近の英語の女性教師が言った。「早く入れに来てください。じゃないと、クラス写真撮影の順番が回ってきてしまいますよ」

「あ、はい」彼はそう言って立ち上がり、教壇の校庭側の端に置かれている、銀色をした円筒に向かった。

 理実人には、今までタイムカプセルをそれ以外に見た経験はない。だが、それでもそいつが普通のものよりかなり大きいということは分かる。何しろ、一般的なドラム缶より少しでかいくらいのサイズなのだ。担任によると、「何でも入れられるようなやつを買った」とのことである。

(少し考えれば、いくら何でもこれほどのものは必要ないと分かるだろうに……まったく、先生は少しばかりおっちょこちょいなところがある)

「言うまでもないが、飲食物は入れたら駄目だからな」到着した彼に、副担任の若い体育の男性教師が言った。

「そんなもの入れませんよ。これです」神輔はそう言って像を見せた後、収めた。

 その後も、理実人を含め残りの生徒たちが次々に物を入れていった。全員が収め終えると、担任はフタを閉めた。カプセル開口部の縁に取りつけられた蝶番を利用し、奥・手前に回すようにして開閉するという仕組みである。その様子は、巨大な水筒を連想させた。

 先生は掛け金をかけた。フタについている金属棒を下方へ動かした後、本体にある金具でそれを固定するという絡繰りだ。カプセルの切れ目付近に設けられた軸を中心に、左右に回転させ下ろすようになっている。

 留めている芯がかなり緩いため、棒は基本的に上げたままにしておけない。何度か試みれば可能だが、少しでも振動や衝撃を与えると、すぐに下りてしまうのである。金具さえ使わなければフタが開かなくなることはないので、別にそのままでもいいのだが。

 担任はカプセルの側面の取っ手二つを握った。そして「よっ」という掛け声とともに持ち上げ、廊下側の教壇端の下に置いてある台車まで運んで載せた。ふう、と息を一つ吐くと、クラスを見渡して言う。「それじゃあ、行きましょうか。あ、事前に説明したとおり、今回は運ぶだけで、埋めるのは卒業式が終わってからですよ」

 この高校はほぼ正方形の敷地を持っており、その西の辺全体に沿って学舎が建てられている。それの隣、南の辺近くに体育館があった。敷地の境界線上に設置されている高さ二メートルのフェンスと、建物とは三メートルほど離れている。フェンスは、ワイヤーが格子状に三センチ四方の目で張り巡らされたようなデザインで、向こう側の景色が見られるようになっていた。

 施設とフェンスの間は校舎裏と呼ばれており、ふだん人気はまったくない。ここの北端付近、校地の北西の隅より少し南に進んだところに、埋めるための穴が位置している。このイベントを企画したタイムカプセル委員たちがあらかじめ掘っておいたとのことだ。建物に遮られるため、校庭からはどうやっても目にすることができない。

 理実人たちの教室は一階の中央付近にある。そこを発ってすぐ校庭に行くと、校舎北端に向かい始めた。校舎裏へ直接出ることはできないため、こちらから入るしかないのだ。先頭に委員たち、次に副担任と台車を押す担任、最後に委員以外の生徒たちという順番で並んで進む。

 途中で神輔が、「ごめん、僕いったん戻るね」と言い残し、先生から教室の鍵を借りてクラスを離れてしまったこと以外は、特に厄介事もなく到着した。曲がり角を目指し、二十メートルほどの長さの外壁に沿って歩く。窓も避難階段もついておらず、辺りは早くも陰鬱な様相を呈していた。

 校地のすぐ隣を、フェンスに並行して通っている幅四メートルの道路が東西南北に四つある。それらのうち、北の道路で派手な模様のトラックが停まっているのが目に入ったので、思わず凝視した。

 その通りは、西の道路との交差点である辻から十二メートル進んだところに、左方への曲がり目がある。さらにそこから、先程の半分の距離で行き止まりになっていた。角から先の部分の東側では何かしらの建設作業が行われていて、仮囲いが立っている。通用口がついていないので、関係者は別の所から出入りしているのだろう。それとフェンスを除いた、道の壁はすべて滑らかな塀である。高さは、塀が二・五メートル、工事の仕切りがその倍ほどあり、わりと圧迫感があった。

 トラックはボトルカーで、フェンスから数十センチ離れたところへ仮囲いに背中をつけるようにして置かれた自動販売機へ、飲料缶を補充しに来たようだった。その作業を眺めていると、先程教室に行った神輔が戻ってきて、クラスメイトをかき分け担任のところに向かったのが目に入った。

「先生。鍵、返します。それと、すみませんがタイムカプセルに入れるものを変更してもいいですか。これにしたいんです」彼は家庭科の授業で作ったと思われる、巨大な旗を見せた。

「えっ。いや別にいいですけど。じゃあさっさと交換してください。移動中なんで、穴に着いてからお願いします。進みながらでもいいのなら、今やっても構いませんが」

「分かりました」と言い、神輔はフタを開けた。そしてカプセルの中に手を突っ込み、粘土像を捜し始める。その直後、後方で誰かが担任を呼び止めた。振り返ると、学年主任の教師がひどく慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。

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