トイレの中の魔王様

壱 いちお

第1話封印された魔王

僕は小学三年生の時のトラウマで学校でウン○が出来ない。


だが最近は自宅でも僕のリラックスタイムに少々問題が起きている。

新しいお父さんが連れてきた義理の姉ちゃんの存在だ。

僕の硬派なイメージを死守するためには、姉ちゃんが帰ってくる前に用を済まし、臭いはもちろん、便器にも証拠を何一つ残すわけにはいかない。

立つ鳥跡を濁さずだ。

今日も学校を終えると、すぐさま自宅のトイレに向かう。

姉ちゃんが帰ってくるまでまだ時間に余裕はある。

いつものように爽やかな癒しを満喫したあと、トイレを出ようとノブに手をかける。


あれ?


ドアノブが硬くて動かない。

家には誰もいないのを確認済みなので、ドアに鍵はかけていない。


あぁ、そういえば昨日、母ちゃんがトイレの扉壊れてるから注意してねと言っていたような。


力任せにドアノブを回すがびくともしない。

まずいぞ、このままでは姉ちゃんが帰ってくる。

早く扉を開けて換気をしなければ、僕の放った悪臭と共にお帰りなさいと言わなければならない。

そうなると今まで築き上げてきた僕のイメージダウン必須だ。

母ちゃんはご近所さんと一緒にファミレスでドリンクバーのみの半日ツアーに出かけてまだまだ帰ってこない筈。


何とかここから脱出しなければと考えこんでいると、急に地鳴りと共に大きく揺れる。


え?地震?こんなとこで死にたくない!


「死因は天井と便器に挟まれての圧死です」


なんて恥ずかしくて地縛霊になってもトラウマに悩まされそうだ。


そう心が折れそうになってきたころ、ようやく揺れが収まる。


先ほどの地鳴りとは反して、辺りは急に静まりこむ。

僕は外を確認しようとドアノブに手をかけるが、やはり動かない。


 その時・・


「忌まわしき人間共に肉体を滅ぼされてから百年余り。ようやく待ちに待ったこの日がやってきたようですな」

「ああ、もう一度魔王様と共にこの世界を恐怖の闇へと葬り去るのだ!」


この頭のおかしい人たち誰?

人の家のトイレの前で何言ってんの?

ていうか、勝手に家に入ってきて魔王様が何たらって意味わかんないんだけど。


「さぁ、ザーハイムよ!復活の時は来た!この部屋の扉の封印を解き、ここから魔王様を開放するのだ!」


もしかしてこいつら勝手にトイレを開けようとしてるの?

ここは僕が冷静にきちんとマナーを教えなければ。


「入ってまーす」


お、静かになったぞ。

やっぱり何事にも順番というものはある。

それがエチケットだ。


「今、この部屋から魔王様の声が聞こえなかったか?」

「確かに聞こえましたが、ガルオーク様、私には子供のような声に聞こえましたが」

「私もそのように聞こえたが、考えてみろ。100年とはいえ、完全に身体を滅ぼされ魂からの蘇生だ。まだ子供の姿なのかもしれぬ」

「そうであればまだ復活には時期早々なのではないかと存じますが」

「私の記憶では幼少期の魔王様でも膨大な魔力で一晩で国を亡ぼす力を持つと聞く。ならば今すぐにでも復活して頂き、人間共に鉄槌を下すのだ」


あれ、よくない事やっちゃった系?

なにか違う人と勘違いしてる?

この部屋に魔王が封印されてるって何のゲーム?


「さぁ、早く封印を解いて私に魔王様に永遠の服従の誓いをさせてくれ!」

「仰せのままに」


そう言うと、ザーハイムとかいう人が怪しげな呪文らしきものを唱え始めた。


やっぱりおかしい。

この人たちおかしい。

家の鍵は閉めているはずだし、誰かのいたずらにしてはやりすぎじゃないか?

これはもしかするとトイレごと異世界に飛ばされちゃったって事?

しかも魔王のいる部屋ってとこと入れ替わったって事?

封印だかが解けて僕が出てきちゃったら何て挨拶すればいいの?


「コンニチハ、ボク、シンゴデス」


違う違う、どんなスマイルでも即八つ裂きだよ。

扉を開けられる前に何とかしないと危険が危ない!

そ、そうだ、何とか魔王の振りをして二人を追い払ってその隙にこの部屋から脱出するんだ。

できる限り悪っぽく話せばごまかせるかもしれない。


『お、お前たち。ワ、ワシは魔王だ』


「!?」

「魔王様!?」

「今、また中から魔王様の声が!」

「魔王様!魔王様なのですね!私です、百年前、魔王様とご一緒に人間共と戦ったガルオークでございます。私どもの力が及ばず魔王様が忌まわしい人間共に敗れてから今の今まで悔やまない日はありませんでした。ですが、蘇生の為に一万の人間の命を捧げ、ようやく復活の時を今迎えたのです!」


一万って、やりすぎでしょ!

どんだけ悪者なんだよ!

一度負けたんならもっと自重しろよ!


「さぁ、今からザーハイムが魔王様の部屋の封印を解き自由にして差し上げます!」


『い、いや、ちょっとまて。いろいろと都合があってな。今はまだ駄目なのだ』


「今は駄目とはどうなさったのですか?」


『まだ身体が完全に復活していないというかだな。大事な部分がそのアレだな。まだ未経験、いや、未完成なのだ』


「大事なところ?まさか!魔王様の力の象徴である自慢のアレが!!」

「ガルオーク様、これは大変なことです。アレの復活がまだだとなると、魔族の支配力に大きく影響が出る可能性があります!」


『そ、そ、そんなに大変なのか!?』


「何をおっしゃります魔王様!ですが安心してください。その大事なアレは、私どもの部下が責任もって完全復活まで見守り支えてさせていただきます」


いや、見守んないで。支えないで。

出きれば大人になるまでそっとしておいて!


『大丈夫だ、このアレはここぞという時に復活を遂げるのだ!時には意に反して勝手に暴走するが、まぁとにかくワシの一番の勝負時まで待っていてはくれぬか』


「わかりました、その魔王様の力、魔力、そして支配の源である”角”の完全復活までお待ちすることにしましょう」


角かい!もう、勘違いしてくれてありがとうよ!


「あら?もしかして魔王様が復活するって噂は本当だったのね」

「これはこれはサーフィアス様。今日もまた北西の空に輝くポンポンイタタ星のようにお美しい」


なんだよ、そのお腹痛そうな星のようにって!

基準が分からねぇよ。

それより色っぽそうなキャラ出現だけど、もしかしてピンク展開?


「ああぁ、魔王様!この時をずっとずっとお待ち申しておりました。復活した最初の夜にはぜひ私と共に一夜をお過ごしくださいませ」


まじか!

なんか急展開じゃない?

これって大人になるチャンスじゃない?

訳の分からない魔王の部下に見守られる前に今夜、魔王の力の象徴が完全復活しちゃうんじゃない!?


『そうかそうか、ならば復活した時にはぜひお前の身体をワシのアレでお前のすべてを支配しちゃったりなんかして、ウハハハハ』


「あら、一人だけぬけがけはひどいわ姉様」

「そうよ、私も魔王様に可愛がっていただきたいのよ大姉様」


あれれ、また二名様追加?

もう、魔王様ったらモテモテだったのね。

ここから超ハーレムイベント発生?

僕って今日からエロ美人サキュバスなんか両手で抱えちゃったりして、足で挟んじゃったりして毎日イチャコラし放題って事?

ほら、早く封印解いて扉開けちゃって、さぁ、開けちゃって!


「さすが魔王様。あの美しき三つ頭のサーフィアス三姉妹をも虜にしていたとは、なんとも羨ましい限りでございます。ザーハイムよ、魔王様の完全復活は意外と早いかもしれぬよのう」


頭三つってなにそれ?

超怖いんですけど!いや怖い通り越して気持ち悪いし!

そんなのに迫られてキスの順番で揉めちゃったりするの?

このままでは本当にまずい。

命の危機に加え、三つ頭のバケモノに貞操の危機だ!

何とかここを切り抜けなきゃ。


いや、まてシンゴ。冷静に考えると、ここは異世界だ。

今まで見たマンガやアニメでは異世界に転生されたら超無敵能力の何か手に入れたりするじゃないか。

それとも強力な武器なんかが一緒に転送されて、そいつで魔王軍でもなんでも一掃できるかもしれない。

今この部屋に武器になりそうなものと言えば・・・


見回すとトイレの横に備えてある便器ブラシが目にとまる。


そうか、こいつを装備すれば・・ってちがーーう!

こんなので戦ってもエンガチョ程度のダメージしか与えられないじゃないか!

違う、もっと攻撃力の高そうな・・、もしかして、リフォームの時に取り付けたこのおばあちゃんが立つ時にとても便利な手すりを外せば武器の代わりになるかもしれない。

見た目はただの鉄の棒でもきっと僕が装備すれば秘められた力を発揮するに違いない。


そう言って僕は何とか手すりを外そうと力を込めてグリグリと上下に動かす。


『ハァ、ハァ。クッ!グググッ、ハァ、ハァ。もうすぐ、あとちょっと!』


「アラ、魔王様。お一人でのお戯れは、ほ・ど・ほ・ど・にっ」


やかましいわっ!

お前の口に聖剣エンガチョ差し込んでやるわ!

だめだ、こんな力じゃ魔王の幹部らしき連中と戦っても瞬殺だ。


「ガルオーク様、緊急事態でございます!」

「貴様!いきなり魔王様の前で無礼だぞ!要件によっては貴様も魔王様の贄になるのは覚悟の上だろうな!」


いらねえよ!

どうせ贄にするなら猫耳ロリっ子悪魔にしてくれよ。

ちょっとでいいから夢見させてくれよ!


「申し訳ありません。しかし偵察部隊からの報告ですと、人間より選ばれし勇者と名乗る者共がこちらに向かってるとの報告がありましたので、急ぎお耳にしなければと」

「勇者だと!100年前現れて魔王様と戦い、そしてあろうことか打ち勝ったというあの憎き勇者か!」

「はい、その勇者の血を受け継ぐ者だとか。すでに前線部隊は壊滅。この城に着くのは時間の問題かと存じます」


今度は勇者様の登場?

まてよ?人間の勇者ならもしかすると同じ人間の僕なら助けてくれちゃったりする?

きっとそうだ、そうに違いない。

ならこのままこのトイレの中に隠れて待ってれば無事に出られるんじゃないか。

勇者がんばれ!その仲間もがんばれ!トイレの中だけど応援するよ!


「そうか勇者か。魔王様、今こそ100年の恨みを晴らす時です!さぁ、ザーハイムよ!今すぐ魔王様の封印を解き復活して頂くのだ!!」


出すんじゃねえよ!

早まるなよ!

僕に頼るなよ!


『まてまて。ワシの力はまだ完全に制御できず、今すぐこの強大な力を使うとこの城ごと破壊しかねん。ならばお前たちの力でその勇者とやらをうち滅ぼしてくれ」


そして見事にあんたらも退治されてくれ。


「何というお言葉!私たちの力を信じて下さってのお言葉!ここはガルオークの真の力を人間共に見せつける時が来たようだ。ザーハイムよ、転送の準備をしろ」


もう早くみんな行ってくれ。

ちょっと一人にさせてくれよ。


「おっと。君たちばかりいい恰好するなんてずるいじゃないかい?」

「吾輩も戦いたくてウズウズしていたところだ!」

「ういうい。魔王様の前だからって調子に乗っちゃって。ういうい」

「そういうことで今回は私たちに任せてていただけないかしら?」


なんか変なの4人キターー!

おまけに一人明らかにおかしなしゃべり方してるし!ういういってなんだよ!


「これはこれは、真魔道4人衆ではないか。一同揃うなんて58年ぶりだから忘れておったわ」


名前ベタすぎだろ!

しかも58年ってしっかり覚えてるじゃんか!


「相変わらず嫌味な奴だのう。ギジリアンよ。貴様も影が薄くて今まで気が付かんかったわ」


僕も今気づいたよ!

いつからいたんだよギジリアン!

いるなら早くしゃべれよ!びっくりするだろ!


「まぁよいではないか。ならば昔たった4人で10万の愚かな蟻共を一夜にして葬ったというお前たちの力。今こそ魔王様の為に存分に発揮するがよい!」


「我らの力。すべては魔王様の為に!!」


ザーハイムの魔法で4人は雄たけびを上げながら勇者の元へ転送された。


「さすがの勇者どももあの4人には敵うまい」

「なんだかんだ言いながらもガルオーク様はあの4人の力を買っていますからなぁ」

「私も魔王様に良い所見せたかったわぁ。でもどうせ見せるなら。ご一緒に。お・そ・ば・で」


寄るな、見ねえよ!


「ガルオーク様、ご報告があります!」

「どうした急に。勇者どもは肉塊に帰したという報告か?」

「先ほど、真魔道4人衆様たちが善戦むなしく勇者どもに倒されたとの事です!」

「なんだと!」


はええよ、瞬殺かよ!


「あの真魔道4人衆すらも惜しくも勇者に力及ばずとは・・。」


全然惜しくねえよ。1分たってねえし。

雑魚でも4人いたら5分は時間稼げるよ。

ぜったい10万の蟻共って普通のアリの事だろ!


「やはり魔王様の力をお借りするしか・・」


まずい!勇者様ちょっと暴走しすぎっすよ。

わざとでいいからこいつらに自信あげて下さいよ!

ここは何とかこのピンチから脱出するキーアイテムを探さないと・・・


これは・・・


もしや・・・


そう、女の子のいる家のトイレには必ず装備されているという秘密の小箱。

男は開けちゃいけない。

絶対に触れてはいけない。


でも、もしかしてこの中に、義理の姉ちゃんの・・・


最近いい匂いのする香水で僕の魔王の象徴が完全復活しそうになるあのお姉様の・・


そう、ちょっとだけ・・


僕に勇気を!


いやいやいや、だめだだめだ、落ち着けシンゴ。


これは罠だ!


ここで箱を開けると母ちゃんのミミックが出てきて魔王の手下よりも無残に殺されるんだ。

冷静になれシンゴ。

僕はまだ中学2年生だ。

大人の階段に上るのはもう少し先でも遅くない。

別な何かを考えるんだ。

でもこのトイレには窓がないから外の様子が見えない。

音で威嚇するか?

そんなので勝てる相手とは思えない。

そういえば幹部の一人の名前がガルオークって言ってたな?

ガルって付くくらいだからきっと獣の姿をしているに違いない。

獣と言えば鼻が利くはず。

そうか!臭いで攻撃すればダメージを与えられるかもしれない。

幸い昨日食べたのは母ちゃん手作りのスイートポテトだ。

近所でも有名な二日殺しと言うだけあって二日目のオナラは犬も泡を吹くくらい強烈だ。

この扉の隙間から攻撃すればきっと悶絶するに違いない。

とにかく訳わかんないテンションのあいつさえ倒せば勝機が見えるかもしれない。

よし、精神を集中させて・・

いつものように大腸コントロールだ!


さぁ、体内に宿る覇気をすべて一点に集中させて


全身全霊を込めて僕の会心の一屁撃を放て!!


シーンゴちゃーーーん!!!ペッ!!!!


『ブヒッ』


ぐあっつ!

我ながら強烈な激臭!

耐えるんだシンゴ。

奴がくたばるまで意識を保つんだ。

光は我に!未来をこの手に!


「ん?こ、こ、この臭いは!!!!!」


そうだ、これでお前も終わりだ。

100年後にまた会おう・・・アディオス!


「なんという芳醇な香りだ!!魔王様!これはご褒美か!!ああぁ何という!素晴らしい。もっと、もっと私にご褒美を!ご褒美をぉぉぉぉ!」


くっ・・屁の突っ張りはいらんですよ・・


「ガルオーク様、いや、お楽しみ中失礼しました。ザーハイム様。勇者は城に入り込みすでに中枢部まで攻め込んできているとのことです」

「なんだと!勇者どもめ、ここまでの力とは。ガルオーク様は今取り込み中だ!ここは私めが勇者に魔王軍の真の怖さを見せつけてくるわ」

「おお、ザーハイム様自ら赴くとは!今、勇者は一階の1059号室に向かっているそうです!」


1059号っていくつ部屋あるんだよ!号室ってなんだよ!

ここは巨大ホテルかよ!


「ここまでだ!魔王ども!我々が来たからにはこの世界はもうお前たちの好きにはさせない!」


来るの早えよ!

部屋の番号関係ないじゃんかよ!


「くっ!難攻不落と言われるこの魔王城の二階まで来るとは人間の分際でなかなかやるではないか」


二階建てかよ!

僕んちと変わらねえじゃんかよ!

人類滅亡しようとしてる魔王城が25年ローンで買った僕んちと同じレベルかよ!

しかも難攻不落って来てから10分もかかってないし!

でもこのまま勇者が魔王軍に勝ってくれれば僕も助かるかもしれない。

前の世界に戻れないのは残念だけど、この異世界で新しい自分を探すんだ。

勇者と一緒に魔王軍と戦った英雄シンゴ。

きっと異世界では僕の名前は語り継がれて、いつかきっと前の世界の姉ちゃんにも僕の名声が届くかもしれない。

そうしたらここにあるパンドラの箱をちょっとくらい開けても許してくれるだろうか。


あれ?そういえば・・・僕がこの世界に来てるってことは・・

前にいた世界のトイレはどうなってるんだ?

入れ替わったってことは・・・世界を滅ぼすほどの力を持った魔王が僕の家のトイレにいるって事じゃないか!!!

まずいまずい!

これは考えていなかった!

そうだ、そろそろ姉ちゃんが帰ってくる頃だ。

姉ちゃんは帰ってきてから着替えて35分後に決まってトイレに行く。

これは二週間かけて身辺調査した僕の確かな情報をもとに導き出されたデータだ。

もしも魔王が復活してて、しかもイケメンで、裸だったりしたら・・・

姉ちゃんが危ない!

間違って扉を開けて、裸のイケメン魔王に恋しちゃったりなんかしたらこれからの僕の夢と希望と大人の恋のラプソディーはどうなるんだ!

もうすぐ、義理の弟からちょっと気になる年下の男の子に僕は変わるんだ!

これから始まる甘酸っぱい同居生活を誰とも知らない奴に奪われるもんか!

せめて先に母ちゃんが帰ってきてくれれば・・。

堕天使すら凌ぐ攻撃力を持つすっぴん母ちゃんならもしかしたら魔王にも瀕死のダメージを与えれるかもしれない。

アレに耐えられるのは地球上で僕と死んだ前の父ちゃんだけだ。


いや、まずはここの状況を打開してからだ。

たとえ魔王軍に勇者が勝ったとして無事にここから・・出れるのか?


仮にもここは人類を滅亡させようとしている連中が住む魔王城。


しかも中はトイレでも、ここでは魔王が封印されているという部屋に僕はいる。

その中から僕が笑顔でコンニチハって出てきても人間だと信じてくれるだろうか?

もしかして、魔王の生まれ変わりだとか言って殺されないか?

大丈夫、人類を救おうとしている勇者様だ。

誠意を持って話せばきっとわかってくれるはずだ。

嫌がる僕を無理やりクラスのみんなが保健委員に指名したのもきっと僕の中のカリスマがみんなの心を鷲掴みにしたに違いない。

ここは僕の交渉にすべてがかかっているはず。

ここから無事に出て、前の世界に戻って姉ちゃんをイケメン変態魔王から助けるんだ!


「ぐわああっ!魔王様!!む、無念!!」


やられるの早えよ。


「この甘美な香り・・・うぉぉっ。くそぉ、不意打ちとは卑怯な!」


お前まだ悶絶していたのかよ。


「魔王様!魔王様!ああっ!私の魔王様ーーー!!ぎゃーーーーっ!」


いや、あんたきキモイからマジでやめて。


「・・・・・・・・・」ドサッ


最後ぐらいもう一回しゃべれよ!あんたの名前もう忘れたよ!


こいつら弱すぎだ!

こんなんで本気で人類滅亡考えていたのかよ。

100年の恨みはものの30分で終了かい。

もうご苦労さんという言葉しか贈れねえよ。



「ようやくたどり着いたね」

「あぁ、どうやら復活する前までに間に合ったようだ」

「やっとアタシたちの力でこの世界が救えるのニャ」

「うむ、この扉を開け魔王が眠りから覚める前にもう一度封印するのじゃ」


勇者様来たー!

なんか猫耳ロリっ子っぽい声も聞こえるし。

ここからが本当の僕の最後の戦いだ!

最初が肝心だ。真実を勇者様に伝えるんだ!


「あ、あのぁ・・・勇者様ですか?」


「!?」

「魔王がしゃべった!」

「なんとまだ子供の声じゃぞ!」


「すいません、僕、本当は魔王かなんかじゃなくてただの人間なんです、いつの間にかこんなとこに転送されちゃって・・」


「魔王じゃないだと?」

「じゃあ今まで魔王軍が守っていたのは普通の人間の子供だったって事なのかニャ?」


「はい、すいません。いろいろあってほんとのこと話せなくて・・不仕付けがましいのですが・・」


さあ、伝えるんだ!勇者様の正義の心に届くように!


「た、助けてください勇者様!!」


「そうか・・・君は人間だったのか。辛かっただろう、苦しかっただろう。大丈夫だ、安心したまえ。君はこれで自由だ!」


ゆ、ゆ、勇者様ぁーー!

あなたの武勇伝は僕が間違いなく孫の代まで語り継ぎます!!いや継がせてください!!


「いいや!!騙されるな!もしかして、魔王の生まれ変わりじゃあないのか?人間の振りして僕たちをだまそうとしているんだ!この勇者の血を引く僕が粉々に切り刻んでくれる!!」


おお、お前が勇者かーーー!!!この脳筋やろう!!

しかも僕と同じこと言ってんじゃねー!!


「ダメだよ、そんな切り刻んだりしたらいけないニャ。もしも人間の子供の姿だったら心が痛むニャ」


やっぱり猫耳ロリっ子最高だニャ!

無事に元の世界に戻れたらいっぱいフィギュア買うよ!

街で野良猫見つけたら君のこと思いながら何度も感謝の言葉を贈るよ!


「情が移るからこの城ごとアタシの最高魔法で燃やし尽くしてすべて灰にしてやるニャ!!」


こいつハンパねー!!

一番あぶねー!!!

身体はロリっ子、中身は悪魔っ子じゃねぇか!!


「しかし、この封印はさすがに人間界では最高位の魔導士である私でさえ解くのは至難の業じゃ」


え?そうなのか?

じゃあ僕はこのまま出られないのか?

でも例え扉が開けられても粉々か灰にされるかのどっちかだよ。


「いいや、四人の力を合わせて禁呪を使えばもしかすると封印は解除できるかもしれない」


おいおい、勇者じゃない脇役、余計なこと言うなよ。

さっきあんただけ良いこと言って感動させてくれたのに、この胸の熱い気持ち返してくれよ!!


「さぁ、みんな心を一つにして・・・」


ちょっと、やめてやめて!!!


「封印を解いて魔王を倒し、世界に平和を!」


僕にも平和を!!


「悪しき封印よ!!!」


助けてーーーー!!!!!!!

神さまーーーー!仏さまーーーーーーーー!!!!!!!


「神の加護にて扉よ開け!!!!!」



--------ガチャ・・・



「あら、シンゴだったの?昨日お母さん言ったでしょ。トイレの扉は壊れてるから閉めちゃだめだよって。」


め、め、め、女神様ぁぁぁーーーー!!!!











「シンゴ、ちょっと悪いんだけど、後でお使い頼んでいいかしら?」


「仰せのままに」

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トイレの中の魔王様 壱 いちお @aneres

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