ディスティニー・トライアングル

藍上央理

第1話

「ねぇ! 今度の日曜、どっか行かない? あたし、そろそろフルーツたっぷりのケーキが恋しくなってきたのよねェ」

 六道沙那子が、学校帰りにふいにのたまった。

 沙那子はサラサラのロングヘアをくるりとたばねて、だんごにまとめている。衣替えしたばかりの白いセーラーに五月の日差しが照り返っている。

 わざとらしく無邪気な笑顔を浮かべ、沙那子は、北村透と八雲翔の顔を交互にのぞきこんだ。

「エ? さっきまで再試の話、してなかったっけ?」

 縁なしのメガネをかけ、かしこそうなキツネといった感じの透が、とぼけた声で聞き返した。

「それは」と、沙那子は両手で空気をはさみ、「おいといて。ねー、ほしい服もあるんだよー、いっしょに選ぼーよ、ネ、透の好物の特大パフェおごってあげるからさ」

「おまえにおごってもらわれちゃうくらい、俺は落ちぶれてしまったのか」

 透はわざとらしくヨヨヨと情けない声を出した。

 沙那子の指が素早く透の唇をつねりあげ、「どの口が言ったァ!! どの口がァ!!」

「やめろッ、このバカ女!」

「まぁまぁ、ふたりとも」

 仲良くじゃれあう二人を、翔は一応なだめておくことにした。

 さっきまで、三人は今日終わったばかりの試験の赤点についてのタイサクとケイコーを検討していたのだ。

 透と、天パで栗毛、仔犬っぽい顔をした翔もベンキョーという点ではらくらくクリアした。

 もっともアブナイのが沙那子だった。

 頭よかったのは高校受験のときまでだったわー、というのが彼女のいつもの口グセ。

 透の苦労もいざ知らず、実力試験前の一週間の図書館での猛特訓も功を奏さず、沙那子の赤点は確実のようだ。目の前の困難を一切忘れ去るために、現実逃避していた。

「だからさぁ、今度の日曜にね、透があたしのためにジャケットとスカートを見立ててくれると。透もいっしょに見たじゃない、ホラ、雑誌に載ってたアレだって」

「沙那子」

 透は珍しく真顔になって、彼女の手をギュッと握り締めた。

「アレを着たおまえを白日にさらしてしまったら、世間様になんてお詫びしたらいいか、俺にはわからん」

「なによ、ソレ」

「もし宇宙が滅びたら俺はおまえのせいだって、神様に報告しといてやるからな!」

 沙那子が透にパンチの雨を降らした。

「この乱暴者、おまえにあの服が似合うもんか! 翔のほうがよっぽど似合うんじゃないか?」

 翔は突然話をふられ、自分がスカートをはいているところを想像してしまう。よっぽど悩んでいるふうに見えたらしく、沙那子が翔に向かって言った。

「八雲くん、かわいいしねー、似合うかもね」

「うれしくないなぁ」

 翔は苦笑いながら、しみじみと言った。

「ネ、八雲くんは? 日曜来るよね?」

「ぼく、行けない……お母さんとこに行かないといけないし」

 翔が残念そうに言った。

「アア」

 透は自分よりも数㎝背の低い、翔のお坊ちゃん顔に目を向けて、納得した。

「そーいやぁ、翔ンとこの母さん、入院してたんだったな」

 翔は暗い目をして笑みを浮かべる。

「残念ね、じゃ、別の日にしよっか?」

 すかさず、沙那子は話題を切り替えた。

 翔が精神病院に入院している母親のことを話し出すと、やたら湿っぽくなってくるのだ。

「エーッ、気をつかわなくていいよ、二人で行ってくればいいじゃない」

「三人のほうが楽しいぜ。沙那子の言うとおり、別の日にしよ」

「六道さん、いいの? なんか、悪いことしたなぁ」

 翔は沙那子にすまなそうな視線を向けた。

「それより、沙那子、おまえ、遊ぶことより再試の心配した方がいいじゃないか?」

 さすがに透は、沙那子の現実逃避を見抜いていた。

 沙那子は照れ臭そうに、言った。

「エヘヘ、それは忘れさせてくださいナ。ねぇ、八雲くん」

 何か自分にヤバイふりが返ってきたら、沙那子はすぐに翔へそれをパスした。

 透が入れる沙那子へのつっこみが必ず翔のところで自然消滅してしまうのを、沙那子は動物的カンで嗅ぎ取っていた。

 翔は戸惑うように苦笑った。

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