モズコール


           *


「ぅえええええええええっ! えええええええええええええっ! バッバー! バッバー! ヂヂジャナイトヤッナーノ! ボニュウビンバッヤ゛ッ゛ダー! バブゥ……バブゥバブゥ! バッブゥ! バッ……うん……あ゛っ……ブッブウッん゛ん゛っ゛」

「バブゥ。バブゥ、バブゥ」

「バッ……バブゥバブゥぁ」


 以下訳


「ぅえええええええええっ! えええええええええええええっ! ママー! ママー! 乳じゃないと、やなの! 哺乳瓶じゃっやーだー! はぷぅ! ばっぶんこれ! これこれ!」

「お客様。お楽しみのところ、申し訳ありませんが、ヘーゼン=ハイム様がいらっしゃってます」

「ばっ……そんなバカな!」


           *


「この男か、モズコール? ハニートラップに引っかかった反帝国連合国の刺客は?」

「バッ……ブゥ……」


 オムツ。足パッカーン。バブちゃん用のカチューシャ。授乳ベイビースタイルの中年暗殺者(渋め)、チャーンバ=ブミは、思わずバブで唸った。


 瞬間。


 暗殺者の命運さだめ。不測の事態が起きれば国家のために即、死を選ぶ。チャーンバは自らの誇りをもって、歯に仕込んでいた魔毒を舐めようとする。


 だが。


「……んっ……ぎぃ」

「はーいー。亀甲ノ縛きっこうのしばり。自害しようとしても無駄ですよ。あなたが嬢に夢中な間に、動きを封じさせていただきました」


 同じくオムツ。おしゃぶり。哺乳瓶(片手)。常温ややぬるめ。バブちゃん用カチューシャ。モズコールと呼ばれた男は、異常で異様な棒状の魔杖をかざしながら、ハイハイをしながら、チャーンバの睾丸をンギュッと握った。


 強くもなく、それでいて弱くもなく。


「あ゛っ゛……あ゛っ゛……ア゛ーナルド=アップ……っぎっ゛ざまあ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!?」


 まさか、この男が? そんなバカな。あんな羞恥心のないプレーをともにしておきながら。あれだけ、友情を誓ったのに。あれだけ、お互いに『内緒な』って盛り上がって、盛り上がったのに。


 お互いに、あんだけ弱みを握り合ったのに。


「……話を続けていいかな?」

「はっ……ん゛……ぎぃ……ぢょっまっ……ちょ待っ……ちょ待てよ!」


 チャーンバは混乱していた。いや、痛み? それとも、快楽? どっちでも……これは、羞恥? そうではなく、屈辱? どちらも……


 いや、それどころではない。なぜ、帝国の歓楽街に、ヘーゼン=ハイムが。


「チャーンバ=ブミか。お堅いで有名な武国ゼルガニアの暗部か。なかなか、優秀な駒が捕まったな」

「我が国の陰部は優秀ですな。バブみ適正があると踏んでましたが、まさか、ここまでとは」

「……暗部な」


 ヘーゼン=ハイムがジト目で訂正する一方で、妙な魔道具を翳す。


 カチッ。


 !?


「はっ……くっ……ちっ……ん……こ……っ」


 チャーンバは目を……いや、脳みそを疑った。映像。そこには、連日、帝都でハメをハメに外しまくった自分が映し出されていた。


『ママー! マンマー!』『おお、よしよし。どうちたの?』『はのねー、はのねー、ポク、ポクのこと、全然褒めてくれないの! こんなに頑張ってるのに……誰もポクのこと、褒めてくれないの!』『そうなの? 大変ねー、おーよちよち』『ママー! バブバブッ! ブー!』『あーまえんぼさーん。そんなにママのお乳ーー』


 カチッ。


「……バッ……ブゥ」


 コイツは誰だ?


 いったい、誰なんだ?


 なんて、ダラシなく情けない顔だ。いい大人が、もう40歳越えの中年が、赤ちゃんの格好をして甘えに甘えまくっている。情欲と昇天の表情かおは、さも、醜いものなのか。


「うっ……ぼおおおおおおおきぃいいいいいぃんろろろろろっ! うっうっぼおおおおおおおぎいえええええいぃんええええろろろろろろろっ!」


 16歳。思春期真っ盛りの長娘。10歳。未だあどけなさの残る次女。お堅い夫だと信じる真面目な妻。彼ら家族が父の授乳シーンを見せられて、どう思うだろうか? そんなことが脳裏に浮かび、猛烈な吐き気を催す。


「バブ……やめ……やめてくれ……やめてくれええええええええええええええええええええっ!」


 羞恥爆発。チャーンバの脳内に走馬灯が駆け巡る。影の世界に生きてきた。幾多の戦場を駆け回り、暗部として順当に功績をあげてきた。


 どんな拷問にも耐えられるように鍛えてきた。どんな辱めにも耐える気でいた。国家のため、命を捨てることなど、なんとも思わなかった。


 今でも、その想いに偽りはない。


 だが。


「これを、君の家族に送る」

「……バっ……ブゥ」


 黒髪の青年はニッコリと笑顔を浮かべる。


「複製して、親戚にも友達にも同僚にも上官にも反大陸連合国の面々にも、君の関係者全員に」

「おっ……まっ……ん……コイツうううううぅ!」


 暗殺者が激昂などあり得なかった。


 だが、許せなかった。自分のこれまでの人生は、こんな取るに足らない過ちで否定されるのか? 栄光ある武国ゼルガニアの英雄の一人として祀られることなく、赤ちゃんプレー好きの変態として唾を吐きかけられながら死んでいくのか?


 だが。


「選ばせてあげよう」


 そんなチャーンバの葛藤など、完全スルーで、ヘーゼンは悪魔のような笑顔で囁く。


「1つは、超絶変態認定を受け、家族からも、友人からも、同僚からも、国家からも軽蔑されたまま死ぬ道。もう1つは、裏切り者として、帝国に与する道」

「うっ……ううううっ……」


 『裏切る』という選択肢。それは、彼の人生において最もあり得ない決断だった。そう教え込まれて生きてきた。


 だが……あまりにも前者の没後がヤバ過ぎる。


 自分が、家族を友人を同僚を、国家を捨てないでも、家族は友人は同僚は……国家は自分を捨てるだろう。


 捨てなければ、捨てられる(変態として)……


 やがて。


「……私の家族には手を出さないか?」

「もちろん。契約魔法でも彼らの生存は保証するよ」

「……」

「……」


 もはや、選択肢はない。だが、祖国が、友人が、ともに命懸けで戦ってきた戦友たちが……チャーンバの首を縦に振らせない。


 そんな中。


「……チャーンバ様」


 沈黙を破ったのは、モズコールだった。彼にこやかな笑顔を向け、彼の○丸をポンポンと優しく叩く。


「ともに……行きませんか?」

「……」

「あなたの真なる幸せは、あちらにあります」

「……」


 そして。


 視線の先の母性溢れる嬢もまた、ニコッと笑顔で呼びかける。




































「あんよは、じょーず。あんよは、じょーず。あんよは、じょーず。あんよは、じょーず。あんよはーー」

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