帝国暗部(5)


 翌日、何事もなかったかのように、ヘーゼン=ハイムは天空宮殿に出勤した。


「……っ」


 猛烈なアタオカ。


 秘書官のナルガルは、震えざるを得なかった。


「お、おはようございます」

「おはよう。よく、眠れたかい?」

「……っ」


 ね、眠れる訳、ねーじゃん。


 なんで、何事もなかったかのように歩けるのか。なんで、何事もなかったかのように「おはよう」と吐けるのか。なんで、何事もなかったかのように、自分に接することができるのだろう。


 あんなに殺し尽くしておいて、すごく、サッパリ。


 ヘーゼンが去った数時間後、再生が完了した後、普段から無表情がちの暗部たちが泣いた。シクシクとサメザメと泣きまくった。


「うっ……ううううううっ」「えっぐ……えっぐ……えええええええええっ」「おおおおおおおおおおっ、おおおおおおおおおおおっ」「あえええええあっああああああっ! あああああああんあああっ!」


 いや、嘘、号泣。


 いや、無理。


 加えて、帝国暗部は契約魔法で自死も退職も逃亡も禁じられている。もはや、この超ド級の鬼畜魔法使いの特訓についていくしかない。


 やるしかない。


 でも、とんでもなく、やりたくない。


 この、絶望果てなき悲しい痛みを、定時後に毎日繰り返さないといけない。そう思うと、涙がポロポロと止まらないのだ。


 猛烈なワカラセ。


 どれだけ体調が悪くても、何百回転生したとしても、天地がひっくり返っても、ヘーゼン=ハイムには敵わない。そう思わされた。そう脳裏に刻みつけられた。


 そんな彼らの嘆きなどガン無視で、目の前のヘーゼンは、淡々と話を進める。


「これが君たちの分析結果だ」

「……っ」


 ナルガルがリストを見ると、弱点と強み、そして、魔杖の特性と『こうした方がいい』という改善案が詳細に書かれていた。


 しかも、全員分。


「やはり、有用な魔杖を与えられていないが故に、魔杖を扱いきれていない者たちが多い」

「……」


 午後の蹂躙が、本格的な地獄だった。各々が全身全霊、本意気中の本意気で、心の底からヘーゼン=ハイムを殺しにかかったが、ことごとく空振りに終わった。


 彼らの自尊心プライドはもうズタズタである。


「そこで、僕から君たちの魔力の質に合わせて、魔杖を一から製作してもらうことにした。入ってくれ」


 ヘーゼン次官が呼びかけると、元気よく一人の青年が入ってきた。

 

「あおーーーーーーん! ハッハッ」


 八重歯が特徴的なボサボサ頭の青年が入ってきた。平民だろうか、かなり元気がよく服装も割とラフな感じだ。


「こちらは、魔杖工のクラーク=マーラーだ。知っているかい?」

「は、はい、もちろん」


 帝国魔杖16工の一人だ。帝国暗部でも、有能な人材は常にチェックしている。若手で将来有望な魔杖工の筆頭だ。


「彼に分析結果を渡して、試作魔杖を製作してもらおうと思っている」

「それは、非常にありがたいですが予算が……」

「僕が自費で支払う」

「……」


 それは、非常に気前のいい話だ。帝国魔杖16工の魔杖など破格の値段がするものばかりだ。暗部組織と言えど、そうそう良質な魔杖は手に入らない。


「質のいい宝珠も、クミン族に優先的に回してもらう。最近では、ルクセニア渓国で良質な源泉を確保したからな」

「……ありがとうございます」


 これも、クミン族女王バーシアと特別な繋がりのあるヘーゼンならではの特権だろう。


「ですが、本当によろしいのですか? 人数分の魔杖なんて、彼一人で製作ができるか」

「もちろん、全面的に僕が抱えている若手の魔杖工たちにサポートさせる」

「……」


 魔杖工組合の解体によって、魔杖工の認可が必要なくなった。結果、有力な貴族は大金を支払って魔杖工を囲うことになったが、ヘーゼン次官もそのクチか。


 なんというか……抜け目がない。


「クラーク、できるか?」

「間違いねぇ! 俺に俺に俺に任せておけっ! すぐに取りかかって、全力で集中して仕上げてやるぜ! ハッハッハッハッ」

「……いい子だ」


 魔杖工クラークは、舌を出しながらグルグルと回らながら叫ぶ。ヘーゼン次官は、気のせいか非常に複雑な表情で褒める。


「あおーん! じゃ、早速やってくるぜ! ハッハッハッハッ」


 魔杖工クラークは、リストをひったくるように持ちながら走り去って行く。


「……なんとなく、犬っぽい性格ですね」


 クスッと、ナルガルは微笑みながらつぶやいた。


 こう言っちゃ悪いが、なんとなく仕草が飼っているイッヌみたいで可愛かった。噂によれば、かなり難儀な性格と聞いていたがーー



































「ああ、彼は調教済みだ」

「……っ」

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