現実
「……え?」
ボォイ大臣は、彼以外の全員が手を挙げている光景を見て、ポカンとした。いったい、何が……何が起こっているのだ。
「はい、では、魔杖
「ちょ、ちょ待てよ! い、いや……ちょっと待ってください!」
アウラ秘書官の進行を、慌てて大声で制止する。
「なんでしょうか?」
「こ、こ、これは何かの間違いです。こんなことは……こんなことは絶対にあり得ないです」
「……議決は多数決ですから。必ずしも、あなたの思い通りにならないと思いますよ」
「そ、そんな……」
瞬間、ボォイ大臣の視界がグニャァと曲がる。
あり得ない……あり得るべきでないことが、今、まさに目の前で起きている。
彼は、隣にいるマンシー大臣の袖を掴んですがりつく。
「ねえ、なんで手を挙げてるんですか!? ねえ、なんでぇ!? ねえ、あなたは、我々の派閥じゃないですか! 我々は、我々は……われわれはぁ!」
「は、離してください!」
「……いんぎっ」
強引に、粗雑に手を剥がされて、関節がビギっと痛む。だが、それに対して、なんの罪悪感もなさそうに、マンシー大臣は侮蔑の表情をこちらち向けてくる。
「……何か勘違いされてますね? エヴィルダース皇子は、わざわざ他派閥を含めて議論の俎上にあげるよう指示されたんですよ? そうでしたら、各々の判断に任せるのが自然なことではないかと思います」
「なっ……」
愕然としながら。ボォイ大臣は、同じく超利権を保有し、根回しが終わっていた貴族たちの方を見る。
「なぜ……なぜ……あなたたちまで」
あんたたちは、あれほど、こちら側につくと言っていたじゃないか。彼らは自分と同じだ。超名門貴族家出身の主要派閥の一員。その堅い絆で結束されているはずだ。
だが。
議決の前と後では、明らかに彼らの態度は豹変していた。彼らは、まるで、生ゴミでも見るような侮蔑の眼差しをこちらに向けている。
まるで……
「なんで……」
「私は、率直に信頼できないと思いましたよ」
遠い席の副大臣が、吐き捨てるように口にした。
「なっ……聞き捨てならないぞ! 私がなんの嘘をついているというのだ!?」
「……本気で言ってます?」
さらに別の大臣が半笑いで、嘲るように見てくる。
「私も信頼はできないですな。人として、あなたは少しどうかなと思う」「そもそも、魔杖
「……っ」
口々に。他派閥の者たち以外からも……いや、主にボォイ大臣が味方だと思っていた者たちから非難と不信の声が上がる。
なぜ……なぜ、こんなことに。
「そう言えば、あの責任はどうします?」
「あの……とは、どのことを言っておられるんですか?」
「リィゼン元長官ですよ。推薦したのは、確かあなたでしたよね?」
「ち、違う! アレは、皆様との話し合いでーー」
「私もそういう認識でしたな」「私もですね。だいたい、鼻高々に言っておられたでしょう? 『私が任命した』って」「私も聞きましたね。それで、アウラ秘書官が反対したにも関わらず強引に押し通して」「ああ、道理で似ていると思いました。ソックリですもん」「いや、コッチの方が……ククッ」
「……っ」
手のひらを返してきた。彼らは、完全に、こちらを切り捨てにかかっている。
そんな訳にはいかない。
そんな訳には。
「皆様! どうか、あの嘘つきに騙されないで下さい! 皆さんは、ヘーゼン=ハイムという嘘つきに騙されてます! すべてはヤツの策略です! 騙されないで、どうか私のことを信頼してください!」
ボォイ大臣は深々と頭を下げる。
そんな中。
「……その前に、あなたの頭の上にあるソレ、なんとかした方がいいんじゃないですか?」
「「「「「ははははははははっ」」」」」
ボソッと、静寂の口火を切った声で、議場から一斉に笑い声があがる。
「……っ」
瞬間、心臓が破裂しそうなほど、鼓動が早くなる。だが、そんなはずはない。今日の自分の髪型は、完璧だ。落ち着け、そんなはずはない。
そんなはずは、あり得ない。
「な、何を言っているんだ!? いったい、何を言っておられるのか、私にはまったくわかりませんな」
「鏡を見てないんですか? もしくは、連日、お疲れだっだとか」
「……っ」
ショック死しそうなくらいに、胸の鼓動がバックンバクンと止まらない。だが、絶対にありえない。魔法で、ガッチリと固めたのだ。固め尽くしたのだから、あり得ない……あり得ない……あり得べきではない。
ボォイ大臣は、魂から声を出して反論する。
「ふざけるな! それは、侮辱だぞ! 私がそんなくだらない揺動に引っかかるとでも思ってるのか!? さては、貴様、ヘーゼン=ハイムの手先だな!? 皆様、騙されないでください!」
「いいから、見てくださいよ」
大臣の一人が、呆れた表情で手鏡を渡す。
「何を言っている!? 今日の私の髪は特に決まっている。そんなーー」
「……バナァナ」
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