錯覚
「はっ……えっ……」
瞬間、ボォイ大臣は、反射的に自身の頭に乗っかっている金髪を抑えた。
へーゼン=ハイム。
なぜ、ヤツがこんなところに。
「き、きき貴様っ! なぜ、こんなヤツを連れてきたんだ!?」
ボォイ大臣は、慌てて秘書官に怒鳴る。
「も、も、申し訳ありません。お知り合いでしたか!?」
「お知り合いって……貴様は何を言ってるんだ!? へーゼン=ハイムだろうが、この男は!」
「は?」
秘書官は、理解ができないような表情を浮かべる。
そして。
次の瞬間、彼はフッと白目を向いて崩れ落ちた。
「すいませんね、視界を錯覚させる魔法を使いました。普段は、いろいろ審査されるんでしょうが、猛烈に慌ててましたので至極イージーでしたよ」
「……っ」
ニッコリと。
黒髪の魔法使いは、フサフサの髪で笑う。
「ふ、ふ、ふふふふざけるな! こんなこと許されないぞ!?」
「許す?」
黒髪の魔法使いは首を傾げて、ツカツカと金髪を抑えているボォイ大臣の首を掴んで持ち上げる。
「かっ……はっ……」
「ここにいるのは、僕とあなただけですよね? ここまで来れた時点で、純粋に強い者がこの場を支配できるのですよ?」
「んっ……ごっ……がっ……」
息ができないボォイ大臣は、両手でヘーゼンの腕を掴んで引き剥がそうとする。すると、急に彼の首から手が離れて、身体が床に叩きつけられる。
「がはっ、がはっ! き、貴様っ……」
「あれ……あなたの命よりも大事なそれ、落ちてますけど、要らないんですか?」
上からヘーゼンが、床に落ちた金髪を見下ろしながら尋ねる。
「んぐっ……」
すぐさま、ボォイ大臣が手を伸ばした時。
!?
ボゥっと。
金髪から火の手が上がる。
「んぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 消せ! 消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ!」
ボォイ大臣はガナり叫びながら、手でバタバタと叩くが、一向に消えない。
一方で。
「いや、よく燃えますな。あなたの油汗がギッシリと詰まっているのでしょうね」
まるで、キャンプファイヤーでもしているかのような、呑気な声が響く。
「き、貴様……許さ……絶対に……」
「なるほど、そこですか」
!!?
加えて。
へーゼンは、クローゼットを開けて、予備のヅラを次々と炎の中に投げ入れていく。
「おごえええええええええっ! んぎゃああああああっ! おまっ! おんまっ! 何をやってらぎゃろごえろおおおおおおおおおおおっ!?」
「人は本能的に守りたいものを目線で追うんですよ。一瞬ですけど、追いましたね」
パンパン。
まるで、掃除がひと段落した時のパンパンを、ヘーゼンは繰り出す。
そして。
全ての金髪が灰と化した後、『いやいやお礼なんて』と言いたがな笑みで、黒髪の青年はつぶやく。
「さすがに、あなたが議場に来なけれれば、反対派も議論ができないでしょう。これで、終わりですね」
「ふ、ふ、ふざけるな! 殺す! 絶対に殺す! 家族もろとも、一族もろとも、絶対に貴様を殺してやるぞ!」
「……ふぅ」
ヘーゼンは、『やれやれ』と言いた気な表情で首をすくめる。
「もう、大臣然とされない方がいいですよ? 魔杖
「……ふざけるな! そんなことには断じてならん! 今日、私が議場に行けば全てが解決する!」
「出られないんでしょう? 外に」
「……っ」
「頭ではわかっていても、心がついていかないんですよね? わかりますよ……あなたのことは、ぜーんぶ」
へーゼンは、ボォイ大臣の
「ああ……それでも議場に来たいというのなら、これでも着けていらっしゃって下さい」
黒髪の青年は、そう言って、ポンとボォイ大臣の前に物を放った。
「こ、これは……」
「バナナの皮です」
「ばっ……」
バナナの……皮……んだとっ。
「あなたのミジンコ並みに小さな脳みそだったら、これくらいがお似合いでしょう?」
へーゼンはボォイ大臣を見下ろしながら、歪んだ笑みを浮かべる。
「っと。私はついでの用事で寄っただけなんで、もう失礼しますね。それでは」
「……っ」
これみよがしに深々とお辞儀をして、ヘーゼンは颯爽と去って行く。
「……」
・・・
「……んがああああああああああああああああああああっ! んんがあああああああああああああああああっ!」
ボォイ大臣は、怒り狂いながら、地面に置いてあったバナナの皮をズタズタに踏み潰す。
「ん絶対いいいいいいいいいっ! んん絶対にいっころすううううううううううううううううううっ! んん絶対にあいいいいいっ! 絶対完全不可逆的にいいぃいっころすううううううううううううううううううっ!」
叫び叫び叫び。だが、ギンギンに血走らせた眼球で、クローゼットを舐め回すように見る。
「……んない! ないいいいっ!」
やはり、全部、燃やされた。
「ん……どうする……あっ……どうするどうするどうする……」
皮肉にも、へーゼンの言う通りだった。髪がないと……どうすることもできない。どうしても外に出られない。
どうしても、ヅラが、頭から離れない。
「ない……ない……ないないないないない! ないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないいいいいいいいいいいいっ!?」
ボォイ大臣は、自身の記憶をフル回転させて部屋の中を探しに探す。いや、何かあっはずだ。予備が。いや、予備の予備が……記憶を絞り出し、そのカスも絞りに絞り出し尽くしながら、くまなく探す。
「……いや、そうだ……思い出した!」
確か、予備の予備の予備に1つ置いてあったものがあった。そう、最愛の側室に笑われて殺された時の髪だ。
ボォイ大臣は天井裏に登り、1つの箱を持ち出す。そして、すぐにそれを地面に置いて蓋を開ける。
「んあった! あったあったあったあったあったあったあったあったあったあったあったあったあったあったあったあった! んあったーーーーーーーーーー!」
ボォイ大臣は狂喜乱舞する。それも、かなり保存状態がよい。これなら、今の金髪と遜色がない。
そんな中、別の秘書官が息を切らしながら、男を連れて部屋に入ってきた。
「はぁ……はぁ……はぁ……大臣! 間に合いました! スタイリストの魔法使い、見つかりました!」
「そ、そうか! わかった早くしろ!?」
ボォイ大臣は、慌てて金髪のヅラを装着して鏡を見る。
「……っ」
奇跡。奇跡的なフィット感。これだ……これまで何万回も被ったが、奇跡のように似合っている。いや、今まで、自分は、これを求めていたのかもしれない。
「こ、これだ! 早く! この状態で固めろ!」
「……っ、あ、あの本当に」
「早くしろ! 殺されたいのか貴様っ!」
「わ、わかりました」
スタイリストの魔法使いは、すぐさまボォイ大臣の頭に魔法をかける。ボォイ大臣は、それが微動だにしないことを確認した後、立ち上がって走り出す。
「はぁ……はぁ……おのれ……ヘーゼン=ハイムめ……このままじゃ……このままじゃ済まさん」
・・・
数十分後、議場へと到着した。そのまま、馬を降りて、自身の頭をガッチリと押さえながら、部屋へと飛び込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……待った! 待ったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
その叫び声で。
議場にいる全員が、ボォイ大臣を見る。
「はぁ……はぁ……ぜぇ……はぁ……待った……その議論は……私抜きでは……進まないだろう」
「……」
「……」
・・・
バナナの皮が乗ってる!?
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