デリクテール皇子
*
「デリクテール皇子。あなたの皇位継承順位は、4位です」
「……そうか。わかった」
「何か質問はありますか?」
星読みのリズウッドが尋ねる。
「いや、ない。ご苦労だった」
「……では」
彼女は深々とお辞儀をし、部屋を退出した。そして、廊下の足音が消えるや否や、堰を切ったように、カエサル=ダリ伯が拳を壁に叩きつけた。
「バカな! 4位だとっ!?」
この精悍な男は帝国最強と謳われる『四伯』の1人であり、この派閥の筆頭だ。
星読みの手前、なんとか自制していたが、血の気が多いこの武人は、今にも怒りで暴れ出しそうな表情を浮かべている。
だが、デリクテール皇子の表情には、微塵の動揺もない。
「落ち着いてくれ。予想の順位よりは1つ小さいが、想定の範囲内だ」
「……」
一方で、もう1人。隣で温和な雰囲気を漂わせる男が、静かにデリクテール皇子を見つめる。
法務省次官のロレンツォである。
「どうした?」
「なぜ、私に継承順位内定の同席を?」
確かにロレンツォ次官は、デリクール皇子の派閥に属している。だが、爵位も階級も能力も、上の者はゴロゴロいる。本来この役目は、筆頭秘書官であるジオリトが適任だろうと思う。
だが、デリクテール皇子は、迷いのない表情で答える。
「君の仕事振りは素晴らしく、能力面では疑いようがない。そして、なにより……君は、ヘーゼン=ハイムをよく知っている」
「……」
「安心してくれ。ジオリト秘書官にも、納得してもらっている」
「わかりました」
エヴィルダース陣営より数は少ないながらも、デリクテール皇子の派閥は優秀な者が多く、信頼関係もしっかり築けている。
「……」
そして、自分を含めた誰もが、この清廉潔白な君子を、より高みに推しあげたいと思っている。
「1つ頼みがある。リアム皇子の元に謁見し、情報交換をしてきてくれ」
「……わかりました」
ロレンツォ次官は、深々とお辞儀をして、この場を去った。一方で、デリクテール皇子は、隣で不満気な表情を浮かべているカエサル伯に声をかける。
「不満そうだな」
「……デリクテール皇子。私が真なる忠誠を捧げるのは、1人だけです」
「残念ながら、私では不足だ。この1年、もがいてはみたが、結局、魔力も、派閥の勢いも満足には伸ばせなかった」
「……っ」
カエサル伯は、ギリっと歯を食いしばる。
「リアム皇子は優秀だ。ユルゲル前皇太子の弟でもあり、非常によく似ている。潜在魔力は自分を大きく上回っているし、何よりもまだ若い」
彼の年齢ら22歳。よく鍛えれば、数年後にはエヴィルダース皇太子の魔力を抜くとデリクテール皇子は見ている。
「……あの方の下につくおつもりなんですか?」
「ああ。真鍮の儀式で星読みには伝えているし、任命式で、臣下の前で宣言しようと思っている」
「ふざけた話だ。なぜ、あなたのような方が皇太子に選ばれないのか」
あまりに強く拳を握り、血がポタポタと滴り落ちる。そんなカエサル伯の様子を見たデリクテール皇子は、小さくため息をついて、彼に向かって頭を下げる。
「すまないな。ついてきてくれた君たちに応えられる器ではなかった」
「……臣下としての至らなさを、私は生涯恥じます」
「……」
「……」
部屋に陰鬱な空気が立ち込める。
「それでも、4位は予想外だった……期待通り、リアム皇子が、エヴィルダース皇太子の後につけていればよいが」
デリクテール皇子が思惑を巡らしている時、1人の秘書官がノックをして部屋に入ってきた。
彼の名はモルドドと言った。元はドクトリン領の長官であったが、デリクテール皇子によって引き抜かれた人材である。彼は、柔和な表情で用件を話し始める。
「エヴィルダース皇太子が面会をしたいと」
「……何事だろうか?」
怪訝な表情を浮かべ、カエサル伯を見る。
「大方、皇太子に選定されたことを自慢しに来たのでは?」
「……君はどう思う?」
デリクテール皇子は、モルドド秘書官に意見を求める。
「あの方の性格上、皇太子に選任されたのならば、今頃は祝宴を開いているのではないでしょうか」
「……では?」
「どうしても……あの男の影がチラつきますね」
「……」
モルドド秘書官は、元々はヘーゼン=ハイムの上官だった……いや、あの男の上官として生き残った、数少ない男というべきか。
使えば使うほど優秀な男で、瞬く間に、第3秘書官まで登り詰めた。
「さて……どう出るのがいいか……」
デリクテール皇子がつぶやくと、モルドド秘書官が笑顔を浮かべながら答える。
「アウラ秘書官が同席されていないと言うことは、何かしら後ろめたい事態が起きたのではないでしょうか」
「それは……逆ではないか?」
問題が起きた時、彼ほど役に立つ者はいない。そう指摘すると、モルドド秘書官は苦笑いを浮かべ、首を横に振る。
「デリクテール皇子はそうでしょう。ですが、エヴィルダース皇太子は、精神的に未成熟なところがあります。同時に自尊心も人一倍おありになる。あるいは……最悪の事態ならば、アウラ秘書官の裏切りを恐れても不思議ではありません」
「……皇太子内定を逃した、と?」
「非常に考えにくいことですが、可能性の1つとして」
その答えに、デリクテール皇子は、額に指をトントンと当てる。
「……策は?」
「3つあります。1つ目は、今まで通りを装う。2つ目は、皇太子に内定したフリをする。3つ目は……デリクテール皇子の順位をあえて晒す」
「……3つ目の理由は?」
「もちろん、『リアム皇子が皇太子内定でない』という確証を得ると言う前提条件ではありますがーー」
そう前置きをして。
モルドド秘書官は満面の笑みで答える。
「ともに皇太子を特定し、内定した者を殺すためです」
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