真鍮の儀(2)


           *


 真鍮の儀が始まった。エヴィルダース皇太子は、気を引き締めて臨む。隣には、デリクテール皇子がいるが、気持ちは平静そのものだ。


 この1年で、自分は変わった。


 感情を抑え込む術を身につけ、大人になった。帝王学を一から学び直し、皇太子としてどう振る舞うべきかを常に考えるようになった。


「くっ……くくく……それに引き換え、あのイルナスゴミクズ童は惨めなものだったな」


 思い出し笑いを浮かべ、隣のデリクテール皇子に笑いかける。


「……運命の糸を手繰りよせようと必死にもがく者を、私は惨めだとは思わないですね」

「ふっ。本当に格好をつけるのが得意な兄だな。それで、お前の運命が変わったか?」

「……」


 この1年間、デリクテール皇子は、必死に巻き返しを図った。今までは皇太子の身分に興味を示さなかったこの男が、本気でその座を取りにきた。


 だが、派閥の権力図が覆ることはなかった。


 すでに、大勢はエヴィルダース皇太子についており、この勢力差は変わらなかった。天空宮殿に大きな影響力を持つ主な臣下たちも、デリクテール皇子になびくこともなかった。


「クク……誰もお前につかなかった理由がわかるか?」

「……」


 エヴィルダース皇太子が、勝ち誇りながら尋ねる。


「息苦しいんだよ、お前といると。いいか、世の中は、お前のように理想を振りかざし、偉そうにしているヤツについて行こうなんて思わないんだよ」


 一方で、自分は、ただひたすらに自分の弱さと向き合った。あの日、あの時の、あの瞬間の、とてつもない屈辱。挫折。あれがあるからこそ、精神的に成長することができた。


 そして、自分の弱さを許すことで、初めて、他人の弱さも許すことができた。


「……そう言えば、へーゼン=ハイムは、今頃何をしていますかね?」

「さあな。ゴミムシのことなど眼中にないから、知らないな」

「……」

「どうした? が、その名前を聞けば、心乱すとでも?」


 エヴィルダース皇太子は、フッと不敵な笑みを浮かべる。


「いえ。てっきり、私は何かを仕掛けてくるものと思ってましたから」

「真鍮の儀に、外部からの干渉ができるとでも?」

「あの男は危険ですから、その可能性を排除するべきではないと思いますが」

「ありえないな」


 当然、儀式の間の周辺に抜かりはない。アウラ秘書官に仕切らせ、四伯直々に警護させている。大陸で、これ以上の備えなどはできないほど厳重だ。


「お前との最後の勝負だ。何人たりとも邪魔はさせないよ」

「……」

「っと。あのイルナスが終わったようだ。行くとするかな」


 エヴィルダース皇太子は、立ち上がり儀式の間へと入った。


 真鍮の儀の順番は、星読みによって不作為に選定される。イルナスの後というのが気に入らないが、まあ、そんなことで心揺らしても仕方がない。


 中では、13人の星読みたちが待ち構えていた。


「お待たせしました。では、お願いします」

「ちょっと待て」


 そう言って。


 エヴィルダース皇太子は、おもむろに服を脱ぎ始める。


「……」

「ああ、別にの肉体を誇示したい訳ではないぞ。一種の気合い入れだな。まあ、男性禁制の星読みには、少し刺激が強すぎるかもしれんが」


 そう笑って、自身の身体を、爛然と披露する。


 精神力こころだけではない。あれから、1年。我が肉体をひたすらに鍛え抜いた。1日たりとも修練を欠かしたことはない。皇帝足る器になるために、剣術、魔法の修練を、一から見つめ直した。


 どうだ? これが、次期皇帝の身体だ。


「では、よろしいでしょうか?」

「なんだ、グレース。そんなに浮かない表情をして。せっかくの美人が台無しだ。それとも、自身の教え子のあまりの情けない将来を感じ、気分が悪くなったか?」

「……あまり、お話になると集中できないのでは?」

「ふっ。あいにく、は、あの童のようにヤワではないのでな。では、行くぞ」


 エヴィルダース皇太子は、目を瞑って精神力を集中する。体内にある魔力をグルグルと巡らせる。この脈々と波打つ鼓動。以前は、抑えることができずに外に発散していたが、今は押し留めることができる。


「はああああああああああああああああっ!」


 自分でも膨大な魔力が溜まっていくことが実感できる。魔力量が上がる期間は、一般的に40歳まで。デリクテール皇子の成長期はすでに過ぎていて、自分は未だ成長期である。


 何人に背中すら見せないほど、この日のために鍛え上げた。


「……っ」

「ククク……グレースぅ。顔色がますます優れなくなっているぞ? 大丈夫か?」


 珍しく浮かない表情を浮かべている美女に、エヴィルダース皇太子は優しく語りかける。


「これが……全力ですか?」

「なんだと?」

「グレース! 声をかけることは禁じられています」

「……申し訳ありません」


 顔色の優れない美女は、深々と謝罪する。


「まあ、いいではないか」


 エヴィルダース皇子が、余裕の表情で答える。


 彼女がイルナス贔屓であり、自分を快く思っていないのは知っている。なんとか、心をかき乱して、デリクテール皇子になんとか希望を持たせたいという算段だろう。


「安心せよ……未だ30%ほどに過ぎない」


 

 


























「これが、100%中の100%だ」

「……っ」









【あとがき】


こんにちは、花音小坂です。


 いつも、ギフト、誤字脱字、応援、コメント、評価、レビュー、また書籍の購入ありがとうございます! 返信ができない代わりに、この場を借りて、お礼を言わせてください。


 まずは、宣伝をさせてください。


 本日、5月23日に、ヤングエースUPにてコミックの無料連載がアップされます! ぜひぜひ、ご拝読いただき応援頂ければ、作者の励みになりますので、ぜひぜひよろしくお願いします!


 皇位継承編を初めて、何十話ほどのストックがあったので、数日ほど、まともに書かない日が続きましたが、よくないですね笑 ストックがありすぎるとサボるタイプなので、塩梅が難しいです。


 書いてない間は、酒に溺れてました。


 やはり、書かないと漫然と日々を過ごすことがわかったので、とにかく書きます。


 重ねて、ぜひコミックの方もよろしくお願いします! 


 今後とも何卒よろしくお願いします!

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