イルナス


           *


 それから、1週間が経過した。その間、宮殿では『真鍮の儀を土下座で懇願した童皇子』の話で持ちきりだったので、イルナスは外も歩けず自室に籠もった。


「……」


 放心状態で毎日を過ごし、何をやるにも手つかずで、一日をボーッと過ごす。


「……」


 あまりにも魔力測定の手応えがなさ過ぎて、もはやあきらめの境地に達していた。家庭教師をしてくれているグレースも、体調不良と言う名目で一切足を運ばなくなった。


 恐らくは、彼女にも、見捨てられたのだろう。


 怒りは湧かなかった。むしろ、今まで彼女は、こんな自分を気にかけてくれて、毎日、励ましてくれた。その日々を思うと感謝しかない。


「……」


 これから自分はどうやって生きていけばいいのだろうか。一生、このまま周囲から馬鹿にされ、同情し続けられながら生活をしていかなくてはいけないのだろうか。皇子としての身分にすがり、ただ皇位であると言うだけの存在として隠れるように生きていくしか。


「イルナス様、グレース様がいらっしゃいました」


 そんな中、側近が呼びに来た。イルナスは、大きくため息をついて入室の許可する。


 後に執り行われる任命式で、正式な皇太子が発表されるが、その前に専属の星読みから内定順位の発表がある。


「イルナス皇子殿下、ご機嫌麗しく存じます。本日は、任命式を執り行うために、内定順位をお伝えしたいのですがよろしいでしょうか?」

「……うん」


 イルナスは素直に頷いた。そして、悟った。グレースの浮かない表情を見ていれば、わかる。今回も潜在魔力を感知できなかったのだと。


 結果、ヘーゼン=ハイムの言ったことが、すべて偽りであることも。


「内定順位は秘匿事項です。イルナス皇子の他に準備頂く2人を決めなければいけませんが、選定頂けますか?」

「……では、母様とヘーゼン=ハイムを」


 イルナスは迷いなく口にした。ヴァルナルナースには、結果を受け止めた上で、キチンと目を見て謝りたいと思った。真鍮の儀のたびに、不出来な息子を晒されるのだから、申し訳ない想いでいっぱいだ。


「……」


 皇帝の寵愛を受けた優しき母には、幸せで輝かしい未来が待っているはずだった。それを、自分の無能でぶち壊しにしたのだ。


 ……そして、ヘーゼンには『嘘つき』と罵りたかった。ヤツは、自分にありもしない希望を見せてからかった。それが、どんなに残酷なことであるか、一言だけでも文句を言わねばと思った。


 やがて、側近が二人を連れてきた。ヴァルナルナースは、すでに泣きそうな表情を浮かべており、ヘーゼンは何やら楽しげな様子だった。


「イルナス皇子殿下、ようやく、この時が来ましたね」

「……ああ、そうだな」


 ヘーゼンの言葉に、イルナスは愛想なくつぶやく。この男……もしかしたら、期待しているような演技をして『こんなはずじゃなかった』などと嘲る気なのだろうか。


 だとすれば、本当に意地が悪いと思った。


「……では、発表させて頂きます」

「グレース、その順位は5位かい?」


 イルナスは聞く前に、質問した。


「いいえ」

「では……4位かい? それとも3位? 2位?」

「……いいえ」


 イルナスの語気がどんどん荒くなり、目から涙が滲んでくる。やはり、どこかで期待していたのだろう。


 自分の心で何かが弾けた。


 自然とせせら笑いが溢れる。怒り……悲しみ……いや、そんな生ぬるいものじゃない。身に覚えのない死刑宣告を受けた死刑囚は、恐らくこんな感じなのじゃないだろうかと思った。


「そうか。それならば、ヘーゼンの期待に応えるならば1位でないといけないな。グレース、聞かせてくれ。6位かい? 7位かい?」

「……いいえ」


 彼女の答えを聞いて、ヘーゼンを睨む。嘘つき。自分には潜在魔力があると言ったのに。今回の魔力測定では、いい順位になると言ったのに。


「なら、もう最下位と1位しか残ってないな。ヘーゼン、そう言うことなんだよ。結局、僕は君にからかわれて、みんな弄ばれる玩具おもちゃでしかないんだ。所詮……」

「……」

「グレース……僕は……最下位なんだろう?」

「……

「……えっ」


          ・・・


 その瞬間、一斉に沈黙が拡がった。ヴァルナルナースが呆然として、ヘーゼンも浮かない表情を浮かべているが、何よりイルナスの理解が追いつかない。


 言っている意味が、まったくわからなかった。最下位じゃないと言うことは、いったいどういうことなのだろうか。


「あの……グレース。僕は最下位じゃないのかい?」

「……ええ、そう言いました」

「あの……5位でも、4位でも、3位でも2位でもないんだよね?」

「はい」

「6位でも、7位でも……ないんだよね?」

「ええ」

「だとすれば……いや、でもあり得ないよグレース。君まで僕をからかうのかい?」

「イルナス皇子殿下……からかってなどいません」

「だって、おかしいじゃないか。残りはもう1位しか……でも、そんなのあり得ない」

「……イルナス皇子殿下。いえ、イルナス殿下」

「嘘だ」


 そんなイルナスのつぶやきを無視して。グレースは不安そうな表情を浮かべながら宣言した。



































「あなたがこの帝国の皇位継承権1位です……イルナス皇太子殿下」

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