ミクリシアン皇子(1)
*
「ば、ババババババカなぁん!?
皇居内の邸宅で、ミクシリアン皇子が取り乱しながら絶叫する。パコル=ドブルマ筆頭秘書官とアンチー=ノアソコ第2秘書官も、口をあっぴろげている。
「はい、残念ながら」
最年少星読みの少女メルソッソは、深々と礼をして、礼儀正しく答える。
「い、い、イルナスはぁん!? あんのカスゴミ玩具の童皇子はどうしたんだぁん!?」
「えっと……他の候補者の情報は申し上げられません」
ニッコリ。
「はっ……くっ……間違いじゃないかぁん!? だって、イルナスは魔力がないんだぞぉん!? 魔法が使えないんだぞぉん!? 不能者なんだぞぉん!?」
「だ、だから申し上げられないって言っているじゃないですか(息、臭いなぁ)」
グイグイと近づいて迫ってくる中年巨漢に、少女はその分だけ後ずさる。
「でも、間違いなく最下位です。それだけは、間違いないです」
「メルソッソぉん!? お前は、誰に入れたんだ?」
「わ、私は、あなた以外の人に入れましたよ。誰かは申し上げられませんが」
「なんでだぁん!? お前は、
「た、確かに家庭教師の星読みは、担当について皇子を贔屓する傾向はあると言いますね」
「お、お、お前はどうなんだぁん!?」
「他の星読みと同じく、あなたの最下位に断固賛成いたしました」
「はっ……くっ……ううっん!?」
ニッコリ。
満面の笑みを浮かべた少女に、狼狽する中年巨漢皇子。
「なんでだよぉん!? んなんでぇん!? んんなんでぇえええええ!?」
「つ、常日頃言っていたじゃないですか!? このままじゃ、危ないですよって。最下位になっちゃうかもしれませんよって。でも、全然、努力もしないから」
「したところでだろぉ!?」
ミクシリアン皇子とて、最初から頑張らなかった訳ではない。真鍮の儀は5年に1度開かれる。現在、43歳なので、今回は8回目だ。
イルナスが生まれる前は、常に最下位とその1つ上を行き来していて、かなり歳の離れた弟のエヴィルダースからは、いやらしくイジメられる憂き目にもあった。
当然、10代はまだ希望もあったから、頑張った(彼なりにはだが)。だが、20代に入って、どれだけ頑張っても順次が上がることはなかった。
だが、30代になってイルナスの病気が発覚してからは、万年最下位の座はヤツになったので、もはや、安心しきっていた。
「……はぁっふぅ……ん」
あのゴミクズがいる限り、自分が最下位の屈辱に遭うことはないと安心していたのに。ミクシリアン皇子の瞳にジワっと涙が溜まっていく。
「おふっ……おおううううっ、おうおううううううううううんっ。なんでえぉうん!? えっ、なんでおうぅん!?」
「泣き言は聞きたくないです(汚い涙だなぁ)。この成績をバネにして、次の真鍮の儀で頑張ってください」
メルソッソは、ニッコリと笑顔を浮かべて颯爽と去って行った。一方で、ミクシリアン皇子は、パコル筆頭秘書官の肩を揺らしながら迫る。
「どうするぅん!? どうするぅん!? どうするぅん!? おい、どうするんだよぉん!?」
「ど、どうするも何も、真鍮の儀の決定を覆すことは皇帝陛下でも、できません。甘んじて受けていただくとしか」
「そんなことはわかってるんだよぉん! 今後の立ち回りを考えろって言ってるんだろぉん!?」
自身に害が及ばないよう、エヴィルダース皇太子とともに、率先してイルナス皇子を無能呼ばわりしていたのは、他ならぬミクシリアン皇子だ。
最下位ということが、どのような悲劇か。コイツらにはわかっていないのだ。
そんな中、執事がノックをする。
「今、取り込み中だぁん!」
「も、申し訳ありません。ですが、ドネア家の令嬢エマ様から謁見の申し出がございました」
「え、エマ=ドネアからぁん? いったい、なんの用事だ?」
「それが、今後のことについて少し相談があるということです」
「……んっふー!?」
ミクリシア皇子は、妙な息遣いをしながら唸る。
「なんの話だと思うぅん?」
「恐らくは、縁談の類かと思われます」
第2秘書官のアンチーが、少し考えながら答える。
「……ぎゅふぅん」
ミクシリアン皇子は心を躍らせる。
「皇族の血を欲しがるのは、どこの上級貴族でも似たようなものだなぁん。皇帝派筆頭のドネア家と言えど、ご多分に漏れないという訳かぁん」
これは、いい機会に恵まれたと思う。現在、ドネア家は、へーゼン=ハイムとの繋がっているとして天空宮殿で微妙な立場に追われている。
当然、それが当主のヴォルト=ドネアへ如実に現れるわけではないが、娘としての立場であれば将来が不安であるのだろう。
何よりも、エマ=ドネアはもの凄い美人だ。皇族との関係も深く、話したことも、見たこともあるが、へーゼン=ハイムとの繋がりがなければ、エヴィルダース皇太子との政略結婚の道具として使われてもおかしくはなかった。
何より皇帝派の筆頭で、レイバース陛下からも目を掛けられているし、ドネア家自体が、超強力な老舗の名門家貴族だ。
「うぅん……こりゃいぃ。幸運ながら、
ミクシリアン皇子は、自身の
「すぐに、謁見の場を用意しろぉん」
「は、はい」
執事が外に出ていく。
「……少し席を外せぇん」
「わ、わかりました」
ミクシリアン皇子は、懐かしい思いを浮かべていた。前に話したのは、半年前頃だっただろうか。ドネア家と皇族の付き合いは深いので、数年毎に度々謁見している。
最初に会った時は、エマが5歳の頃だったか。小さな頃から知っている少女が脳裏に浮かんだ。それが、いつしか、自分と結婚をするまでになっていたことに、エモ言われぬ感覚を覚える。
「あのぉん、小娘がぁん……大きくなったぁん」
「エマ=ドネアぁん……」
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