エヴィルダース皇太子


 へーゼン=ハイム一行が、颯爽と去った後。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


「「「「「……っ」」」」」


 絶叫。人目憚らずに絶叫をかますエヴィルダース皇太子。目は充血してウサギの如く真っ赤で、今にも魔剣を抜き、その場の全員を斬り刻みそうな勢いである。


 彼はアウラ秘書官に猛然と近づき、胸ぐらを掴む。


「貴様ぁ! なぜ、勝手なことをした!?」

「……ああしなければ、皇帝陛下の叱責を受けます」


 そして、それが彼自身にとって、非常にマイナスなことは言うまでもない。実績だけ見れば、今回の反帝国連合国との戦で、エヴィルダース皇太子は総指揮官としての役割を果たした。


 たとえ、ヘーゼン=ハイムの手柄であろうと、エヴィルダース皇太子の評価としても加算されるのだ。


 それを一時の感情で、なかったことにしようとしている……と言うか、賛成に手挙げただろう、と心の中でアウラ秘書官はため息をつく。


「うるさい! 余計な真似をしやがって! 貴様のような無能がいるからーー」

「いらなければ、私にください」

「……は?」


 今にも殴りかかろうとするエヴィルダース皇太子に対し、デリクテール皇子が横槍を入れる。


「誰がどう見たって、アウラ秘書官は優秀だ。皇太子が『要らない』と仰るのならば、私が秘書官として迎え入れますよ」

「……」


 アウラ秘書官は目を丸くする。


「い、要らないとは言っていない。その……だから……」


 エヴィルダース皇太子は怒りのボルテージを数段落として、アウラ秘書官から手を離す。


「そうですか……では、第2功以降について決めましょうか」


 デリクテール皇子は、場を仕切り直して論功行賞の議論を再開しようとする。


「き、き、貴様は悔しくないのか!? あの平民出身の下賎な泥棒に、まんまと獲物を掻っ攫われたのだぞ!?」


 エヴィルダース皇太子は、依然として、ウサギのような真っ赤な目をしながら叫ぶ。


 だが。


「へーゼン=ハイムの第1功は、当然です」

「……っ」


 デリクテール皇子はキッパリと答える。

 

「これだけの功績を叩き出せば、大陸も、帝国国民も……皇帝陛下も第1功であることは当たり前だと思います。そんなものは、どう足掻いたって覆せない」

「だっ……だったら! なぜ、黙っていた! なぜ、それを言わない! 後出しは卑怯極まりないではないか!?」

「私がそれを言えば、エヴィルダース皇太子は首を縦に振りましたか?」

「……ぐっ」

「……」


 アウラ秘書官は、素直に納得した。


 デリクテール皇子は、自尊心の塊である弟の性分を見抜いている。口を出して『へーゼン=ハイムが第1功』と言えば、必ず反発し、まとまるものもまとまらないと気づいていたのだ。


「むしろ、ヘーゼン=ハイムが力技で決めてくれてよかったと思いましょう。我々には他に決めることが山ほどある」

「ふ、ふ、ふざけるな! あんな屈辱を……あれだけの恥辱を……飲み込めと言うのか!? は、生まれてこの方、これほどの辱めをーー」

「……まだ、わからないか」


 ボソッと、デリクテール皇子はつぶやく。


「な、何だと!? 貴様、今、に向かってーー」

「いい加減、成長をしろエヴィルダース。皇太子たる自覚を持ち、次期皇帝に選ばれた責務を全うしろ」

「……っ」


「「「「「……っ」」」」」


 エヴィルダース皇太子も、アウラ秘書官も……いや、その場にいる誰もが唖然とした。あの温厚なデリクテール皇子が。常に皇太子に礼を尽くす彼が、それを飛び越えて叱責をしたのだ。


「だ、誰に向かってものを言っている!?」

「忠言だよ、兄としてのな」

「……っ」


 デリクテール皇子は、まっすぐにエヴィルダース皇太子の瞳を見据える。


「へーゼン=ハイム……ヤツは、あまりも危険過ぎる。このまま行けば、帝国すら喰らわれる可能性すらある」

「ぐっ……ふざけるな! あんなヤツに何ができる!? が、必ず排除して奴隷の奴隷にして、死ぬよりも辛い目にーー」

「そんなことは不可能だ」


 !?


 デリクテール皇子は、ハッキリと言い切る。

 

「大局を見ろ。事実から目を背けるな。へーゼン=ハイムがいなければ、反帝国連合国に対抗すらできないではないか。我々は、ヤツの力を借りて、何とか敵軍を押し返したに過ぎないではないか」

「……あぐぅ……あうっ」


 エヴィルダース皇太子は、唸りながら、数歩後ずさる。


「へーゼン=ハイムに、これ以上権力を持たせないのは賛成だ。だが、帝国があの男抜きで、反帝国連合国と渡り合うだけの実力を持つのが絶対条件だ。今の帝国にそれがあるか?」

「……」


 アウラ秘書官も同様のことを思う。


 へーゼン=ハイムは危険だ。


 エヴィルダース皇太子も、デリクテール皇子も、アウラ秘書官も、帝国に忠誠を尽くしている。それは、帝国で生まれ、帝国で育ち、帝国のための教育を受けたが故だ。


 これは、理屈ではない。祖国というものは、そういうものだ。


 だが、ヤツに……果たして帝国に忠誠を誓うという気が、1ミリでもあるだろうか。


 皇族であるデリクテール皇子は、それを如実に感じとっているのだろう。


「……」


 彼ならば、恐らく聡明な皇帝になるのだろう。知見があり、思慮深く、武勇に優れ、品方公正でもある。もし……彼が皇太子であったならば。アウラ秘書官は、そう思わずにはいられない。


「う、うるさい! は皇太子だぞ! 序列を守れ! いったい、何様だ貴様はっ!?」

「……失礼しました。議論の邪魔になりますので、私は退出しましょう」


 デリクテール皇子は、エヴィルダース皇太子に謝罪をして、颯爽とその場を去った。

 

「はっ!? なんだ、アイツは! 調子に乗りやがって!? 何様だ、皇太子であるに向かって」

「……」


 アウラ秘書官は、心の中で大きくため息をつく。いい加減、変わらなければいけない。デリクテール皇子は、皇帝たる道を示した。


 目下、帝国で一番力のある勢力はエヴィルダース皇太子陣営だ。少なくとも、この陣営が反帝国連合国に匹敵する力を持たねば、ヘーゼン=ハイムの呪縛からは逃れられない。


 変わらなければいけない。


 だが。


「認めない……は絶対に認めないぞ……へーゼン=ハイム……貴様のことなど……絶対に認めない……は総指揮官だ。そのが認めないと言っているのに、なぜ……」


 ブツブツと、エヴィルダース皇太子はつぶやく。その様子を見ながら、アウラ秘書官は、心の中でため息をつく。


 そんな中。


 エヴィルダース皇太子の筆頭執事が息をきらしながら入室してきた。


「なんだいったい! 今、大事なーー」










  





















「も、申しあげます! 皇帝陛下から、ドネア家の宴に招待されました」

「……っ」

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