*


「はぁ……はぁ……あ、危なかった」


 ヤンは、息をきらしながらつぶやいた。遡ること数分前、ヘーゼンがいきなり時空烈断じくうれつだんという大技の魔法をブッ放そうとした。


 目の前に、数千の兵がいるにも関わらず。


 考える暇なく、ヤンは老害グライドを召喚。有無を言わさず彼を操り、正門付近に大炎を発生させた。


 間一髪のところで、敵兵は散り散りと逃げ、それを、まるで図ったかのようにヘーゼンがブッ放した。


 容赦なく、感情なく、1ミリの躊躇もない一撃は、あと数秒遅ければ数百人以上が亡き者となっていた。


 危なかった。


 いや……超危な過ぎた。


 ヤンは涙目を浮かべ、キッとヘーゼンを睨む。


「正気ですか!? 自領の民を大量に虐殺すれば、後の統治に、遺恨を残しますよ!」

「何を言っている? 君がキチンとをしたから、死んでないじゃないか」

「ギリギリです! 間に合わなかったらどうなってたと思ってるんですか!?」

「それは、君のせいだな」


 !?


 ガビーン。


 この男、完全に◯カれてる。根性が成熟しきって、腐敗しきっている。なんで、こちらのせいなんだ。まるで、判断を誤った場合の業を、自分が背負わなきゃならないといわんばかりの言い分。


 冗談じゃない。


すー……すーすーすーすーすーすーすーすーすー!」

「うるさい」

「……っ」


 ガビーン。


 雑にあしらわれた。まるで、こっちが駄々を捏ねてるみたいな感じで、雑に。


「カカカカカ! 未来さきがある若者を救ってしまうなんて一生の不覚じゃ。嫌がらせに、夜はヌシの中で眠れないほど喚いてやろうかの、ワシ」

「老害過ぎる!?」


 なんたるクソジジイ。前にも、隣にも◯カれたヤツしかいないことに、ヤンのガビーンは留まることを知らない。


 一方で、約1万6千の兵が呆然としていた。あまりにも電光石火の奇襲であったので、敵兵は事態を飲みこめていない。


「……」


 ヘーゼンは竜騎兵から降りて、彼らに向かって語りかける。


「皆、聞こえるか?」


 その声は、ヤンにも、マドンにも、味方の兵にも聞こえた。


「ゼルクサン領領主のヘーゼン=ハイムだ。今、この瞬間をもって、エネオース城は陥落した。そして、君たちを支配してきた上級貴族たちは、この通りだ」

「ふべっ!?」


 ヘーゼンは、もがき唸っているジョ=コウサイの頭を、完熟トマトのように潰した。


「「「「「「……っ」」」」」」


 敵兵は、全員が唖然とする。


「君たちの選ぶ道は2つだ。この上級貴族たちとともに、僕と戦うか。それとも、僕とともに上級貴族たちと戦うか」

「……」

「言っておくが、僕は容赦はしない。逆らう者は自領の民であろうと関係ない。全員がこの上級貴族たちと同じ運命を辿る」

「……」


 敵兵は全員ゴクリと生唾を飲む。


「これまでの帝国は、上級貴族たちが大半の利権を牛耳り、貪り、支配してきた。君たち下級貴族や平民たちは、彼らの言いように使われ、軽んじられ、もて遊ばれてきた」

「……」

「この体制は、子々孫々、未来まで変わらないだろう。なぜか、わかるか?」

「……」


 下級貴族たちも、平民の兵たちも、全員が下を向く。


「他ならぬ君たちが諦めているからだ。上を見ることをせず、下級貴族たちは、より下の境遇に置かれた平民を見下す。そして、平民たちは自分たち以下の奴隷を見下す」

「……」

「支配されていることは、ある意味で楽だ。何も考えずに、身分を理由にただ従っていればいい。自分の満たされない境遇を、どうにもならないカースト制度のせいにし、不味い酒を浴びるほど飲んで忘れればいい」

「……」

「だが、それで満足か?」


 ヘーゼンは、彼らに問いかける。敵兵たちは、一歩も動かずに、ただ、ひたすらに耳を傾けていた。いや、彼らだけでない。味方の兵たちも、マドンも、特別クラスの生徒たちも……ヤンもジッと聞き続けていた。


 そして。


「帝国の体制を変える」


 黒髪の青年は淡々と、こともなげに言った。


 まるで、それが至極簡単なことのように。実に一千年以上続いた、どうしても絶ちきれぬ支配の鎖が、まるで、取るに足らない細い糸であるかのように。


「人は生まれだけで決まるのではない。本人の努力次第で、自らの不遇な境遇を、不幸な運命を、下だけを見る惨めな人生を変えられるような体制を作って見せる」

「……」


 下級貴族たちが、ヘーゼンの方を見つめる。


「僕は平民出身の帝国将官だ。魔法など使えなくとも、誰よりも優秀な者を知っている。だから、彼らを押し上げる」

「……」

「万物のことわりのようにのさばっている、このくだらぬカースト制度を壊してみせる」

「……」


 平民の兵たちが、ヘーゼンの方を見つめる。


「君たちの子どもに作る道は、永遠とわに下を向き歩む未来みちか?」

「……違う」


 誰かが、つぶやいた。


「君たちの子どもに作る道は、永遠とわの地平に心躍る未来みちか?」

「……そうだ!」


 誰かが叫ぶ。


 そして、その叫びは徐々に唸りとなり、やがて、周囲を同調する。敵兵たちだけでなく、味方の兵たちも、マドンも特別クラスの生徒たちも、その熱狂に身を委ねる。


 やがて。


 それを眺めるヘーゼンは、彼らに問う。


「選ぶ道は2つだ。この上級貴族たちとともに、僕と戦うか?」


「「「「「……」」」」」


「ならば……僕とともに、上級貴族たちと戦うか?」


「「「「うおおおおおおおおおおおおっっ!」」」


 その場にいる、敵兵も、味方の兵たちも、全員が歓声を上げた。


 そして。


 その熱に唯一踊らぬ黒髪の青年は、淡々と彼らの表情を見ながら、一言だけ答えた。
































「ならば、僕とともに行こう」


 

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