四伯(4)
*
ゼルクサン領カカオ郡に設置された上級貴族側の陣営に、伝令が意気揚々と乗り込んでくる。
「城をもう1つ落としました! これで3つ目。連戦連勝です」
「あは! うふ! おほぉ! うはっ! ごり! あて! ふか! ひぃ! はぁああ!」
あまりの興奮に、フェチス=ギルが、さまざまな擬音で喜びを表現する。
「はっきり言って、クソ弱雑魚ですーね! 相変わらずーの安定的な低脳っぷーり」「所・詮・は・下・級・貴・族・ど・も! 所詮は下級貴族ども!」「弱い通り越して、いや本当に、ゴミですな」「やはり、生まれの差がでたんですかね」
他の上級貴族たちもまた、一斉に色めき立つ。
そんな中、次の伝令が入ってきて報告をする。
「アルブス=ノーブス様が単騎駆けをするそうです」
「単騎駆け……だーと!?」
ドスケ=ベノイスが思わず席を立つ。他の上級貴族の面々も、どことなく、『してやられた』という表情を浮かべる。
「ほ、ほほぅ。差し詰め、軍神ミ・シルのようなというところですか」「それにしても、アルブス=ノーブス殿は勇敢なお方だ」「恐・れ・入・っ・た! 恐れ入った!」「素晴らしい、いや、本当、素晴らしい」
口々に褒め合いつつも、戦場で1人敵陣に突っ込む雄々しい姿を想像し、その場にいる上級貴族は猛烈な嫉妬心を駆り立てられていた。
*
*
*
アルロード荒野。帝国の西部に広がる大地では、武国ゼルガニアと帝国軍の戦が行われていた。
「はぁ……はぁ……無念だ」
帝国中将のログライヌ=バルが、息を切らしながらつぶやく。15万の軍は、ことごとく討ち取られすでに5万にまで減らされた。
一方で、敵方の軍は20万から5万ほど減ったほど。将校クラスの死傷者も帝国の方が圧倒的に多い。もはや、大勢は決し、あとはどう生き延びるかを考える段階だ。
「くそっ……」
これほどの化け物が、武国ゼルガニアの先遣部隊にいるとは。
ジルサイド=ジノン魔炎長。武国ゼルガニアが12大国の中でも屈指の強国であることは聞いていたが、これほどとは。
一方で、赤の鎧を着た精悍な若者は、嘲ったように笑う。
「フッ……貴様程度が中将とは。帝国とは、なんとも歯ごたえがないな」
「な、なんだと!?」
「俺程度の実力の者は、武国ゼルガニアにはゴロゴロいる。そして、ランダル王、魔戦士長オルレオ=ガリオン様などは、文字通り次元が違う」
「……っ」
バカな。目の前の男は、それこそ大将軍級の実力を有していると言っても過言ではない。そんな者がゴロゴロいるなど、一国が保有する戦力としては、あまりにも規格外過ぎる。
その時。
一陣の風とともに。
激しい蹄音が響き渡る。
ログライヌ中将が振り向くと、蒼の全身鎧を着た女性が、颯爽と馬を走らせ向かってきた。
軍神ミ・シル。
四伯の中の一角であり、西軍総指揮官である。名実ともに帝国の最強戦力である彼女が、単騎でこの場に現れた。
その圧倒的な存在感。魔力。佇まいに、ログライヌ中将が、ゴクリと唾を飲む。
「来てくださいましたか。だが、申し訳ありません。我々の軍はすでに……」
「いや、構わない。ご苦労だった」
ハッキリとした透き通った声が響くと、帝国軍の兵たちの誰もが、安堵したような表情を浮かべる。
「で、では、これから撤退線の準備をーー」
「前進する」
「……は?」
ログライヌ中将が、思わず聞き返す。
「あ、あの。我が軍は、半ば壊滅状態で、今後の撤退をいかにしてーー」
「問題ない。前進する」
「……っ」
な、何を言っているのだろう、この人は。ログライヌ中将は、困惑した。
「もはや、我が軍には軍神ミ・シル伯の前進をお支えする戦力がございません。本当に申し訳ないんですがーー」
「構わない。前進する」
「……っ゛」
えっ、なんで? 自分がおかしいのか。現に、南と北の戦線は下がり、東は膠着状態だと聞いている。圧倒的に戦力が足りていない中で、なぜ、前進という判断ができるのだ。
しかし、そんなログライヌ中将の困惑など一顧だにせず、ミ・シル伯はガンガンと馬で前に突き進んでいく。
「「「「「……っ」」」」」
敵軍もまた、誰もが呆気に取られる。帝国軍の西軍の総指揮官が約15万の軍に、単騎で駆けてくるのだ。その光景は、あまりにも異様で異常で、敵軍の兵たちもその場に立ち尽くす。
そんな中、怒りと呆れが入り混じった声が響く。
「軍神は……アホなのか? 殺れ!」
敵軍のジルサイド魔炎長が指示をする。すると、我に返った敵軍が、次々と魔法を放つ。その数は、秒で数千発を超える。武国ゼルガニアは、下級の魔法使いたちも相当な練度を誇っている。
だが。
「……っ」
軍神ミ・シルは前進をやめない。放たれた魔法弾はことごとく、彼女の鎧によって弾かれる。
「……あれが、
ログライヌ中将がゴクリと唾を飲む。鎧型の魔杖で、常時体内の魔力を放つことで、触れている馬を含め、魔法、精神、物理攻撃を弾くと言われる。
特級宝珠を携えた大業物である。
軍神ミ・シルは、静かに振り返り兵たちに向かって、つぶやく。
「前進だ」
「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおとおおおおおっ!!!!!!」」」」」」
立ち所に大歓声が湧き起こり、帝国軍5万が息を吹き返す。
「……」
その様子を確認した彼女は、再び武国ゼルガニア軍の方を向いて、馬で前へと駆けて行く。
「ふっ……面白い」
ジルサイド魔炎長が、不敵な笑みを浮かべて、自身の魔杖をかざす。瞬間、数メートル四方の大きさの黒炎が球状となって蠢く。
「
「む、無茶です! いかに、ミ・シル伯と言えど!」
ログライヌ中将は反射的に叫んだ。あの炎は、危険だ。弾けるという類のものではない。数十メートル四方の大地すら溶かし、黒い灰すらも残らない。
「と、止まってください! ミ・シル伯!」
だが、そんな言葉など全く届くことなく、ミ・シルは前へと突き進んでいく。
「……俺を舐めた代償はその身で支払え」
漆黒の炎球が解き放たれ、彼女に向かう。それは、遥かに禍々しく唸り、彼女に直撃した。
一瞬にして爆風が激しく唸り、視界が消え去り、周囲の地面すらも黒々と染まっていく。
「な……なんと言う威力だ」
ログライヌ中将は、その場に座り込む。自分と対峙していた時、ジルサイド魔炎長は本気ではなかった。これほどの圧倒的な炎は、これまで見たことがない。
いかに……軍神と言えど。
「くっ……ははははは! 四伯ミ・シル敗れたり! これで、帝国も終わりだ!」
ジルサイド魔炎長が高らかと笑い声をあげる。
だが。
視界が良好になってきた時。
「……っ」
軍神ミ・シルは無傷で姿を現す。
そして、彼女は、右手で特級宝珠を携えた大業物『雷神ノ剣』を抜き。
「一の型……
薄い閃光が静かに、幾百、舞った。
「えっ……」
ただ、それだけでジルサイド魔炎長の首が飛んだ。何が起こったかわからない彼の口は、小さく開いたままその動きを止めた。それだけでない。その近くにいた敵将校全ての首が、同様に地に落ちる。
「「「「「……っ」」」」」
距離としては、未だ百メートル以上離れていた。あれほどの強者が、なす術もなく、何が起きたかすらも知ることがなく殺された。
「「「「「うっうわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」」」」」
武国ゼルガニア軍は、散り散りになり軍神ミ・シルから逃げ惑う。そんな様子を静かに眺める彼女は、手を高らかに挙げて宣言する。
「前進する」
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