潜入


           *


 翌日。へーゼンは、帝都の歓楽街に到着した。通りには高級妓館が立ち並び、妓婦が貴族を呼び込んだり、酔っ払いの貴族たちが店員に絡んだりしている。


「……相変わらず、賑わっているな」


 やはり、帝都と言うだけで集客力がある。ヘーゼンの所有しているクラド地区にも、会員制の妓館を建設しているが、やはり、帝都から離れているので足を運ぶ者は限られている。


 そんな中。


「おっ◯い! おいしーい、おっ◯いは、いかがですか! おーいーしーよー!」

「……」


 汗をかきながら、1人呼び込みをしている男を見かけて、ヘーゼンは足を止めた。声をかけるかどうか、躊躇していると、あちらが気づいて駆け寄ってくる。


 アーナルド=アップ。


 モズコールの裏の名(陰部)である。


「これはこれは、ご主人様。こんな所までわざわざ」

「な、なにも、君が自ら呼び込みをしなくてもいいんじゃないか?」


 すでに、モズコールは、帝都に数軒の妓館を経営している。相当数の妓婦を雇う言わば、富豪オーナーだ。


 だが、中年紳士はキッパリと首を横に振る。


「すいません、私は現場主義なもので。それに、市場動向は肌で感じたいんですよ。流行もSE◯も、大事なのは肌感です」

「……っ」


 そのあまりにも真っ直ぐな瞳に、ヘーゼンは思わず目をそらした。


「そ、それにしても、やはり、帝都は圧倒されるな」

「はい。これだけの熱量がある街は、大陸広しと言えど、なかなかない。欲望が蠢く魔境……いや、強敵ですよ」

「……」


 ゼルクサン領クラド地区を帝国第2の歓楽街にすると言う構想。モズコールの熱過ぎる想いに押されて採用したが、なかなかに難儀な道のようだ。


 だが、ヘーゼンの期待以上に、モズコールはよくやってくれている。上級貴族たちの弱みを握るのに一役買ってくれるし、金銭面での貢献も大きい。


「収益は?」

「後ほど詳細を報告しますが、帝都の店舗は上々です。太客も紹介してもらいましたし」

「……ケッノ=アヌか」


 『いやむしろ』が口癖の、総務省次官のクズである。あの男には、今のうちに金を吐き出させるだけ吐き出させる。


 借金まみれになった適当なタイミングで告発し、奴隷牧場にぶち込む予定だ。


「ですが、やはり、まだまだです。特にクラド地区は、そもそも足を運ぶこと自体がハードルになりますからね」

「そこは、商人のナンダルに協力してもらい、道を整備するつもりだ。ゼルクサン領と帝都の間の通関料も安くし、人の往来を活発にする」

「それは素晴らしい試みですな。旅路につけば、人はハメを外し、ハメるもの。浮いた金を握りしめた商人たちの需要も見込めますな」


 モズコールは納得したように頷く。


「ただ……やはり、私としては妓館の質を高めたいと思ってます。少なくとも、帝都よりもバリエーションが豊富で、嬢のレベルも高くなければ、リピーターが増えません」

「道理だが、アテはあるのか?」

「帝都の歓楽街の元締めが……『赤ん坊ベビーフェイス』と呼ばれています。私は、まだ接触はできていませんが」

「……どう言うことだ?」


 全然、わからなくて、単純にヘーゼンが尋ねる。


「簡単な話ですよ。元締めと仲良くなれば、特殊性癖を持つ嬢や、優秀な嬢を紹介してくれるかもしれないってことです」

「いや、でも、対抗する勢力にワザワザ施すような真似をするかな」

「ご主人様は、妓館に入ったことはありますか?」

「……いや」

「対立構造と言うのは、『敵である』と見なされるから起こるんです。赤ん坊ベビーフェイスの懐に飛び込み、同類プレイメイトであることをアピールすれば、むしろ協力体制も構築できるはずです」

「なるほど、わからん」


 即座に、ヘーゼンは理解することをあきらめた。


「私が狙っているのは、言わば、女王クイーンですね。そんな人材が確保できればと思ってます」

「なるほど。チェスの盤内を、縦横無尽に動き回るような駒が必要だと?」

「いや、SM嬢のことです」

「……っ」


 普通に言えよ、とヘーゼンは心の中でツッコむ。


「たが、ここは闇の街。気をつけなければいけないのも確かです。いいですか? 帝都の歓楽街には、3つの穴があると言われてます。1つは、アナー」

「いい、説明はしなくていい」


 ヘーゼンは強引に会話を打ち切った。


「ちょうどいい。これから、向かいましょう」

「い、今から行くのか?」

「一汗かいたのでね。偵察がてら、元締めの赤ん坊ベビーフェイスに、会いに行こうと思います」


 モズコールは、ニカッと笑顔を浮かべ歩き出す。ヘーゼンは慌てて、困惑しながらついていく。


 たどり着いたのは、豪奢な妓館だった。屈強な店員が店の前に立っており、モズコールにお辞儀をしながら説明を始める。


「あの、お客様。当店のシステムはご存知でしょうか?」

トークおしゃぶりのみ。騒ぐおぎゃるの厳禁だろ? 安心しろ、イヤイヤ期1歳から3歳の子どもじゃない。僕、5ちゃーい」

「……っ」


 堂々と手のひらを見せ、もう片方の手の親指を口に含むモズコール。


 一方、数歩後ろへ下がり、他人のフリを装うヘーゼン。


「安心しました。では、ご案内します」

「ところで……ママのおっ◯いを飲みたいな」

「……」


 そうつぶやくと、受付の顔色が変わる。彼は、顔を近づけてボソッと耳打ちをする。


「合言葉は?」


 モズコールは、背面飛びをして地べたに寝っ転び、両拳を握りながら手足をバタバタさせる。


「バーブー! バブバーブ! ブー!」

「……入ってくれ」































 『あとは、任せた』と言って、ヘーゼンは逃げるように去った。


 

 

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