星読み(2)
数時間後、ヘーゼンたちは星読みが居住する特別自治区に到着した。彼女たちは、男子禁制の限られた区域で居住し、婚姻をせずに生涯を過ごす。
現在の星読みは、総勢で13人。年齢は、5歳ほどの年頃の子から高齢の老婆までさまざまだ。
星読みの館。
天空宮殿で、公式的に星読みと接触ができる唯一の施設である。案内された部屋で待機をしていると、隣で座っているエマが背筋をピンとしながら座っている。
「どうした? ずいぶん、緊張してるな」
「あ、当たり前じゃない。そもそも、そう簡単に会って頂ける方々じゃないのよ? この前だって、本当に偶然だったんだから」
「……みたいだな」
普段の星読みは、皇位継承者の家庭教師をしている。空いた時間は、自らの能力を高めるための修行や祭事などの行事を執り行う。
貴族が彼女たちと面会するには、星読みの館しかない。それも、上級貴族のみで予約は数年先まで埋まっていると言われている。
それこそ、面会予約なしの突撃訪問など、皇族クラスでない限り、絶望的だ。
だが。
「お待たせしました」
「……っ」
緑色のローブをまとった若い淑女が、静やかな笑みを見せながら部屋に入ってくる。それは、紛れもなく星読みのグレースだった。
これには、エマも口を開けて唖然としていた。
「……驚きました。てっきり、来ていただけないかと思ってましたので」
「あら? 来てはダメでしたか?」
グレースは小首を傾げながら尋ねる。
「い、いえ! いえいえ! そんなことはまったくございません」
エマは慌てて首を振る。対して、ヘーゼンは特段に驚いたような表情を見せず、淡々と会話を切り出す。
「イルナス皇子のご様子はどうですか?」
「日々、懸命にお過ごしになっておいでですよ」
紅茶に口をつけながらグレースは答える。表情からは読み取れないが、言葉の端々に難儀なニュアンスが散りばめられている。
「エヴィルダース皇太子の嫌がらせは、相変わらず続いているようですね」
「さあ。私の前ではやりませんし、イルナス皇子も特に言われたりはしませんので、わかりませんね」
「……可哀想ではないのですか?」
エマがたまらずにつぶやく。前に、虐げられていた光景が目について離れないのだろう。思わず口走ってしまったという感じだ。
「可哀想?」
グレースはキョトンとした表情で首を傾げる。
「ええ。だって、あんなにお小さいのに」
「……皇帝争いは、弱肉強食です。魔力、教養、知識、派閥、功績、家柄、全てのものを懸けて臨まねばなりません」
「……」
「皇族は、弱くては生きてはいけないのです。私たち星読みは、皇位継承候補者同士の、どのような接触であれ干渉はしません」
「し、失礼しました」
エマは顔を真っ赤にして、下を向く。ヘーゼンは小さくため息をついて、彼女の肩を叩く。
「あまり困らせるな。星読みの立場であるグレース様が、公式的にイルナス皇子の心配ができる訳がないだろう」
「あら? それは、誤解ですよ。星読みは皇位継承候補者に、個人的な感情は持ち合わせません」
「星読みだろうと、人です。そして、人が一切の感情なく、人と接することなどできない」
「……」
「……」
ヘーゼンはグレースの瞳を覗き込むが、やはり、見えない。その不可思議に輝く翠の光で、一体何を隠しているのか。
「やはり、
「……」
グレースもまたヘーゼンの瞳を見つめてつぶやく。そこに、探るような意図は感じられない。上手く表現できないが、ただ、純粋に
「触れてみてもいいですか?」
「どうぞ」
迷わず手を差し出すとグレースはソッと手を重ねる。触れられた途端に、自分の何かが彼女の中に入っていくのを感じる。
ヘーゼンは間髪入れずに、質問を続ける。
「真鍮の儀で、星読みは魔力量を測ります。しかし、他にも考慮しているものがあるのでは?」
「申し訳ありませんが、審査の選考過程ついてはできません」
「……」
グレースは目を瞑りながら、手に触れたまま微動だにしない。
「ならば、私の推測を言わせて頂きます。あなたは、前の真鍮の儀で、イルナス皇子の潜在魔力の大きさに気づいた。だから、私を引き合わせた」
「……っ!?」
先ほどまで余裕だったグレースの表情が曇る。汗だくになり、やがて、急に手を離す。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「……どうしました?」
ヘーゼンが漆黒の瞳で見据えながら、息切れしているグレースに尋ねる。
「黒き星が視えました。蠢く闇に覆われた凄く大きな星です」
「……」
天空宮殿内で、ヘーゼンは魔力を抑える薬を使用している。やはり、星読みは魔法使いとは別の
「1つだけ忠告を。ご自身の身辺に危険が迫っております」
「……未来予知のようなものですか?」
ヘーゼンが驚いた表情を見せる。
「たまに……触れた人の関わりのある光景が流れ込んでくるのですよ。魔杖を持った暗殺者たち。その映像が見えました」
「……素晴らしい
それは、星読み特有の能力で
「か、感心している場合? もしかしたら、ヤンちゃんが危ないかもしれないのに」
エマが、自分ごとのように慌てふためくが、ヘーゼンは動じない。
「ご心配には及びません。ヤンには私の最も信頼する衛士を残してます。彼ならば、必ず守り抜く」
「ま、まあね。カク・ズがいるんだったら、私も安全だけど」
「……そうですか。あなたには余計な心配でしたね。っと、そろそろ私は失礼しますね。では、また。いずれ時が来ましたら」
グレースは足早に去って行った。
「さっ、帰るか」
部屋の外を出ると、護衛のレイラクが待っていた。
「どんな話をされたんですか?」
「言ったでしょう? 世間話ですよ」
「……」
ヘーゼンは笑顔を見せて追求を交わす。そんな中、隣のエマがこそっと耳打ちする。
「言わないの? 刺客のこと」
「問題ない」
ヘーゼンはハッキリと答える。そして、おおよそ、知りたかったことは知れたので、ここにきた甲斐があったと言うことだ。
イルナス皇子と接触するのは今ではない。
グレースは『また、いずれ時が来たら』と言った。ヘーゼンも機を見るのには優れているが、彼女には及ばないように感じる。
今は力を蓄えろ……そう言いたかったのだろう。
「あっ!」
その時。エマが思い出したように声を上げる。
「そう言えば! あなたの義母のヘレナ様。6日後にに結婚式だったよね?」
「ああ。スケジュールはタイトだが、まあ、急いで向かえば間に合うと思うが」
「違う違う! もしかして、狙われてるのってヘレナ様の方じゃ……」
「ああ、そっちは別にいい」
「……っ」
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