自室
*
その後、ヤンは自室へと戻った。ヘーゼンはすでに戻っていて、机の上に拡げられている地図を眺めながら、思考を重ねている。
「少しくらい休んだらどうですか?」
「彼らの能力を肌で感じているうちに、考えておきたい。感覚的な結論の方が、いい結果をもたらす場合も多い」
「……」
そう言いながら、ヘーゼンは地図を見続ける。口には出さないが、脳内で幾万通りの戦術パターンをシミュレーションしているのだろう。
勝利に対して貪欲で謙虚、そして妥協がない姿勢は大いに見習うべきものがあると、ヤンは思った。
やがて、へーゼンの思考がまとまってきたのか、一息ついて椅子へと座る。
「しかし、レイラクたちの加入は本当に大きいな。ヤン、これを踏まえて部隊の配分を整えてくれ」
「はい! その前に、質問があります!」
ヤンが手をあげて尋ねる。
「なんだい?」
「ズォルグさんから、
「……」
「
それは、ヘーゼンが所有する魔杖で、自身の幻影を映し出せる効果を持つ。その間、自身の姿を消すこともできる。短期間であるが、移動も可能だ。
今回、ヘーゼンは敢えてそれを使わなかったとヤンは分析する。
敵から魔杖を奪うその一手に、明らかな隙が発生しているように見えた。
へーゼンは少しだけヤンの方をジッと見て、やがて、頭をポンポンと叩く。
「戦闘をする時に、大事なことは何だと思う?」
「相手の思考を読み、対処することですかね?」
ヤンは戦闘のプロではないが、これまでへーゼンの戦い方を見てきた限りはそう感じる。
「それも、もちろん大事だな。実際、戦闘を行なっている時は状況に応じて瞬時に柔軟な対応が求められる。だから、どれか一つが最も大事だということはあり得ない。だが、その一つに、相手に
「
「レイラクたちは僕の魔杖を事前に研究して、勝負に臨んでいた。だが、
「……
ヤンは、はーっと息を吐く。
やっぱり、この人は頭がおかしい。少しの判断が命取りになるあの戦いで、瞬時にそんな判断をしているなんて。
「いつ敵に回るかわからないからな。エヴィルダース皇太子陣営側に対しては
「……」
「実戦の経験則は、見聞の情報に勝る。仮に将来、彼らの誰かと対峙した時には、1つの情報の刷り込みが勝負を分けるのかもしれない」
「……」
どこまで先のことまで想定しているだろうかとヤンは不気味に思う。相手の実力を図るために、準備してきたレイラク。その実力を一部偽装することで騙すヘーゼン。
恐らくどの戦闘においても、そんな思考が習慣づけられているのだろう。
「でも、新しい魔杖を見せてましたよね。それも、策略ですか?」
ヤンの頭の中に、次々と疑問が湧いてくる。非常に不本意極まりないのだが、ヘーゼンの隣にいる時は、知識欲がガンガン刺激される。
「いや。
「……」
それだけレイラクたちが、強敵であったと言うことだろう。
「
「いや、無理だろう。戦闘行為において、少し小細工を入れた程度だ。特段に手加減をした訳でもない。客観的に判断して、旗色は悪いのだろうな」
ヘーゼンは冷静に答える。
「自分に足りないものというのも、何となくはわかっている」
「そうなんですか? 戦闘においては、ほぼ完全無欠に見えますけど。あくまで、戦闘においてですけど」
「全然駄目だ。むしろ、望む高みには程遠い」
「……グライド将軍に対しては、カク・ズさんと2人で攻めますか?」
「いや。できる限り、一騎打ちが可能なように策を練ってくれ」
「矛盾してません? 勝てないんでしょう?」
「勝てないとは言ってない。旗色が悪いと言っている」
「……」
「心配しないでも、勝つ。だから、ヤンはその想定で戦略と戦術を練ってくれ」
「……心配は全然してないんですけど、わかりました」
とヤンは呆れ顔で頷いた。
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