軍師シュレイ
*
ダゴゼルガ城。ギザール要塞から西に位置するノクタール国の城である。規模としては大きくはないが、地理的な要因で、攻め込むのが難しいと言われている。
南と東。それぞれが山に囲まれており、かつ、凶暴な魔獣の巣窟である。侵入を試みれば、まず、甚大な被害を被り戦争どころではない。
攻め込まれるポイントとしては、西のゼマルコス平原。ヤアロス国の軍隊はこの平原に戦力を固めて攻め込んできた。
「……」
夜中。軍師のシュレイは、猛攻を仕掛けるヤアロス国軍を城郭の上から眺める。
かれこれ10日以上、ノクタール国軍は、敵軍の攻撃を防ぎ切っていた。
元々、ドグマ大将が配備している兵は守りに強い。籠城戦と言うのは、地道な防衛が功を奏するのだ。たとえ兵力差が大きいとしても、指揮官の技量と兵士の練度で、ある程度は耐え切れるものだ。
そんな中、互いの戦線が膠着したのか、ドグマ大将が帰城してきた。
「寝ないのか、シュレ坊」
「そ、その言い方はやめてくださいよ」
シュレイは苦笑いを浮かべる。この老将と父のトマス筆頭大臣は親交が深く、家族ぐるみの仲だ。
子どもの頃に、幾度となく遊んでもらった。それは、かなり特殊な遊び……言わば、戦略的、戦術的な思考を鍛える訓練に近いものだった。
そして、その経験こそがシュレイの軍略力を培ったと言っても過言でない。
「ヘーゼン元帥は引き上げたようだの」
「はい」
ドグマ大将のつぶやきに、シュレイは苦笑いを浮かべた。数日前に突如として参戦した遊軍。最初は、計画にないことだったので驚いたが、戦い方を見てすぐに偽旗作戦だとわかった。
「兵には告げたので、敗走の動揺はありません。こちらはあと40日。敵軍を引きつけておけばいい」
と言いつつ、実際に敗北を目の当たりにした時は焦った。ヘーゼンは腕を切断され、苦悶の表情を浮かべて逃げた。それは、まさしく命からがらと言った感じだった。
「相当な役者ですね。事前に、クシャラの魔杖の能力を把握してなければ、こちらも騙されていたかもしれない」
部隊の側にはクシャラが紛れ込んでいた。これは、シュレイに対して、
「それでも、相手の将軍たちに相当な深傷を負わせたのだから、置き土産としては非常に助かる」
ドグマ大将は髭を触りながらつぶやいた。少なくとも2人の将軍は重傷、1人は軽傷だがほぼ魔力を使い切って疲弊している。
ヤアロス国軍の指揮は高いが、一方で格段に攻撃の勢いが弱まった。それを如実に感じているのは、他でもないドグマ大将だろう。
「敵軍の様子は?」
「激しいが、凌げないほどではない」
「頼もしいですね」
シュレイは素直に賞賛する。さすがはノクタール国の守護神。2年間以上イリス連合国の攻撃に耐え切った実績を持つので、安定感と信頼感がすごい。
今後もヘーゼンの動きに合わせて立ち回っていくことになるが、主にシュレイは守の役割を担う。このダゴゼルガ城の防衛のみならず、ヤンと連携をして戦力の配分を行っていかなくてはならない。
「……はぁ……はぁ……シュレイ軍師」
その時。伝令が息を切らしながら走ってきた。
「どうした?」
「ヤアロス国軍の主攻部隊が、北の山の深くまで入りました」
「わかった」
読み通り。今回の戦闘がヤアロス国軍だとすれば、早いうちに勝負をかけてくる。相手はイリス連合国を出し抜いて攻めてきているので、早く城を奪還したいのだ。
北の森は、かつて、シュレイが攻め込んだ時、カク・ズが魔獣を一掃した。なので、ここは守らなければいけない急所なのだ。
「では、作戦通りに」
「……」
「躊躇するな。これは、戦だ」
シュレイは、冷淡な表情でつぶやく。
主攻部隊が総崩れとなれば、もはやダゴゼルガ城は落とされることはない。ヤアロス国軍は遠からず退却を迫られるはずだ。
それでも、伝令の兵は躊躇する。
「し、しかし……」
「
「……」
それでも戸惑う伝令に、シュレイは剣を喉元に突き付ける。次に逆らえば、斬り捨てる覚悟を持って。
「急げ。その1秒が明暗を分ける」
「は、はい! わかりました」
チャンスは一度だけだ。2度目はない。以前、ダゴゼルガ城を攻め込む時に準備していた策だ。
シュレイは、守りと攻めを一体として考える。前に魔獣を一掃した時、逆に攻め込まれる可能性も考慮に入れていた。なので、その時点で計略を仕込んでおいたのだ。
計略はどの程度手が込んでいるかではない。重要なのはタイミングだ。相手が『ここぞ』と言う時に、最も効果的な手を打つ。それが、いかに単純でも最も相手は嫌なものだ。
「……」
やがて。
北の森から大きな火の手があがり、シュレイは冷酷な表情でつぶやいた。
「……全て焼き尽くせ」
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