アウラ秘書官(2)


 アウラは小さくため息をつき、頭を下げて謝罪する。


「申し訳ありません。プライベートな私信の閲覧をお願いするなんて、大変失礼なことを。ただ、『業務上必要なことだった』とご理解頂ければと思います」

「い、いえそんな。こちらこそ、お力になれずに申し訳ありません」


 エマは慌てふためきながら恐縮する。人は印象からその人となりを判断する。彼女とは数回の面識があり、生真面目で常識的な印象を伝えている。


 となれば、『業務上』という理由である程度の踏み込みも許容されるはずだ。


「いえ、それでもあまりに失礼が過ぎました。私も、必死で」

「ほ、本当に気にしてませんから」

「そう言っていただけると、本当に助かります」


 アウラはニコッと笑顔を浮かべると同時に、彼女に対する信用が回復したことを確認した。『必死さ』をアピールすることで、人はある程度の無礼を許容してしまうものだ。


 さて……交渉可能な土台は作った。


「しかし、困ったな」

「……どうかされたんですか?」


 悩むフリをして、エマから声をかけさせることに成功した。あちらから様子を伺わせることで、相談した時の受諾率は格段に上がる。


「実は……先日に彼をかばったことで、派閥内で微妙な立場に立たせられているんです」


 アウラは言い淀むような姿勢で打ち明ける。こうした発言は、先に言ってしまうと恩着せがましいが、聞かれて答える分には相手に対し罪悪感を植え付けることができる。


 案の定、エマは申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「そ、それって、私がヘーゼンを紹介したからですよね?」

「いえ、そう言う訳ではないんです。どうぞ、お気になさらず」

「……」


 エマの性格は当然、把握している。職場でも怒ったことはないらしく、相当に評判がいい。特にコミニケーション能力は格別で、上司、部下、他の部署からも絶大な信頼を得ている。


 また、人の困りごとに対して、放って置けない性質たちらしく、よく人の話を聞き、事あるごとにサポートしているとのことだ。


 すなわち、彼女は非常に共感能力が高い。


「あの、私にできることはありますか?」

「……」


 となれば、こうした発言が自ずと引き出される。アウラは申し訳なさそうなフリをして、自らの内情を吐露するフリをする。


「こんなことを相談していいのか……実は、ヘーゼン=ハイムとの関係性を疑われてまして」

「関係性……彼に何か問題があったのですか?」

「……気を悪くしないで欲しいのですが、ヘーゼン=ハイムは間も無く帝国籍を外れます」

「えっ! そうなんですか?」

「……」


 エマがびっくりしながら尋ねてくる。この反応だけで、彼女が事態を把握していないことがわかった。とすれば、これから入るヘーゼンの伝書鳩デシトに気を配っておけばいいだろう。


「ここだけの話、イリス連合国への宣戦布告が非常に大きな問題になっており、現在、私が同盟破棄の手続きをしております」

「な、なるほど」

「……」


 エマは驚きこそすれ、大きな動揺はないように見える。アウラはそこに違和感を覚える。


 今、気になっているのは、ヘーゼン=ハイムとの関係性だ。


「帝国籍を外れれば、彼はノクタール国、つまり敵国となります」

「……そうですね」

「……」


 ジッとエマの表情を観察するが、一向に焦る様子がない。


 敵国となれば、当然、一生会うことができない可能性が高い。にも関わらず、エマは驚いたり納得したりしているのみだ。


 ヘーゼン=ハイムの処遇を心配している仕草がまったくない。


 アウラが計りたかったのは、エマがヘーゼンに対し、どの程度好意を持っているかだ。単に同卒の友と言うだけなのか、恋人という間柄なのか、将来を誓い合った仲なのか。


 以前、頼みごとを受けた時には、あくまで友人というイメージを受けた。ある程度の好意は見て取れるのだが、果たして名門ドネア家を巻き込むほどの重大な決断を、ヘーゼンのためにするだろうか。


「私が仲介に入った手前、彼に対して『何か意図があったのではないか』というふうに疑われている訳です」

「な、なるほど……」

「私はあくまで、エマ様に対して便宜を図った訳ですので、そうした勘繰りは思わしくはありません」

「……」


 彼女の表情がだんだんと暗くなってくる。大分、申し訳なさが募っているようだ。これにつけ込み、取れる情報を取れるだけ取る。


「ですが、私としてはエマ様が彼と通じてないという証拠も同時に確認しておきたいところではあるのです。なので、先ほどは大変失礼を」

「いえ、こちらこそ色々とご迷惑を……」

「……」


 アウラはしばらく無言を貫く。そうすれば、彼女の性格上、何らかの反応を示すはずだ。


 やがて。


 エマは重苦しそうに口を開いた。


「あの……先ほど言っていたやり取りの手紙ですけど、私が書いた下書きならお見せいたしますけど」

「……よろしいのですか?」

「はい、まあ。返事は、相手のこともあるので。ただ、下書きですので、本当に拙い文章で。内容も先ほど言ったことと同じですけど、それでもよければ」

「ぜひお願いします! いや、助かります。本当にありがとうございます」

「い、いえ」


 十分だ。いや、むしろ下書きほど自身の想いが如実にわかるものだ。


 何度もお礼を言いながら、アウラは心の中でほくそ笑む。自分は文章のプロだ。その手紙を見れば、2人の関係性を読み取ることなど造作もない。


 どんなに取り繕っても、隠していても、感じ取れる部分は必ずある。アウラ自身、幾千の文章を見て、敵、友人、味方、恋人、家族、不倫など、あらゆる関係性を見破ってきた。


 さて、果たして、彼女の色はどうであろうか。

 

 やがて、エマが部屋から手紙を取ってきた。


「どうぞ……」


 ドサッ。


「……あの、この大量の紙は?」

「えっ? 下書きですけど」

「……っ」



























 す、好き狂っとる……



 


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