手合わせ


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 数時間後。カク・ズが両手両足を投げ出して天を仰ぐ。


 一方で。


「いい素質だ。修練も申し分ない」


 ラシードは息もきらさず、余裕の表情であぐらをかく。


 その手合わせは圧倒的だった。


「想像以上だな」


 思わず、ヘーゼンも舌を巻く。カク・ズも当然弱くはない。あのギザールとも対等に渡り合うほどの男が、これほど手も足もでないなんて。


「足りてないんだよ。経験がな」

「経験……」

「戦場であと100戦ほど駆け回れば、いい線行くと思うぜ」

「……」


 確かにカク・ズには防戦を任せる部分が多く、一騎討ちなどはギザールだけだった。もともと、おっとりした性格でもあるので、与えられた役割はこなすが一皮剥けられていない感じか。


「もっと、前線に出すか」


 とは言え、カク・ズの魔杖『凶鎧爬骨きょがいはこつ』は、発動した途端に狂戦士化する。集団戦において、真価を発揮するタイプでもない。


 その時。


「使え」


 ラシードはそう言って、携えていた曲刀を放り投げる。黒い刀身が鮮やかな光を映し出す奇妙な刀だった。


「魔剣だ。その禍々しい獲物を使いこなしたいなら、これで技を磨け」


 魔杖とは異なり、魔剣の役割は、より単純だ。魔杖は宝珠を通して、魔法使いの魔力をより具現化する。魔剣は、その用途は限定され使用者本人の魔力を変換する。


「……いいの?」


 カク・ズは直感的に気に入ったようだ。目を輝かせながら、曲刀を握る。


「貸すだけだ。護衛だったら一本で十分だしな」

「……」


 ラシードの見る目に、ヘーゼンは感心する。カク・ズは近接格闘型の、言わば魔法戦士だ。魔剣は魔杖の下位互換的な立ち位置だが、細かい魔力操作が苦手な彼にとっては相性がいいのかもしれない。


「当分、シゴいてやってくれ」

「気が向いたらな。今日は終わりだ」

「い、いや。もうちょっとだけダメか?」


 珍しくヘーゼンが下手に出る。超一流の剣士のと手合わせする機会など滅多にない。これを契機に、カク・ズの実力を遥か上に引き上げたい。


「ダメだな。ほら、震えてる」

「……そうか」


 褐色の剣士は笑いながら、手をブルブルと振るわせる。どうやら、酒が切れたということらしい。ヘーゼンは苦笑いしながら、ため息をついた。なるほど、性格はかなり気まぐれらしい。


 嬉々として酒場へと引き上げていくラシードを尻目に、ヤンがボソッと口にする。


「珍しいですね。すーが強要しないのも」

「ガッチガチの契約で縛っている訳ではないからな」


 気に入らなければ契約を一方的に破棄できる。要するに、ヘソを曲げられたら困るのだ。


「まあ、あれほど優れた剣士には自然と敬意を払えなければ一流の魔法使いとは言えないしな」

「一流の魔法使いと言うか、人としてもっと気をつけなければいけないところがたくさんある気がするんですけど」

「気のせいじゃないか?」

「絶対に違う!?」


 いつものように、ガビーンとヤンがかましたところで、カク・ズが近き幼女のことを抱き上げる。


「頼みますから、その曲刀ですーを斬り刻んでください!」

「ははは。ヤンは大分ヘーゼンに似てきたね」


 !?


「む、無邪気な笑顔で、なんということを」


 黒髪少女が泣きそうな表情でワナワナしているところを、カク・ズはいつも通り柔和な笑顔で見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る