反抗
*
突如として弾き出された怒鳴り声は、部屋の外まで響き、衛兵たちが何事かと入ってくる。一方で、ビガーヌルは言葉を失った。
こいつは、今、なにを言った? 上官である自分に対し、なにを言ったというのだ。
「貴様……わかっているのか? 自分が今、なんと発言したのか?」
「当たり前だ! そんなにやりたいのなら、貴様がやれと言ったのだ! 貴様が! き・さ・ま・がぁ!」
「……っ」
「フー……フー……」
ダゴルが眼球が真っ赤に充血し、興奮状態になっている。ゲロ臭い息を吐き散らしながら、正気を完全に失ったような狂気的な目つきで睨みつけている。
あり得ない事象。
生粋のイエスマンであるダゴルが。気弱で、従順なだけが取り柄の、この部下が。上官である自分に逆らっている。瞬間、湧き上がるような屈辱とがマグマのように沸き立つ。
侮られた。こんな、右往左往するだけで、なんの役にも立たない、この男に。伝書鳩のように、右から左へひたすら受け流すだけの、この男に。
他ならぬ、自分が侮られるとは。
しかし、冷静でなければいけない。こんな、恥ずべき振る舞いをする愚か者と、同レベルに堕ちる訳にはいけない。
ビガーヌルは努めて冷静に、背中を向け、口を開く。
「なるほど。要するに貴様は――」
「うるさい! そもそも貴様があの男の献策を否決しなければこんなことにはならなかっただろうが!」
「……っ」
こいつ。一番、触れられたくない部分を。しかし、激高するなどと言う行為は愚か以外のなにものでもない。ビガーヌルは背中越しで、臭い息をかましているダゴルの存在を感じながら、未だ冷静然に振る舞う。
「先ほども言っただろう? 私は誰の責任だとか、低次元な――」
「囀るな! 『誰の責任』でなく、貴様のせいなんだ! 貴様の! き・さ・ま・の!」
「……わ、私が作成した訳でも、失態を犯した訳でも――」
「じゃあ貴様はなんのために存在する!?」
「……っ」
なんだ、こいつは。上官の失態を有耶無耶に流すのが、部下の機微だろうが。上官は部下に謝ることは許されない。失態を認めることも。
だから、部下が気を遣って、自身の失態とすべきなのに。
要するに、コイツは部下に舐められているのだ。
「呆れたな。察するに貴様は――」
「腐りきった言葉を発するな! 本質でない箇所にはすぐにツッコんできて、長々と陰湿な御託ばかり述べやがって! なにが指導だ! 貴様の責任にならないように、自分ではなんにも動こうとしない、このクソゴミ虫が!」
「……っ」
暴言を越えた暴言に、ビガーヌルは言葉を失う。この男は、完全に正気を失っている。病気だ。気が違えてしまったのだ。
「みんなわかってる! みんな、貴様が器の小さな小さな男であることが!」
「……」
愚か者が。おかしくなってしまった者に、なにを言われても響くはずがないと言うことが、なぜわからんか。
こっちは、まったく持って、ノーダメだ。
身体が震えるのも、気のせいだ。さっきから全身から血液が逆流してくるような心地も、まったくもって、気のせいだ。
ビガーヌルは振り返って、ダゴルを嘲るように冷笑する。
「言っておくが――」
「口を開くな! なにがリスク管理だ! 矮小で怖がりなくせに、細かくてしつこいくせに、見逃すか普通? どんな腐った?目をしてるんだ! ドクトリン領をこんな危機に貶めやがって!」
「……もういい。わかった」
この男は……いや、このクズは完全に壊れてしまった。それだけのことだ。代わりなど、いくらでもいる。
「なにがわかっただ! 全然、わかってない! この無能が! 責任を取れ! 貴様の無能の責任を、貴様が全て取れ――――――――!」
「お、おい衛兵! 早く、この狂人を牢へとブチ込め!」
胸ぐらを掴みながら怒鳴り散らしてくるダゴルから視線を逸らしながら、ビガーヌルは命令する。
「は、はい!」
「離せ! 離せ離せ離せ! 離せ―――――――――!」
衛兵たちは暴れるダゴルを2人がかりで抑えて連れて行った。
「……くそっ! 使えぬ老人だ」
ビガーヌルは机に拳を叩きつける。そして、同じく唖然としている秘書官に向かって指示をする。
「すぐに、クレリック次長を呼べ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます