責任



 ガナスッドは書類を入念に見比べながら、ヘーゼンに向かって尋ねる。


「どうしてわかった?」

「彼の行動と性格が矛盾してました」

「ふん……簡潔すぎてついていけん。常人にもわかるよう、順を追って説明しろ」


 しかめっ面の老人は、面白くなさそうに指示をする。


「開口一番、この男は、ガナスッド財務次官の名を出しました。これは、彼が自分に自信がない典型的な小心者であることを示しています」

「……」

「なので、当初はあなたが本当に苦言を呈していると思いました」

「ふん……中級内政官でありながら次官級に臆さないか。見ている分には痛快だが、自分がやられると面白くないものだな」


 ガナスッドは不機嫌そうにつぶやく。


「しかし、あなたは苦言など呈してなどいなかった。ここで、矛盾が生じました。小心者であること男が、単独で私に苦情を言う? 同格である私に敢えて喧嘩を売る理由が、個人的な感情で行われる可能性は低いように思えました」

「……恐ろしい男だな。瞬時にそこまで思い立って行動したか」


 そんな論評を気にすることなく、ヘーゼンが説明を続ける。


「なら、なぜそのような行動に至ったのか? それは、自身の利益が害される恐れがあったからだと思いました」

「それが、奴隷ビジネスか」


 苦々しげな言葉に、ヘーゼンは頷く。


「奴隷を作り出すためには、相手をとことん追い詰めなければいけない。食を奪うという環境は、もっとも効率的な手段の一つです。彼ら財務部とすれば、それを続けるだけで利益を得られる」

「ふん……まるで、自分がやっていたような詳しさだな。

「まさか。しかし、いくつかの奴隷ギルドを壊滅したことがあるので詳しいだけですよ」


 ガナスッドの皮肉に、ヘーゼンは爽やかな笑みで返し、一方で振り返って、ゴズエルを冷徹に見下ろす。


「……そして、そんな組織の斡旋者には、特にこんなクズが多かった」

「ひっ……」

「しかし、この男が単独で手を染めるとは考えにくい。不正の証拠はすぐに見つけましたが、それらの資料を探すのに手間取りました」

「ふん……数分の捜索は手間取るとは言わん。そして、当然、容疑者は私だったという訳か」

「いえ。ガナスッド財務次官が共犯ならば、あえて名前は出さないでしょう。実際、あなたの関与している証拠は出てきませんでした。出てきたのは、お前の2階級上のギマルヒ上級内政官……だよな?」

「ひっ……ひぎゃぁ……」


 ヘーゼンはゴズエルの毛根をガンづかみしながら覗き込む。その言葉を聞き、ガナスッドは低く唸る。


「ふん……ギマルヒか。なんのことはない、私は道化だったという訳だな」

「薄々は気づいていたのでしょう? しかし、あなたには手が出せなかった。部下と言えど……いや、部下であるからこそ、決定的な証拠がなければ、糾弾などできない」

「……ギマルヒ上官内政官を呼べ」

「は、はいっ」


 ガナスッドは自身の秘書官に指示をする。


「モルドド上級内政官。厄介な部下ができたものだな」

「……はい。この件が公になれば、実質的に内政部から財務部への干渉となる。ウチの次官級以上が大いに慌てる光景が目に浮かびます」


 モルドドは苦笑いを浮かべる。


「ふん……私も歳とともにヤキがまわったものだ。まあ、最後に面白いものを見れてよかったが」


 ガナスッドは面白くなさそうに笑みを浮かべる。


「最後?」

「ふん……ヘーゼン=ハイム。侮るな。上官は部下に対して責任がある。私も退任せざるを得ないだろう」

「あなたが辞めることはない。切り捨てればいいでしょう」


 ヘーゼンはキッパリと答える。


「……貴様、なにを言っている?」


 その時、明らかにガナスッドの顔色が変わった。目には爛々と怒りの炎が燃えたぎる。しかし、ヘーゼンは平然とした表情を崩さない。


「なにか不思議なことを言ってますかね? あなたに今回の汚職に関わっていない。だから辞めることもない。そう言っているのです」

「バカな! 部下の行動に対して責任がないと? それで、上官と言えるか?」

「では、聞きます。どこの世界に部下の責任を上官が負っていることがあるのですか?」

「……なにを言っている?」

「部下の責任が上官の責任? ならば、その上官の責任は上官の上官の責任ですか? ならば、あなたの上官である財務部長官はどうなるのですか? 領主代行は? 領主は? 最終的に皇帝は?」

「不敬だぞ! 控えろ!」

「……失礼しました」


 ヘーゼンは深々と謝罪する。


「しかし、間違っているとは思いません。部下の責任は上官の責任? 現実は違う。上官が部下に責任を押し付けて、トカゲの尻尾切りをしているだけだ」


 そう言って、ガスナッドの瞳を真っ直ぐに見つめる。


「……詭弁だ」

「違います。道理です。結局、上官としての責任など自己満足に過ぎないという事です。結局、個人の行動に対する責任など、個人にしか取れはしない。このクズは、乾ききった雑巾を更に絞るようにして、民から税をむしり取った。それは、このクズの責任であり、あなたが負うべき責任ではない」

「ひぐぃ……」


 ヘーゼンは雑にゴズエルの尻を蹴り上げた。


「……みじめにも、私に責任逃れをしろというのか?」

「逃げてしまえばいいのです。そんな責任などゴミクズほどの値打ちもない……そして、私はそんな行為を責任などとカッコいい言葉で呼びはしない」

「……」

「あなたが負うべき責任があると言うのなら。こんなクズに対してのものでなく、民に対しての責任です。ガスナッド次官の権威と地位すべてを懸けて、今まで苦しめていた分の挽回をすること。それこそが、唯一責任と呼べるものだと思います」

「……」

「それとも、こんなクズに引っ張られて辞任しますか?」

「ひぶっ……」


 またしても。ヘーゼンは雑にゴズエルの尻を蹴る。


 それから、少しの沈黙が続き。やがて、ガスナッドは面白くなさそうに「考えておく」とだけ答えた。


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