苦情
その日の夜。秘書官のジルモンドが部屋へと駆け込んできた。
「ヘーゼン内政官。大変です、あなたに苦情が入ってます」
「どこから、なんの苦情だ?」
「その……財務部から。現在、私設秘書官のヤンが民に向けて大規模な施しを行なっていますよね?」
「それがどうした?」
「その……財務部には、抜け駆けの行為に見えたようで」
「なんだ、そんなことか。今から行くからその者の下へ連れて行ってくれ」
「し、しかし」
「直接、僕が対処するから心配ない。すべての責任は僕が持つ」
「……わかりました」
颯爽と部屋を出て、廊下を歩く。そんな中、心配そうなジルモンドがこちらを眺める。
「あの……」
「ん?」
「ヘーゼン内政官は正しいと思います。しかし、正しいことが必ずしも通るとは限りません……特に、この場所では」
「心配ない」
言葉少なく断言する。
到着した場所は、財務部だった。この部署は、このドクトリン領の収支管理を担当している。
「ゴズエル中級財務官はいますか?」
ジルモンドがノックをすると、「どうぞ」と聞こえた。扉を開けると、そこにはでっぷりと太った男がソファにふんぞり返っていた。ヘーゼンは、対面に立ち、お辞儀をする。
「中級内政官のヘーゼンです」
「いや、わざわざ来てくださって。どうぞどうぞ」
そう促され、ヘーゼンはソファに座る。
「私に苦情があると聞きましたが?」
「苦情と言うか」
太った男は嫌味な笑みを浮かべる。
「基本的に民への配給などは財務部が行ってます。困るんですよね、スタンドプレーは」
「今回の事は、私個人の資産の中から捻出しました。言わば、内政官としてでなく、個人の寄付です。違法には当たらないと思いますが」
「それをスタンドプレーだと言ったんだろうが!?」
ゴズエルは机を強く叩く。しかし、ヘーゼンはまったく動じずに答える。
「困るんだよなぁ! そう言う偽善アピールは! 周囲の事情も鑑みてもらわないとぉ!」
「私も必要がない出費は避けたいと思ってます」
「……あ? 今、財務部の悪さだと言ったか若造?」
「そう聞こえませんでしたか?」
「ああ、そうだ。そう聞こえたなぁ」
「では、よかった。そうです」
「……」
「……」
「……え? お前、そう言ったの?」
「そうです」
「財務部の悪さだと?」
「はい」
「……」
しばしの沈黙が続き、ゴズエルは顔を真っ赤にした。
「お前……わかってるよな? 今回はガナスッド財務次官が苦言を呈しているんだよ?」
「そうですか。では、失礼します」
ヘーゼンはそう言って立ち上がる。突然、会話を中断した事で、ゴズエルは呆気にとられてポカンとする。
「……えっ? どうしたの?」
「ガナスッド財務次官に面会をお願いします」
!?
「いや、ちょっと待てよ! 財務次官だぞ? 簡単に面会できる訳ないだろう」
「よくわかりませんな。別にスケジュールを押さえれば、中級内政官であろうと、面会は可能です」
「それは、法律の話であって、私は慣例の話をしている! 4階級を飛び越えて、いきなり次官級に話をしに行くのはルール違反だろう!」
「でしたら、手紙を入れておきます」
「な、なんて書くつもりだ?」
「なにって、苦言を呈した事に対する説明です」
「そ、そ、そんなものは私が聞いておく!」
ゴズエル中級内政官は目を真っ赤に血走らせながら言う。
「直接会ってお話した方が早いです」
「だから、何度も言っているだろう! 自分本位に考えるな! 次官級に、すぐ会える訳がない! ここには、ここのルールがあるんだ」
「……では、モルドド上級財務内政官経由で面会を申し込みます。行こう、ジルモンド」
「は、はい!」
ヘーゼンが振り返っり、部屋を去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待て! 確か、貴様は、バドダッダ上級内政補佐官の部下だろう? あの人を通さずに
「先日、行方不明になりましたので。そして、上級内政官ならば、2階級違い。よく、会議もしていると思うので、問題ないでしょう」
「……モルドド上級内政官と仲がいいのか?」
「いえ。初対面です」
「はっ! そんなことで、モルドド上級内政官がわざわざ骨を折って面会の段取りをしてくれるとは思えないな」
ゴズエルは鼻で笑う。
「別にあなたには関係のないことだ。結局、ガナスッド財務次官さえ文句がなければ、シュンと黙る犬なんでしょう?」
「……っ」
ピシャリと言い放ち、ヘーゼンは部屋を颯爽と出て行った。
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