【1億PV突破】平民出身の帝国将官、無能な貴族上官を蹂躙して成り上がる
花音小坂(旧ペンネーム はな)
ヘーゼン=ハイム
ガストロ帝国。千年以上の歴史を持つ、大陸最古の成熟国家である。
中でも、帝都の中心にそびえる天空宮殿は、壮麗かつ優美。豪奢の限りを尽くした皇居、上級貴族の邸宅が建ち並ぶ居住区。
おおよそ全ての文化と機能が、この場所に集約されていた。ある時、月と酒に酔った貴族が、ふと、つぶやいた。
天空宮殿に住まわぬ貴族など、人ではない、と。
そんな華々しい舞台で、新任将官の任命式が執り行われた。
今年は24人。帝国の中枢を担う、いわゆるエリート候補生である。天空宮殿内での華麗な生活。約束された出世。やんごとなき身分の者同士が執り行う煌びやかな社交。そんな輝かしい未来に胸がいっぱいの新任将官たちが整列している中で、黒髪の青年がボソッとつぶやく。
「腐った匂いがする」
「……っ」
その場違いすぎる発言に、隣で立っていた少女――エマ=ドネアが愕然とした。彼女は、すぐさま周囲が気づいてないことを確認し、半ば涙目を浮かべ、キッと睨む。
「口を慎んで。できれば、もう一言も発さないでほしい」
「っと、すまない。つい」
「聞かれたら大問題になる発言を『つい』でサラッと発さないで!」
「えっ? つい、だから仕方がないと思うんだが」
「じゃ、もう一生黙っててください!」
キレ口調になると敬語になるエマだったが、黒髪の青年は微塵にも動じた様子がない。
青年の名はヘーゼン=ハイムと言った。
彼も同様、新任将官、ピッカピカの一年生である。
そんな中、次々と上級貴族の役職つきが挨拶をしていく。
「……ふぅ」
なんとも、無駄な時間だと、ヘーゼンはため息をついた。儀式による忠誠心と連帯感を強める効果は否定しないが、必要以上に挨拶する人が多く、限りなく長い。内容も薄く、書かれた原稿を淡々と読み上げるだけの者すらいる。
もはや、新任将官のためでもなく、上役のご機嫌取りのためにしか見えない。
上級貴族たちの挨拶が軽く3時間を突破した頃、やっと、新任将官の宣誓挨拶が始まった。壇上では、首席のレザード=リグラが呼ばれ、挨拶を始める。
「てっきり、ヘーゼンが首席だと思ってたけど」
エマが隣でつぶやいた。彼女とは、かつて同じ学院で過ごした間柄だ。講義、昼食、その他のイベントもずっと共に過ごしていた、いわば学友である。
「3位でいいんだ」
「……そんなこと、あなた以外だったら負け惜しみに聞こえるけどね」
エマは思わず苦笑いを浮かべる。
毎年、数十万を超える国内の有能な人材が、こぞって将官試験を受けにくる。まず、合格すること自体が超難関の狭き門だ。
試験の結果は広く開示されている。内容は魔法の実技と筆記のみ。平民、貴族の貴賤を問わず、完全に実力のみで有能な人材を評価するという触れ込みで募集される。
あくまで、表向きはだ。
開示された過去300年の成績者の家柄を調べたところ、平民出身の首席者は1人も存在しなかった。次席もおらず、最高位は3位。更に言えば、首席と次席は、漏れなく名門貴族で占められている。成績に恣意的な操作が行われていることは明らかだった。
要するに、名門貴族を越える成績を叩き出す平民将官など不要なのだ。
とはいえ、試験自体が難関であることに変わりはない。貴族だろうと、平民だろうと、各々が試験に通るため全力を注ぎ、『順位を操作しよう』などという思考など思いつきもしない。
しかし、ヘーゼン=ハイムという男にとっては、当然だった。
帝国の中枢を目指すのだから、戦略的な思考が必要不可欠である。特に上級貴族がひしめく天空宮殿内では、慎重に立ち回らなければいけない。3位という平民で取り得る最高の成績を叩き出すことは、将官としてスタートラインに立つために必要不可欠だった。
宣誓挨拶も終わり、いよいよ新任将官の配属だ。新任将官にとって、最も大きな関心事の1つであり、今後のキャリアに多大な影響をもたらす大イベントである。最初に呼ばれたのは、先ほど壇上にあがって挨拶をしていた首席の将官だった。
「レザード=リグラ。天空宮殿護衛省」
「はい!」
精悍な青年の声が響くと、新任将官同士がにわかにザワつく。
「やっぱり、彼は中央の武官配属なのね」
エマが思わず苦笑いを浮かべる。
天空宮殿護衛省は、皇族、上級貴族の身辺警護を担当する、いわゆる出世コースである。レザードの父ガザリアは、超名門貴族のリグラ家当主。彼は上級貴族の地位の中で、3位の地位『大東』。したがって息子であるレザードの配属は、成績だけでなく、出自なども大いに反映した結果と言えるだろう。
しかし、ヘーゼンは特に気にした様子はない。
「エマ=ドネア。天空宮殿農務省」
「は、はい!」
多少オドオドしながらも、彼女は嬉しそうに返事をする。元々、文官志望だったので、ホッと胸をなで下ろしているようだ。将官試験の内容は、その成績で試験官が適性を審査する。そこに文武の区分けがないので、希望していない部署に配属される者も多い。
それから、次々と将官たちが呼ばれて行く。ヘーゼンは、その者たちを横目で見送りながら、「酷いな」と口にする。
明らかに、爵位の高い者から順に呼ばれ、いわゆる花形の省庁へと配属されていく。首席のレザード、2番目のエマは、成績も優秀だったのでわからなかったが、こうもあからさまに並べられるとバカでも気づく。このような慣例は組織の縮図だ。いかに、帝国が皇族、上級貴族階級に対して忖度をしているのかがわかる気がした。
「ヘーゼン=ハイム。北方ガルナ地区。国境警備」
「はい」
最後に呼ばれた平民出身の青年は、無機質な返事を響かせる。だが、周囲のザワつきはひときわ大きかった。至るところから失笑が漏れ、冷笑を浮かべている。
中央の天空宮殿配属でなく、地方の最前線への勤務。まるで、懲罰人事だった。
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