配属



 配属初日にして異例の地方最前線。


 明らか過ぎる平民差別の左遷人事。


 北方ガルナ地区は、配属された者の死傷者が半数を超える激戦地区だ。地理的にはディオルド公国と隣接しているが国交はなく、関係性もよくない。互いに領土を食ったり食われたり、そんな鍔迫り合いが日夜行われている。


 さらに、異民族であるクミン族が時折出没し、その対応にも追われている。通常、そのような危険地域は、准尉以下の下士官が配属され、幹部候補である将官の派遣はまず行われない。


 ヘーゼンが辞令を受け取りに壇上に上がると、ニヤけた上級貴族が笑いを堪えながらつぶやく。


「ご苦労さん。まあ、頑張りたまえ」

「ありがとうございます」


 しかし、そんなことは気にせずに、ヘーゼンは帝国式のお辞儀をして颯爽と壇上を降りた。


 任命式が終わり、ヘーゼンとエマが廊下へと退出する。そこには、巨体の戦士が待っていた。修練で引き締まった強靭な身体が特徴的だ。


「カク・ズ! 久しぶり」


 エマが嬉しそうに駆け寄ると、呼ばれた青年は、はにかんだような笑みを浮かべて彼女の頭を優しくなでる。カク・ズ。この巨漢の戦士は、身体能力に秀でたゼクサン民族で、ヘーゼン、エマとは学友の間柄だ。卒業後、ヘーゼンが護衛士として雇った。


 帝国将官は職位に応じた人数の護衛士として帯同させることができる。カク・ズは、文官としての成績がイマイチだが、武芸では折り紙つきだ。


「ヘーゼンは、北方ガルナ地区だって。カク・ズとも離ればなれになっちゃうね」


 エマが寂しそうにつぶやく。


「心配しないで。ヘーゼンは俺が守るから」


 カク・ズは満面の笑みで分厚い胸板をドンと叩く。


「千回殺しても、死なないようなヤツだから、そこは全然心配してないけど。でも、いきなり、すごい所に決まっちゃったね?」

「最前線は望むところだ。最短で戦果を挙げて、帰って来てみせるよ」

「クク……強がっちゃって」


 そんな風に雑談していると、太った青年貴族がニヤけながら近づいてくる。


「えっと、君はドメイタ=ケアスだったよね」


 おぼろげに、記憶の片隅の隅の隅に、覚えている。彼もまた同院を卒業しているはずだ。確か、学院生活では、会話すらしたことがなかったはずだが。


「哀れなものだな。平民が必死こいて猛勉強して帝国将官になれたのに、配属先は地方の最前線だもんな。無駄な努力、お疲れさーん」

「……」


 どうやら、これが言いたくて言いたくて仕方がなかったらしい。ドメイタは勝ち誇った笑みで、ヘーゼンの肩をポンポンと叩く。


「エマ。俺は、商工省の配属になった。君のような名門貴族の人間がいつまでも、平民風情を気遣うのは考えものだな。付き合う人間は考えた方がいい」

「ははっ」


 彼女は、なんとも言えないような苦笑いを浮かべる。


 そんな中、ヘーゼンが戸惑った表情を浮かべている美少女の前に立つ。


「ドメイタ君。あんまり僕の学友を困らせないでくれるかな?」

「な、なんだと?」

「屈指の名門貴族であるという莫大なアドバンテージを持ちながら、彼女たちは君を『付き合う価値なし』と判断して、たかが平民風情の僕を学友として付き合うことを選んだんだよ? この意味が君にわかるかな?」


 ヘーゼンは満面の笑みで首を傾げる。


「くっ……」

「仮に僕が君の立場で、エマに好意があるのだとしたら、恥ずかしくてその場で自害しているが。まあ、君はダントツ下位の成績でありながら、名門貴族であるという他力全開の長所で帝国将官になれたことをひけらかす呆れた人間性の持ち主だから、あまり気にならないのかもしれないけどね。その君の体型のような図太さは、ある意味羨ましいよ」

「……っ」


 ニッコリ。黒髪の青年は、なんの屈託のない、綺麗過ぎる笑顔を浮かべた。



「と言うわけで、君は君と同じように、名門であることが唯一のアイデンティティであるという哀れな価値観の友達と仲良くして、身内同士ワイワイ楽しくやってくれ。できれば、今後、一切僕と関わりにならないでくれると、なお嬉しい。では、ご機嫌よう。行こう」


 ヘーゼンそう言い捨て、颯爽と去って行く。その後を、今にも倒れそうなほど顔面蒼白なエマとカク・ズがついていく。


「はわわわわわっ……」


 学院時代に何度も見た光景。相手が誰であろうと容赦しない。敵だと見定めた途端、徹底的に潰す。そんなストロングライフを送っていた黒髪の青年は、圧倒的に周囲から嫌われていた。当然、2人以外に友達がいなかった。しかし、当の本人はそんなことを一ミリたりとも気にしない。


「どうした? 気分でも悪いのかい?」

「な、なんてことを……あ、あなた……」

「事実だ」

「事実ってまあまあ言っちゃいけないことがあると思うんですけど!?」

「なんで敵を増やすんだ! いつか全員から袋叩きにあうぞ!」

「ははっ」

「「……っ」」


 涙目で訴える2人を完全にスルー。すでにヘーゼンは別の思考にふけっていた。


「しかし、想像以上に酷いな」


 帝国という大樹は紛れもなく太く大きい。しかし、国家としては成熟し過ぎだ。明らかな根腐れ状態である。特に中央の天空宮殿で、その闇の深さを垣間見た気がした。地方では、このようなことがないといいが。


「まあ、やることは変わらない。僕は僕のすべきことをするだけだ」

「……あなたを迎える北方ガルナ地区の帝国将官、敵、すべての人が可哀想に見えてきた」


 ヘーゼンはエマの言葉を聞いて、不敵に笑った。


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