アオイハルトキミトソラ
秋柚子《あきゆずこ》
第1話
暑い、とにかく暑い。春なのに。
「冷房入れろよハゲ。」
黒板に意味のわからない数字の羅列を書きなぐる禿頭に向かって小さく悪態をつく。
教室の窓側から2列目前から3番目。そこに私は座っている。名簿順で座っているから、周りは男ばっかり。
村松茜は肘をつきながら黒板の字をなんとか解読しノートに書き写す。
「次、この問題を松村、起立。」
「えっ、」
「随分と余裕そうな態度だったな。」
「そんなことは、」
禿頭の文字の解読で手一杯だった私は、問題の認識さえしていなくて、しどろもどろ。
助けてもらうにも、クラス替えしたばかりな上に周りに女子がいない。
戸惑って立ち尽くしていると、控えめにトントンと私の机を叩く指。
指の主を見ると隣の席の山下橘の指だった。
「答え。」
ぶっきらぼうに言われ、彼のノートを見ると、きれいな字で書かれた答え。
「答え、解らないのか?授業中うわの空でそんな態度とは、テストが楽しみだなぁ」
「Bの二乗。」
馬鹿にした表情と言葉に、いらいらしながら答える。友達の河村沓子なんかはニヤニヤしているだろう。そちらを向かなくてもわかる。素早く彼のノートをみて、答えだけ言って、椅子に座る。
「お、おう。正解だ。」
答えを言った私に目を見開いて、禿頭に汗をかいて黒板に向かう。クラスの中で失笑が漏れ始める。ざまあみろ。
「答え、ありがとう。」
そう、隣の彼に言うと
「うん」
と少し微笑まれた。
眼鏡の奥の目を細めて唇は綺麗な弧を描いて、綺麗に笑うんだなと見とれていると
「なに」
とぶっきらぼうに言われて慌てて
「何でもない、です。」
と前を向く
その時に彼が微笑んだのが見えたのは気のせいだったことにしよう。
授業が終わって先生への挨拶もそこそこにダッシュで購買へ向かう。3階分階段を降りて右に曲がる。特別教室棟の廊下を走り抜けて、中央棟へそこから1階分階段をかけ登る。これが1年間で身につけた購買への最速ルート。早く行かなければ、背の低い私は人に押しつぶされて、お昼が買えない。
「今日も1番だ。」
早すぎて購買のおばちゃんすら来ていない。
今日は何を食べようか、でもやっぱりいつものがいいかなと考えておばちゃんを待つ。
5分経っても10分経っても来る気配がない。
人が来る気配すらしない。
まさか、4限目だと思っていたのが3限だったのかもしれない、と時計を確認する。
現在時刻は12時38分
完全にお昼休みの時間帯。
すると後ろから声がかかる。
「村松、今日午前放課だから購買のおばさん来ないよ。」
聞き覚えのある声がして振り向くと見上げるほどの高さに隣の席の山下橘の顔があった。
「え、何それ、聞いてない。」
「朝担任が言ってたの聞いてなかったんだ?」
心底面白いというように腹を抱えて笑いだした山下。なんて失礼な男なんだこいつは。
と思うとすぐに笑い終わって
「河村が呼んでた。」
と授業中の声と変わらぬ感じで言った。
「あ、ありがとう。でもお昼買わなきゃいけなくて」
私は一応運動部に所属していて、部活のある日はご飯を食べなきゃスタミナが持たないのに、購買が無いせいで、私のお昼はない。
「俺コンビニ行くから、ついでに買っておいてあげようか。」
となんとも魅力的な提案。
「うん、お願いします。」
「いつものでいい?」
「いつもの?」
「いつも村松が食べてるメロンパンとカレーパンとミルクティー」
何で知ってるんだろう。1年生の時は別のクラスで階だって違うはずなのに。
「なんで知ってるの?」
「毎日購買で小さい体でぴょんぴょん跳ねてるのみてたから。」
「私そんなにちっちゃいかな?」
さっき、背が低いとは言ったけど、クラスには私より小さい子もいるし、山下の背が高いだけなんじゃないのかなと思ってるとふと腕を掴まれて手のひらを合わせられる。
「ほら、小さい。」
そんな優しい顔しないで、私の目を見ないで
「顔赤い。どうした?」
やめて覗き込まないで、お願い。
「なんでもないよ。」
貴方にみられないように目をそらして、手を離す。
「そう?じゃあコンビニ行ってくるよ、教室にいて?」
ふわりと笑って私の頭を撫でて歩いていく山下。
このとき、私の中で何かが落ちた。
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