エイリアン×エイリアン

ミヨボ

エイリアン×エイリアン


「エイリアン、今すぐ此処に堕ちてこい」


照らされるスポットライトの熱量は、演者の其れに負けず劣らない。演者が熱いのか、スポットライトが熱いのか、舞台の外に居る者には解らないのだ。

「先輩、今日もお疲れ様でした」

「先輩、今日も綺麗でしたよ」

「先輩」

「先輩」

「……カセイ先輩」

長い黒髪を束ねた紐を解いた。汗を掻いているはずなのに、先輩の髪は滑らかに滑り空を切る。

その先輩の姿に、今日もまた取り巻きは黄色い声援を挙げた。

「ええ、皆……ありがとう」


エイリアン、貴女は今日も彼女達を見下ろして居るんでしょう?


「サタンさん、貴女は宇宙人って存在すると思う?」

「え?」

「私は居ると思うなぁ」

放課後の楽屋は夕日の紅に染まっていた。此方から見る先輩の貌も紅い。

二人っきりで居る私の心は、さっきから五月蝿かった。

「……どうして居ると思うんですか?」

「だって世界は広いもの」

「……はぁ」

カセイ先輩は断ち切り鋏で糸を切った。練習中にほつれた糸を治しているのだ。

「創世記は知ってる?」

「……旧約聖書の」

「そう。天地創造の七日間」

「天地創造の七日間」

「一日目に神は光を作って、昼と夜を作った」

神は二日目には空を作り、三日目には大地と海と植物を作った。

「太陽を、月を、星を、魚を、鳥を。獣を、家畜を」

「……六日間かけて生命を作り」

「そして神は七日目に休んだ」

ふふ、と笑う彼女は愛らしい。「なんだか台詞の掛け合いみたいだったね」と楽しそうに感想を言う。

そんな笑顔に怯む私を他所に、先輩は続きを歌うように述べた。

「神はこれだけのものを七日間で作ったのよ?なら、これだけじゃきっと終わらないわ」

「神は八日目に宇宙人を作ったんですか?」

「それはそれで面白いわね」

「……違うんですか」

「神はきっと、この宇宙に七日間かけて、もっと沢山の生命を作っていると思うの」

先輩はおもむろに立ち上がると、まるで舞台に居るかの如く身振り手振りを付けた。

「もしも地球が宇宙に七つあるとすれば、私達以外は皆宇宙人よ。六十五億があと六つ。それだけ居れば、いつかは逢えると思うのよ」

「先輩は宇宙人に会いたいのですか?」

「そうね、死ぬまでに一度は見てみたいわ」

彼女は空を手で掴んだ。誰も居ないその空を、まるでお姫様をダンスへ誘うように、愛おしそうに舞台へと招く。

西日に当てられた彼女が、私の目にはもう見えない。

とても私と同じ人間とは思えない。


「私は貴女がエイリアンに見えます」


キリスト教の私立百合ノ咲女子高等学校は、月曜日の朝にミサがある。

全校生徒が教会で手を合わせる中に、カセイ先輩の姿もあった。

「……エイリアンも神に祈るのか」

設立当初から代々と受け継がれている演劇部に入部したのは、カセイ先輩を見たからだ。

「貴女も演劇部で世界を輝かせてみない?」

「……はい」

思えば一目惚れだったのかもしれない。舞台の上で踊るように演じる彼女に、私は目が離せなかった。

舞う姫に心を奪われたのだ。


「次の演目は『宇宙戦争』にします」

トム・クルーズの映画を舞台風にアレンジすると先生は言った。原作は人間が主人公だが、今回はエイリアンを主人公に新たな視点から話を書くという。

主人公・エイリアン……加瀬井

主人公・人間……佐丹

「よろしくね、サタンさん」

「……はい、よろしくお願いします。カセイ先輩」

黄色い声援の元で、エイリアンがエイリアンの演技をしている。相変わらず、誰もが心を奪われる演技だ。

「我々はこの美しい地球を奪いに来た」

剣を構えた先輩は私を舞台の山から見下ろしてきた。彼女は地球を政略しに来たのだ。

「御前には渡さない」

そう言いながらも人間は下がる。目の前のエイリアンに、とてもかないそうにはないからだ。

かなわない。きっと人間は奪われる。

少なくとももう私は奪われてしまった。

「貴女のその顔、とても素敵よ」

彼女の微笑みに怯んでしまう。彼女の囁きに酔いしれてしまう。

身体が震える。手に持つ剣が音を立て、握っている手から今にもずれ落ちそうだ。


嗚呼、愛おしい。

貴女の全てが愛おしい。


「……自惚れるなよ、エイリアン」


「貴女が好きです」

「ええ、ありがとう」

「愛しています」

「……え?」

引き下がらない私の身体に、鋭く光る私の目に、紅く染まった先輩は固まった。

「私は貴女を愛しているんです。カセイ先輩」

「……サタン、さん」

一歩、また一歩と彼女に近寄るに連れ、彼女は一歩一歩と遠ざかった。彼女は終いにカーテンの陰に隠れ、もう身体は紅くない。

彼女の代わりに、彼女が立っていた場所に私が立った。

「……貴女には私がどう見えますか」

「……とても……紅いわ。……ま、まるで……」

彼女は震えた。震えた手でカーテンを握った。私が貴女を愛しているという意味に、彼女は困惑したのだ。理解が出来ない私を、彼女は直視出来ないのだ。


私が貴女を直視出来ない意味と、貴女が私を直視出来ない意味は、違うようで同じだ。


「まるで貴女は……」


私は剣を握り直した。もう怯まない。もう大丈夫。私はエイリアンと対峙が出来る。

「私と地球を賭けて勝負だ」

その低く静かな怒声と、覚悟を決めた瞳に、今度はエイリアンが怯んだ。

「さぁ、エイリアン」

舞台の外は静かになった。緊迫な空気がその場を包み流れる。息をするのも辛くて、瞬きをするのが惜しい。

エイリアンは身体を震わせた。見下していた者が、ずっと見てきた者が、今迄と全く違って見える。

「愛しています、カセイ先輩」

エイリアンはきっと理解したのだろう。己と対峙する者が、とても恐ろしいことに。

怯えた顔で、泣きそうな顔で、羞恥の表情で私を見つめる。

「……愛しています、エイリアン」

貴女が会いたいと言っていた者は、そう、此処におります。

さぁどうかお手を取って、私とダンスを踊りましょう。


貴女にとって、私にとって、

私と貴女はエイリアン


「エイリアン、今すぐ此処に堕ちてこい!」




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エイリアン×エイリアン ミヨボ @miyobo

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