第23話 合流、そして捕縛
「おい、ちゃんと説明しろ!」
「別に説明しなくてもわかっただろ」
「わかるか! 今までで一番わかんねーよ! おかしいだろ!?」
「ふぴゃ、っち」
歩きながら動揺露な様子でシルキに突っかかっているのはクードだ。
苦笑しながら彼らの後方を歩いているのはレイエルで、面白そうに会話を聞きながら前方を行くガランがいる。その側では、シャナがきょろきょろしながら歩いていた。
しかし、突然シャナがくしゃみをした。
シルキとクードはすぐにそれがくしゃみだとはわからずに、口を閉じてシャナを見た。
「う~、ロトのばかぁ!」
「ああ、花粉か。シャナ、病み上がりなんだから具合が悪くなったら言うんだぞ?」
「あいあーい」
「なんだ、くしゃみかよ……」
シャナが肩の上にいるロトに、文句を言っている。
レイエルがほっと息をついてそう言うと、理解しているのかしていないのか、シャナは返事だけを寄越した。
クードが溜め息をついている。
「病み上がり?」
シルキがレイエルの言葉に首を傾げると、クードも振り返ってレイエルを見た。
「ああ、先日まで熱を出して寝込んでてね。それまでの疲れが一気にきたみたいで……その前が調子が良かっただけにね」
「体が弱いんですか……?」
「うーん……シャナの場合、魔力が人よりも多いみたいで、体がそれに馴染んでいないんだよ。こればっかりは成長して、魔力の扱いを覚えるまでにならないとね」
苦笑しながら心配そうにシャナを見るレイエルに、シルキとクードもシャナへと視線を移した。
「もうすぐだな。シャナ、余所見をしてると転ぶぞ。」
「あーい!」
視線の先で、きょろきょろしながらガランの後に続くシャナに、ガランが注意を促すとシャナは元気良く返事をしたのだった。
シャナたちが下山している中、麓にある調査隊の天幕では、確認事項を調整しているルーデンスたちと離れて、魔術師の一人が隅で通信用の魔道具の前に待機していた。
(ど、どうしよう……。陛下に繋がらないなんて……)
国王直通の通信魔道具は沈黙したままだ。
(さらに副師長の機嫌が悪く……ど、どうしようっ)
早朝から連絡を取ろうとすること数回、ついにルーデンスの苛立ちが沸点に達したのは少し前のこと。
限られた人間のみが使用を許された通信魔道具は、ルーデンスによって起動されたまま放置されている。
今回、事情が事情なだけに特別なこの魔道具の使用を許されている。
中が見える円筒形のそれは、この国に三つしかない大変貴重なもので、複雑な術式を併用して作られている。
魔術師にとって非常に興味を刺激されるそれは、筒の中でいくつかの魔石を加工した八面体の結晶が入れられている。
現在、それはふらふらと筒の中で不安定に揺れていて、もう一つの魔道具に通じていないことを示していた。
(陛下が持ち歩いているってこと? 亜空間に収納されているとか? ……もしくは、意図的に無視してるんじゃ……)
魔道具の側で待機している彼女――ミラリア・レガリスは、無きにしもあらずなその考えに顔を青ざめた。
(うぅ……怖い……、副師長の反応が怖い……。だ、だれか、助けてー!)
冷ややかなまったく笑っていない上司の笑顔を思い出して、ミラリアは思わず心中で叫んだ。
誰もが副師長の反応を想像して身を震わせる中、彼らの思いに呼応したかのように現れる者があった。
彼らはその、いるはずのない人物に、驚愕することになる。
「――ルー、みっけ!!」
「「「……ひ、姫様――――――!?」」」
時は少し戻る。
木々の間から見える天幕を確認して、ガランは前を行くシャナに楽しそうに告げる。
「――よし、シャナ。突撃だ」
「あいあい! とちゅれきー!!」
シャナが元気良く駆け出すと、セスがその後に続いた。彼女は、一つの天幕に迷いなく入っていった。
「ルーデンスはあそこか」
「その確認の仕方やめろ」
レイエルが溜め息をついたところで、驚きの悲鳴が天幕から聞こえてきた。
ガランが、のんびりとその天幕に向かって歩き出す。
レイエルも続こうとして、しかし、木々の間を抜けたところで立ち止まっているシルキとクードに気付く。
「……ああ、大丈夫だよ。ここにいるのは全員シャナと面識がある者たちなんだ。シルキ君の存在を考慮して、ガランが選んだ者たちだよ。クード君に関しては後付けになってしまうけどね」
苦笑した彼の言葉に、シルキとクードは顔を見合わせる。そして再びレイエルと、少し先で立ち止まっているガランを見て歩き出したのだった。
「ルー、みっけ!!」
そんな言葉とともに突如姿を現した王女シャナの存在に誰もが言葉を失う中、一番最初に正気に戻ったのはルーデンスだった。
「……なるほど? シャナ、あのば――貴女の父上はどこですか?」
「おちょとー! レイとシキとクーもいるよ!」
「シキとクー?」
「隊長も!?」
「ぅなう」
「あ、セスとロトロトもいるよ! セスがしゅばってとんれきたったの!」
周囲の反応を気にすることもなく、シャナは話し続けている。
しかし、ちょうどそこへ、問題の国王自身が姿を表した。
「よう、元気か。お前たち」
「「「陛下!」」」
ルーデンス以外の者たちが胸元に手を当て軽く目礼する簡易の礼を取った。
そして、ガランの後ろからレイエルに促されて入ってきた少年たちに気付くと絶句した。
彼らが不安そうに自分たちを見ていることに気付かないまま、じっと彼らを見つめて動かない。
しかし、それはただ一人行動を起こした人物によって遮られる。
「どうも、陛下。ご機嫌麗しいようで何よりです。――とりあえず一度、死んでみます……?」
笑みを浮かべながら、何やら手のひらに魔力を集め始めたルーデンスに、部下である魔術師たちがはっとした。
「わ、わーっ! 副師長! ダメですよ!」
「そうですよっ! そんなことしたらいくら副師長でも不敬罪で捕まっちゃいますよ!」
「きっと公爵様方がすぐに出してくださいますけど、それはまずいですって!」
「ふむ。穏やかじゃないな」
「わー、ルーがおこったったー?」
「…………」
あわあわとルーデンスを取り囲む魔術師たちだが、ガランがにやりと笑ったことで、ルーデンスの怒りはさらに大きくなっていく。
しかし、魔術師たちに混じってルーデンスの前に立ったシャナののんきな声に、ルーデンスも魔術師たちも口を閉じた。
「……まぁ、いいでしょう。立ち話もなんですし、どうぞお座りください。シャナ、貴女もですよ。お菓子を出してあげましょう」
大きく息を吐いたルーデンスに指示されて、魔術師たちが動き出す。
指定の場所に椅子を配置させた後、ルーデンスはガランとシャナに座るよう促した。
「おお、悪いな」
「おかちー?」
並べられた椅子に、彼らが座った瞬間、彼らの足元に、淡く光る魔方陣が浮かび上がった。
二人の前では、ルーデンスが冷ややかな目で見下ろしている。
「お?」
「に"ゃっ」
上司の暴挙に、魔術師たちはこれ以上その怒りを刺激しないよう、見て見ぬふりを決めた。
おかげで、ガランとシャナは容易に拘束されたのである。
「しゃな、うごけにゃい……」
「俺もだ、シャナ。どうやら俺達は捕まってしまったようだな。あっはっは!」
椅子に座ったまま上半身のみ動くのを確認したガランが、悪びれもせず笑っている。
ルーデンスの額に青筋が立った。
「いっそのこと、口も塞ぎますか……」
冷ややかなルーデンスの視線を受けつつもまったく動じないガランとシャナに、その場にいた者たちは溜め息をつくのだった。
シャナとガランがルーデンスに説教を受けている中、シルキとクードはささやかな歓待を受けていた。
魔術師たちが用意してくれた椅子に座り、周りの視線を受けながらガランたちの方を気にしている。
シャナが大人しく説教を受けるはずもなく、魔法の拘束から逃れられないか身じろいでいる。
「ねールー、シャナおちょといきたいー」
「遠くへ行ってはダメだぞ、シャナ」
「…………シャナ、外には貴女の嫌いなにょろにょろがたくさんいますよ」
「えーっ! シャナにょろにょろきらいーっ!」
まったく話を聞いていないような二人に、ルーデンスの声はさらに低く冷ややかになっていた。
「にょろにょろって蛇?」
クードが首を傾げると、レイエルが頷いた。側にいた騎士が補足する。
「大きな蛇に食べられる夢を見たらしいですよ」
普通に話しかけられることに戸惑いつつ、クードは苦笑する騎士や魔術師たちの話を聞いていた。
「この前はセス様にお菓子を取られる夢を見てケンカしてましたよね」
「相変わらず単純というか……」
「夢と現実がごっちゃになってるな」
「ロト様、そんなにお花を出されても彼らは困ってしまいますよ? ――はい、これに入るくらいが丁度良いのではないですか?」
魔術師の一人の言葉にクードがそちらを見ると、机のうえでちょこまかと動き回っている生き物がいた。
一見、人形に見えるそれは妖精らしい。
シルキは先程からその妖精を観察していたようだった。
ロトは差し出されたグラスを覗き込むと、持っていた花や机の一角を占めている花を、生けるように出し入れし始めた。
「…………。――?」
「「「…………」」」
それをじっと見つめていたシルキは、ふと魔術師たちも同様に見入っていることに気付く。
シルキとクードが疑問に思い顔を見合わせた時、後ろでレイエルが咳払いした。
「――ところでそんなに蛇が繁殖しているのか?」
「あ、はい。水妖蛇のようでこの三ヶ月の雨で異常に増殖しているみたいです」
「異常に、か。……厄介だな」
「なんで? 水妖蛇って蛇の姿してる水妖精だろ? 昔からここにいるけど、問題なかったし。何か意味があるんですか?」
魔術師とレイエルの会話に、クードが首を傾げた。
ああ、とレイエルが答えようとすると、それよりも早くシルキが呆れたようにクードを見た。
「水妖蛇は増えすぎると瘴気を生むからだろ」
「んー? ……ああ、龍気を浸透させてその土地を豊かにするって話の? 水分を吸収して土砂崩れとかを防いでるとかなんとか言ってたっけ? スクナさんの話は雑談が多すぎて、何が重要か全然わかんなかったんだよなー」
クードが眉を寄せながら、シルキの言葉の意味を考えているのを見て、話を聞いていた者たちは驚いていた。
(頭の回転は悪くないな。――というより、二人とも思った以上に頭が良さそうだ)
レイエルも感心しつつ二人の会話を聞いていた。
「お二人にはいい師がいらしたのですね……スクナ? ん?」
「スクナ・エアフィールドですね」
「え? スクナ・エアフィールドってあの?」
「精神に働きかける魔法に特化していて、大隊長たちに期待されていたという魔術師の方ですか!?」
一人の魔術師が首を傾げたとき、国王父娘に説教をしていたルーデンスが会話に入ってきた。
彼の口から出てきた名に、魔術師たちがざわめく。
「……シルキ君と言いましたね。スクナ・エアフィールドは、君のお母上で間違いありませんね?」
ルーデンスの静かな問いかけに魔術師たちが揃ってシルキを見た。
シルキは、彼らの口から出てきた母の名に不思議に思いながらも頷いたのだった。
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