第20話 呼び合う想い
時は少し戻り、国王ガランの執務室。
「陛下、よろしいですか?」
ルーデンスとの通信はとうに終わり、ガランは手元にある手紙のひとつを見つめていた。
そんな彼のもとに、扉を守る近衛騎士の一人から、扉越しに呼び掛けられる。
「ああ、どうした」
困惑している様子の騎士の声に、ガランは呼び掛けながら立ち上がると、扉の方へと移動する。
「あの、それが……隊長と、」
「レイエル? シャナに何かあったのか?」
扉を開けた騎士が顔を出すが、彼は言葉を詰まらせる。
出てきた名にガランは眉を寄せるが、その答えはすぐ側にいた。
騎士が、扉をさらに開く。
「……シャナ?」
そこには、レイエルと彼に抱かれたシャナの姿があった。
「この時間だ。誰も来ないとは思うが、近寄らせないでくれ」
「了解しました」
騎士がレイエルの意図を汲み取って、扉を完全に閉めないままに廊下へ戻る。
それと同時に、床に下ろされたシャナが、ガランの足にしがみついた。
「……っ」
「シャナ、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「ちちうえ、しゃな、あっちいくっ」
「あっち?」
目を擦りながら壁の向こうを指差したシャナに、ガランははっとする。
その方向には、ルーデンスたちが訪れているかの街がある。
「ないてるのっ。いっぱい、いっぱい、にゃいてるのっ。たちゅけてって、よんでるんらよっ」
「……呼んでる?」
「先程からずっとこの調子なんだ」
眉を寄せたガランに、レイエルも困惑しながら告げた。
しかし、二人ともこんなことになるのではないかと予想していた。だが、今回は場所が場所である。簡単にシャナを城から出すわけにはいかなかった。
「シャナ。お前を王宮から出すわけにはいかない」
「やらっ! シャナ、いくもんっ」
瞳に涙を滲ませてガランを見上げるシャナに、ガランは言葉を詰まらせる。
「……あちらに行くには最低でも三日はかかる。ルーデンスたちが行っているから、」
「セスがいるもんっ!」
「ぅなう」
ガランの言葉をシャナが遮れば、後押しするようにセスが鳴いた。
ガランはレイエルと顔を見合わせ、もう一度セスを見る。
「セス、転移できるということか?」
セスが、もう一度鳴き、尻尾を揺らす。やけに自信満々のそれは、どこからどう見ても肯定の意を示していた。
「…………」
その様子にガランが考え込み始めると、レイエルがわずかに開いた扉から様子を窺っていた部下たちに言葉をかけている。
状況を把握している彼らとの会話はすぐに終わり、レイエルはガランを待った。
やがて、ガランが息をつくと、レイエルは先に口を開いた。
「俺も行くからな、ガラン」
「……まぁ、ここでお前を置いて行きでもしたら怒られるからな」
「どっちにしろ怒られるに決まってるだろ」
念押しするように言ったレイエルに、ガランはニヤリと笑った。
その後、まったく悪びれないガランにレイエルが溜め息をついた。
ガランは気にせず、不安そうに自身を見上げているシャナと目線を合わせるため膝を付く。
「セス、俺たちも連れていけるか? よし。――シャナ、絶対に傍を離れないと約束できるな?」
「っうん! やくちょくするっ!」
「よし、なら行くか。――お前たち、あとを頼むぞ」
「「はっ。お気をつけて」」
そして、騎士たちの目の前で、ふわりと吹いた風とともに、ガランたちの姿はかき消えた。
それを見送って、残された騎士たちは、この事実を消すために動き始めるのだった。
そして――現在。
――ああ、そうか。
自身が膝をついてもなお、抱きついて泣き止まない少女を、少年は、無意識に抱き締める。
目が、熱い。その熱さに耐えられずに、少年は目を閉じる。
今まで空になりかけていた心が、急速に満たされていくのを感じた。
そしてそれは、
――俺は、この子に会うために生きてきたのか。
はっきりとしない頭でそれだけを思い、少年はより少女を抱き締める。
いつの間にか、少年の涙は止まらなくなっていた。
より身近となった少女の泣き声と、その温かさに、少年は泣き疲れるまで泣き続けたのだった。
「……寝たか」
「あれだけ泣けば疲れるだろ」
シャナの泣き声と、必死に耐えようとしていた少年の泣き声が止み、しばらくすると、ガランとレイエルは動きを再開させた。
「一瞬、死んでいるのかと思ったぞ」
「……まぁ、心は死にかけていたのだろうな」
セスの力で転移してきた直後、ガランとレイエルは、窓際に腰かけた少年を見て息を呑んだ。
少年自身顔立ちが良いようで、精巧に作られた人形がそこにいるのかと思ったほど、少年の姿は現実離れしていた。
レイエルに同意したガランは、眉を寄せたまま黙り込む。レイエルも何かを思案するように黙り込んで、やがて、口を開く。
「……シャナを見た瞬間、あの子は涙を流していた。まるで、酷く恋い焦がれていたものに出会えたかのように……」
「……もしかしたらシャナは、赤を纏う者たちにとって、最も大きな、それでいて、唯一の希望なのかもしれない」
少年を想って痛ましげに眉を寄せたレイエルに、ガランはシャナを見つめたままそう言った。
「赤を疎むこの国で生まれたからには、彼らは平穏には暮らせない。シャナやこの少年、もう一人の少年のように、目に見える“赤”は魔法で一時的に消せはしても、絶対ではない。それに本人がいくら家族に恵まれようとも、やはりどこかに不安はつきまとう」
「その不安を払拭するのが、シャナだとでも?」
「精霊たちの反応、セスやロトとの出会い。他にも、人ならざる者たちがシャナに固執するかのように、その存在を主張する。それに、この少年の反応も然り。――どう考えても、シャナの存在が、彼らに幸福や安堵といった感情を与えているとしか思えない」
訝しむレイエルにガランは続ける。
「赤を纏う、ということだけで無条件に注がれる彼らからの愛情は深く、酷く一方的だ。俺にはそれが、とても残酷なことに思える。シャナの意思など関係ない、とばかりにこうしてシャナを出来事の渦中に引きずり込む彼らは一体、シャナをどうするつもりだ? 彼らは、シャナが感じる悲しみも恐怖も、一切考えずに自分達だけ、もしくは、その大切な存在だけを、救ってもらおうと思っているのではないか? ……たまに、そう思うことがある」
真剣な様子で酷く苦々しそうに言うガランに、レイエルは困惑し、次いで視界に入ってきたものに気づくと苦笑した。
「それは言い過ぎだ、ガラン。とても不服そうだぞ」
「うなう」
視線で促せば、ガランは足元でこちらを見上げるセスと、その頭の上に乗っているロトに気付く。
とても不満げに鳴くセスと、同じく手にしている花を振り回しているロトに、ガランは一瞬呆気に取られて苦笑した。
「すまん。そうだな。お前たちはそんなことはしないな。悪かった」
「それに、精霊たちだってシャナが落ち込んでいると一緒になって落ち込んでいるようだ、とかお前が言ったんだぞ」
「そうだな。そういえばそうだったな」
ガランが謝ったことで、セスとロトは満足したのか、シャナと少年の元へ寄っていった。
「ああ、あんなところに転がってたらまた風邪を引くな」
レイエルがそれを追いながら溜め息をついた。ガランもまた、シャナに近寄るとその身体を抱き上げる。
彼らは、奥の部屋にあった少年のだろうベッドを使わせてもらうことにして、二人を運ぶ。
「食糧を持ってくるべきだったか」
セスがベッドの中に潜り込むのを見届けて、ガランはレイエルともとの部屋に戻ってくる。
ガランは窓の外を見つめながらそう呟いた。あと数時間もすれば、夜が明ける。
「それなら、あるぞ」
レイエルはその言葉に手にしていた小さな鞄を掲げると、苦笑した。
「こんな便利なものシャナに持たせたら、
空間収納という魔法を付与させる実験に成功してしまったが故に、色々な問題を起こしつつあるその鞄は、シャナのお気に入りの鞄。母、レスティアに作ってもらった大切な鞄だ。
「言っとくが、朝食分しかないからな。あとは向こうと合流すればなんとかなるが、そんなに長く城を空けてられないからな」
「わかってる。おそらく、この騒動も一日とかからず終わるだろう」
すっかり雨が上がった空を見上げながら答えたガランに、レイエルは口を開くが、結局は何も言わずに頷くのだった。
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