第3話 シャナと幽霊?



 この年、シャナは三歳になった。

 しかし、喜ばれるべき王女の誕生日は公で祝われることはなかった。

 その日もまた、身内とシャナを大切に想う者のみでシャナの誕生日を祝った。

 たった一文の伝承は深く人々の心に根を伸ばし、第二王女の誕生日に花々が赤く染まることから人々の恐怖は、不信感は、第二王女へと向けられていた。

 それ故に、シャナは城内すらもまともに出歩けない。

 そして、三歳になったこの年から、シャナの周囲ではそんな彼女の事情をものともせずに様々なことが起き始めるのだった。





「――シャナ。あの白い雪花はどうしたんです?」


 誕生日も無事過ぎたとある日、王や騎士団、魔術師団の副団長、王弟といった国の重要な人間が内々の会議のために顔を揃えていた。

 つい先程それも終わり解散となる際ひょっこり現れた子供たちによって、和やかなお茶会へと転じている。

 そんな中、団長の代理で来ていたルーデンスがふとシャナに問いかけた。

 ルーデンスが指したのはテーブルの上に飾られている雪花である。


「えー?」

「どうやって白くしたんですか?」

「むむぅ~ってやったったらなったった?」

「……いや、首を傾げられても」


 庭で剣術の稽古をしているサイラスとジークを見ていたシャナは首を傾げると、両手を合わせて何やら力を込めた仕草をしてみせた。

 そしてにぱっと笑うと首を傾げた。

 ルーデンスは苦笑してその真意を考える。


「魔力を流し込んでいるんでしょうか……」

「そういえばシャナやサイラスたちの魔法適性はどうなんだ?」

「……その話は以前したはずですが」

「忘れた!」


 思考しているルーデンスを引き戻したのは国王――シャナの父親であるガランだった。

 ルーデンスはその言葉に顔をしかめると溜め息をついた。


「……サイラスとシャナは適性が高いですよ。シャナだけじゃなくサイラスも元々の魔力は多いですからね。ジークも平均値ですからこれから成長するにつれてどう増えるかですね」

「ジークは魔法にそれほど興味がないようですからあまり期待できませんがね」


 王弟――ジークの父親であるエルトがジークを見て苦笑した。

 ルーデンスもまたサイラスたちの方を見ている。


「確かに体を動かす方が性に合ってるみたいですね。まぁそれはそれで良いのでは? ディセイドが才能があると言ってましたよ。逆にサラ王女は適性が高いとは言えませんが、本人はまったく気にしていませんでした。というか陛下、サラ王女がシャナに可笑しなことを吹き込むのをやめさせてほしいのですが?」

「あれなりにシャナを楽しませようとしているんだろう。シャナも喜んでいるからな。俺としては止める必要はないと思うが」

「……危なっかしいんですよ、シャナは特に」


 ルーデンスは溜め息をついてシャナへと視線を走らせる。


「ディー! シャナもシャナもー!」

「シャナはもうちょっと大きくなってからな」

「むむー」

「お前の父上も五歳になってからって言ってただろ?」

「ごちゃい? シャナさんちゃいれすよ!」


 時折、サイラスたちに声をかけながら彼らの鍛練を見ているディセイドの周りをシャナはうろうろしていた。

 間の抜けたようなシャナの言葉に、その微笑ましい光景に、ルーデンスたちの頬が緩む。

 誰もがその和やかな時間に浸っていたとき、不意にシャナが動きを止めた。

 周囲の木々に目を向けている彼女に皆が首を傾げる中、ルーデンスはいち早く原因に気付く。


「また、ですか……」

「シャナ、どこ行くんだ?」


 ディセイドが走り出したシャナに声をかけるが、シャナは一番近い木の周りを一周して顔を出した。


「あれー? ゆーれーいにゃーい!」

「ゆうれい? 精霊のこと?」

「何色の精霊だ?」

「おしょらのいろ!」

「水の精霊だね」


 サイラスとジークにシャナは両手を上げて答えている。


「やはり精霊ですか……」


 この世界には人とは隔絶した力を持つ生き物たちがいる。

 その一つである精霊は通常、その姿を確認できない。景色に溶け込み、人前には滅多に姿を見せることがない。

 ただし、魔法魔術に優れた人間には、多少の差があれどその気配を捉えることができた。

 そして、その中でも精霊側から気に入られた人間は稀に精霊と言葉を交わすことができる。


「契約精霊ですか?」

「いえ、かの精霊とはまた違う気配ですね。昔からこの王宮によく出入りしている精霊のようですよ」

「昔から?」

「ええ。私が出仕し始めた頃には既に似た気配がありましたからね。それに、この気配は魔術師団の周囲にもよく感じられますし」


 エルトがルーデンスに問うと、ルーデンスは首を振った。

 精霊にもそれぞれ異なる気配があり、容姿がある。

 人の世に伝わる精霊は、子供の姿をしていて空中を飛んでいると言われている。

 そして彼らは人よりも遥かに長い時を生き、その長さに比例して力も強くなるのだと。

 そのどちらも正しいことであるのは既に確証されている。

 そしてさらに付け加えるならば、彼らは人とある種の契約を交わすことができるということだろうか。


「てことはギルバートのとこの奴ではないな」

「陛下は会ったことがあるんでしたね」

「たまに顔を見せるぞ。シャナとも遊んでいくらしい。どうもシャナは奴の名も聞き取れているようだ」

「は……?」


 ガランが言う水の精霊は人と契約を交わした精霊のことだ。

 人と精霊が契約を交わすのは、人にとっても精霊にとってもとても大きな意味がある。

 人と精霊、双方の願いが見合ったとき、彼らは互いの真名を契約の証として相手に示す。

 それまでにたとえ精霊にどれだけ好かれていようと、互いの意思が見合わなければ人側に精霊の真名は届かない。聞き取れないのだ。


「まぁ、奴がいつも訂正していることを考えると、シャナは適当な名で呼んでいるようだが」

「訂正? 陛下は名を聞いたことが?」

「いや、俺には聞こえない。それに精霊は契約者となりうる者にしか名を告げることなどないだろう。増して奴は既に契約を交わしている。人風に言うならあれは裏切り行為に近いが、どうもシャナはそういうものを抜きにして奴等にとって特別な存在らしいな」

「それは……また難しいですね」


 契約を交わすわけでもなく、シャナ側にその意思があるわけでもないのに、名を教えられ聞き取ることができるなど本来ならありえないことだ。

 しかしそれは今事実としてルーデンスたちの目の前にある。

 ルーデンスもエルトもその意味を考えて、眉を寄せた。


「しかし、水の精霊か。そいつは夏の間も城に出入りしてるのか?」


 春真っ最中の現在、暖かな日が続いている。あと二、三ヶ月もすれば季節は夏へと変わるだろう。

 精霊とは不思議な生き物で、自身の属性に近い気候や土地を好む傾向がある。それは理解できるが、不思議なのは苦手とする気候や土地に身を寄せ続けるとその存在がより希薄になるという特性を持っていることだ。

 精霊にもこだわりがあるらしく一所に留まることも少なくないのだという。

 しかし、そんな彼らには力を失わずその場所に留まることのできる方法がある。


「ええ 。高位精霊のようですから耐性があるのでしょう。誰かしらと契約という繋がりを持っていた方が確実でしょうが」

「契約者の魔カで身体を安定させるんでしたね」

「彼らはそんなことのために契約を結んだりしませんけどね」


 ガランに頷いたルーデンスに、エルトが思い出したように呟く。

 それにルーデンスが苦笑する。

 まったく不思議な生き物だと改めて思う。

 力の大きさによって下位から高位に区別され、人と契約することでよりその姿や力の安定に繋がっている。

 高位精霊にもなると人前に姿を顕現させるのは簡単らしいが、それ以外の精霊はそうではない。

 彼らは人と契約することで自在に姿を顕現できるようになり、消えてしまうかもしれない可能性を払拭できるのだった。

 ルーデンスたちが精霊について話している時、シャナがこちらに戻ってきた。


「ちちうえー、シャナにゃんこほちい!」


 突然そんなことを言い始めたシャナにガランは笑った。


「猫か。いいぞ。どんな猫だ?」

「しりょくてーおっきいにゃんこ! びりびりしちぇるの!」

「びりびりか。ふむ。見つけたら飼っていいぞ!」

「うん! シャナみちゅけてくりゅー!」

「またおかしなことを……」

「白くてビリビリ……まさか」


 呆れたように親子を見る横でルーデンスが訝しげに呟くが、誰も気付くことはなかった。

 しかし、彼の思い浮かべたものを肯定する出来事が起きるのはそれからすぐのことだった。


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