赤と黒の軌跡

第1話 兆し





 ――咲き乱れし赤、降り注ぐ災禍を背負い混沌の渦へと導かん――







 咲き乱れる花は赤く、花壇一面に広がっている。

 穏やかな陽気が人々を包むその日、その国の王を始めとした重役たちが王宮の一室にて顔を合わせていた。


「――女の子よ。鮮やかな赤い髪に、輝くような夜空の瞳の女の子だわ!」


 王宮の中でも最奥に位置する王族の居住区、私的な客を招くための部屋の一室に、彼らはいた。

 愛しむように自身の膨らんだ腹部に手を当てて、この国の王妃――レスティア・エル・ド・オーランドが弾んだ声でそう言った。

 そして、嬉しそうな様子から一変して周囲にいる男たちを一瞥する。


「――まったく、いい年した大人が顔揃えてまで重々しい空気出さないでちょうだい。ここに身重の女性がいるのを忘れて?」


 ホント嫌になっちゃう、とその場にいる男たちを睨む。しかし、すぐにその視線を和らげ傍らに控えていた侍女に微笑んだ。

 お茶にしましょ、とレスティアに告げられた侍女――スーリは心得ているとばかりに笑みを返すと手早く準備した。


「ああ、そっちの男共には用意しなくていいわ。――まったく、こっちまで気分が下がっちゃうわ」

「かしこまりました、レスティア様」

「――決めたぞ! 生まれてくる子供の名はシャナステアだ! ――ああ、スーリ。俺にも入れてくれ」

「かしこまりました、陛下」


 一人優雅にお茶を飲み始めたレスティアの横で突然声を上げたのは、この国の王でありレスティアの夫でもある、ガラン・エル・ド・オーランドだ。


「ふぅ。一仕事した後は休憩にかぎるな」

「あら、あなた。真剣に何を悩んでいらっしゃるのかと思えば、この子の名前を考えてくれたのね。――シャナステア。いい名前だわ」


 一息ついてから、朗らかに笑ったガランに、レスティアは嬉しそうに微笑んだ。


「あの花のように鮮やかな色の赤髪に青銀の瞳か。きっととても美しく育つだろう。レスティア、お前のように――」

「あらまぁ、あなたったら――」


 愛しそうにレスティアの腹部に手を添えて未だ見ぬ赤子に思いを馳せた後で、ガランがレスティアに甘く囁く。

 その言葉に、レスティアの瞳にも熱が宿る。

 しかし、それを遮ったのは大きなため息だった。


「…………二人の世界に入るのは別の所でしてください」


 冷めた瞳で二人を見ているのはエルト・フォン・スカディウス――国王ガランの弟だ。

 彼はガランが即位すると同時に、前王弟であり公爵位を持つ叔父の養子となった。いずれは公爵位を継ぐことになる。

 レスティアは割って入った声に不満げに、恨めしげに視線を移した。


「あら、馬鹿げた言い伝えへの対策は考え付いたのかしら?」

「……レスティア。私たちは何も貴女の言う“馬鹿げた言い伝え”のことで悩んでいる訳ではありません。……まぁ、関係ないこともないですが」

「あら、そうなの?」

「そういえばそうだったな」

「……人の話を聞いてませんでしたね」


 エルトの言葉に先程とはうってかわって無邪気に首を傾げたレスティアと、今回の話の主旨を思い出したかのように呟いたガランにエルトは再びため息をつく。


「……どうしてこう、うちの王族は暢気なのばかりなんですかね。叔父上は叔父上で『年の違う女の子二人への贈り物は同じだとまずいだろうか』なんて、考えなければならないことそっちのけで悩んでいらっしゃるし……」


 肩を落としてそう呟くエルトに、それまで静観していた魔術師団と騎士団の副団長たちがそれぞれの副官と顔を見合わせ苦笑した。

 始めに口を開いたのは騎士団副団長ディセイドである。


「まぁ、宰相様はともかくそっちの親バカ夫婦はいつものことだろう、エルト」

「そうですよ。ガランのあれは生来からの悪癖でしょうから、今さら治らないでしょう。治す労力も時間も無駄ですしね」

「……副師長、それは……」

「――ところで、話を進めませんか?」


 慰めの言葉をかけたディセイドに続き、魔術師団副団長ルーデンスが口を開くが出てきた言葉に彼の副官が言葉を失っている。

 ディセイドも呆れたような視線を向けるが、すかさず彼の副官が場を取り為すように口を開いたのだった。




 未だ二十代という若さで一国の攻守の要である騎士団、魔術師団の副団長を勤める彼らは、その年でその肩書きを担うだけあって優秀である。

 同じく二十代である若き王を団長たちとともによく支え、ともに国を守っている。

 王が王となる前から付き合いのある彼らにとって、その若き王は大事な友人であり後輩であり、仲間だった。

 王にとっても彼らは良き臣下であると同時に信頼できる頼もしい仲間だった。

 そんな彼らは公の場以外、仲間内で集まるときには王と臣下という枠から外れることがある。

 例えば、現在のように。


「――で? これからの対応はどうするつもりだ? 団長たちもさっさと方針を決めろと言ってたぞ、ガラン」


 先程までのおかしな空気を一掃すべく口を開いたのはディセイドである。

 それに続く形でルーデンスも口を開いた。


「私たちとて、お生まれになる御子のことはあまり心配していませんよ。貴方方の子です。まぁ、色々と不安ではありますが人の道を逸れるような子にはならないでしょう」

「…………」

「一番の心配は周りの反応でしょうね。今はまだ雪花セツカが赤く染まってるのはレスティア様の庭の周囲だけですから隠し通せていますが……広がってるんですよね?」


 何か言いたげな副官の視線をよそに、ルーデンスは言葉を続ける

 途中でふと何かを思い出したのか、レスティアに視線を移した。


「ええ。そもそも最初は一つだけだったのよね、スーリ」

「はい。翌日にはその花壇はすべて変わっていましたが、レスティア様のお部屋から徐々に広がるように赤い花が増えています」

「そうなのよ! それにね、私が出歩いた所の花も翌日には変わってたわ! すっごく鮮やかで綺麗な赤色だったから、私嬉しくって歩き回っちゃったわ!」

「人が必死になって隠しているというのに、貴女は何をやってんですかっ!」


 補足するようにスーリが言った言葉にレスティアが頬に手を当て微笑んだ。

 その後告げられた言葉にエルトが憤慨するが彼女はまったく気にしていない。


「もしかして王宮中のセツカが赤くなるのかしら!? この子は祝福されて生まれてくるのね!」

「確かにあの鮮やかさは喜びを表しているみたいだな。そうなると、俺たちの娘は世界に祝福されたも同然だな!」

「ふふ、早く生まれてこないかしら」


 どこまでもマイペースな国王夫妻に、スーリ以外の面々は揃って溜め息をついたのだった。


「……話が進まないですね」

「今まで一度だってすんなり話が進んだことあったか?」

「……それもそうですね」

「お二人とも、今回のことは話が進まないと困るでしょう」


 ディセイドとその副官――キースの会話に、すぐ傍で聞いていたルーデンスの副官が一応という風に口を開いた。彼はセレグという。


「それにさすがにエルトが不憫になってきましたし……」

「……それもそうだな」


 セレグは先程のキースのようにディセイドが頷いたのを見てからルーデンスを振り返った。

 彼の隣にはいつになく冷ややかに兄夫婦を見つめるエルトがいるが、セレグは何かを思案している様子の上司に首を傾げた。


「どうしたんです、ルーデンス?」

「――ああ、いえ。なんでもありません。ところで、エルト。埒が明かないので話を進めましょうか。放っておいても勝手に着いてくるでしょうから」

「……そう、ですね」


 同じように冷ややかに国王夫妻を見たあとで、ルーデンスはエルトに笑って見せる。

 口角を上げただけのその笑顔と自分以上に冷ややかな瞳をしたルーデンスに、爆発寸前だったエルトは逆に落ち着いたのだった。

 





「――結局のところ、今はそれぞれに護衛を増やすことしかできませんね」

「仕方がないとはいえそれこそ最も重要なことですよ。本当にレスティア様の言う通りならば、あの赤い花は生まれてくる子を示していることになるのですから」

「王族に赤の兆しが見えたとなると、民も動揺するでしょうからね。――まぁ、もっとも反発するのは今でさえ権力にすがる貴族でしょうが、伯爵以上の貴族たちがそれに引っ張られる可能性もあります。十分、注意しておきましょう」


 長い時間の話し合いの末で溜め息をついたエルトに、ルーデンスとセレグが慰めるように言う。

 ディセイドとキースもそれに頷く。


「まぁ最低限の対策も練れたことだしな」

「あとのことは御子が生まれてから、ですね」


 彼らの言葉にしばらく沈黙していたエルトだったが、その後、一つ溜め息をついてから頷いたのだった。

 ルーデンスはそれを見守ってからレスティアに視線を移した。


「ところで、何故レスティア様は生まれてくる子の髪が赤だと思うんです?」

「え? ――ああそれはね、あの花が見せてくれたのよ!」

「…………はい?」


 ふふん、と自信満々に告げたレスティアに王とスーリ以外の面々が一拍の後に首を傾げた。

 その様子にレスティアが今度は不貞腐れたように頬を膨らませる。


「正確には後ろ姿だけなんだけど、って信じてないわね?」

「……いえ、ただの想像だと思っていたので驚いただけです」

「その間は何よ? ――まぁいいわ。教えてあげる。最初の一つを間近で見たとき、頭の中に小さな――そうね、三歳くらいの女の子の後ろ姿が浮かんだのよ」


 その時を思い出したのか、子供の姿を思い浮かべたのか、レスティアはふふと微笑んだ。


「不思議とお腹の中の子だとわかったわ」

「……瞳の色は?」

「それもあの花よ。あの赤いセツカ、夜になると色が変わるの。星が浮かぶ夜空を写し取ったように深い――あなたが言ったような青銀になるのよ」


 レスティアは途中で言葉を探すように思案した後、隣に座る夫を見て笑った。

 そして、ルーデンスたちを見る。


「言っとくけど、それはスーリも確認済みだからね」

「はい。部屋の中でもそれは綺麗な青銀色でした」

「最初はただ光が当たってないから暗く見えると思ってたのよね。でもよく見ると淡く光を放ってたから確認したの」


 レスティアの話は信じがたいものだったが、そもそも赤く変わること自体異常なのだと、全員が信じたのだった。

 今度確認してみようと誰もが思ったとき、レスティアがとんでもないことを言い始めた。


「だいたい私、あの赤い花引っこ抜いてやろうと思って庭に下りたのに」

「――――」

「それか庭を灰にしてやろうと思ってたのよ。それが子供の姿を見せてくるなんて反則だわ。あの花とんだ策士ねっ」


 気に入らないと思いきり語っているレスティアに、エルトは言葉を失い、次いで呆れたように溜め息をついた。

 ルーデンスたちは苦笑している。


「あっはっは! さすがはレスティアだ!」

「相変わらずですねぇ」

「やけに大人しいと思ってたら既に行動に移してたんですか……」

「未遂のようだけどな」


 呆れているような関心しているような声音で言ったルーデンスに続いて完全に呆れているエルトが溜め息をつく。ディセイドがそれに肩を竦めるのだった。






「……ルーデンス、先程は何を考えていたのです?」


 話し合いも終わり、それぞれがそれぞれの仕事場に戻る途中、セレグがルーデンスに問いかけた。

 その控えめな問いに、ルーデンスは不意を突かれて立ち止まってしまう。

 セレグの声に気付き、前を歩いていたディセイドとキースも足を止めている。

 エルトは一足先に戻っているのでここにはいない。


「貴方が思案しているのはお生まれになる御子のことでしょう? 言い伝えのことで何か……?」

「……いえ、まぁ確かにその出所などは気になりますが、そうではなく――」

「そうではなく……?」


 静かな問いかけに、ルーデンスは口を閉ざした。そして、しばらくの沈黙の後で息を吐き出すと顔を上げた。

 いまだ人払いされた王族居住区の廊下で、窓の外へと視線を移す。


「……ガランが言ったでしょう。世界に祝福された子だ、と」

「……ええ。改めて考えるとあの赤い花が咲いた頃から、精霊などの気配も多くなっていますし、あながち間違っているわけでもないかもしれません。それに、もしそうだとすれば――」

「もしかして、言い伝え云々よりも現実味はある、か?」


 呟くように言ったルーデンスに、セレグは彼がそれを半ば信じていることを知る。

 そして、その言葉の意味を考えていると、ディセイドが言葉を奪うようにそう言った。


「だが、それならそれは喜ぶべきことじゃないのか?」

「……ルーデンスは何を警戒しているのですか?」


 ただ単純に喜ぶわけでもなく、ルーデンスの思考を読み取り問い掛けてくる彼らに、ルーデンスは溜め息をついた。


「普通、生まれてくる子の加護や魔力量というものは生まれる以前には知り得ないことです。しかし、レスティア様のお腹の中の子は既に、外の世界にその影響を及ぼしています」

「影響……?」

「あの赤いセツカは御子の魔力で変色していると思われるんですか?」

「それだけではありません。ここ最近、以前にも増して精霊が王宮に出入りしています。そしてそれ以外にも人ならざるものたちが起こす出来事も増えています」


 赤く染まる花たち、活発化する人ならざるものたち。

 言い伝えなど払拭してしまうほどの鮮やかな赤を咲かす花。

 まるで今か今かと御子が生まれるのを待っているかのように出入りする精霊たち。

 明らかに喜色の色を浮かべる精霊の気配に、度重なる摩訶不思議な現象は、それらすべてが生まれてくる御子を歓迎しているようで―――。


「まるで奇跡のように、彼らはあの子の誕生を待っている。――それは一体、何故です?」

「何故……?」

「何故、彼らはあれほどにもあの子の誕生を待ち望み、わざわざ多すぎると言えるほどの加護を、祝福を授けるのです? そして、何よりも――あの子は何故、それほどの祝福をその身に受けるのですか……?」


 いつになく、厳しい表情でそう言ったルーデンスに、ディセイドたちは困惑する。

 しかしルーデンスは構わず話し続ける。


「まだ誕生してもいない子が何をしたと言うんです? 生まれつき加護を受けているとか魔力が多いなどの話はいくらでもあります。けれど、周囲の目に見えるほどの加護を受けて生まれた子が、今まで一人だっていましたか? そんな膨大な加護を受けるようなことを生まれてもいない子が出来ると思いますか? それなのに彼らは、生まれてくる子がまるでどんな子か、知っているかのように惜しみ無く愛情を注いでいる。――一体、彼らにとってあの子は何なのです?」


 静かに告げたルーデンスのその問いに答えるものはいない。ルーデンスもそれを望んでいるわけでもない。

 しかし、彼らはルーデンスの予想に簡単に至ってしまう。


「この国の王族は総じて精霊などの加護を受けやすいですから杞憂かもしれませんが――」

「待て。そこまで言われれば俺だって気付く」


 曖昧にしてしまおうとしたルーデンスを止めたのはディセイドだったが、その言葉にセレグやキースも頷いている。

 そして、彼らはその答えの先にも辿り着いている。


「……つまり、ガランの子は何か、役目を負っていて、……例えば、人以外と人を繋ぐとか?」


 昔に比べて精霊など、人ならざるものたちを目にすることができる人間は少ない。

 それは彼らの領分を侵しかねないという問題も浮上し、無視できない案件になっている。

 しかし、ここではそれはあまり関係のない話だ。ディセイドもわかってはいるが、本筋を避けずにいられなかったのだ。


「……まぁ、貴方の気持ちもわかりますがね。――もし、私たちが考えるとおりなら、あの子は何らかの役目を負っているといっていい。そして、その役目は精霊たちをも守る役目なのでしょう」

「確かにそれなら彼らの行動に辻褄が合います。ですが……」

「ええ。ただでさえ人と隔絶した力を持つ彼らを守る。――そんなこと、ただの人間ができるわけがない」

「それを加護で補ってるってのか?」

「……いえ、恐らく生まれてくる子の能力は元々高いのでしょう。魔力量も加護からではなく元々のもので、その魔力で精霊たちは生まれてくる子の存在に気付いたと言っていい。彼らが姿を頻繁に現したのはご懐妊がわかった時ではなく、花が赤くなり始めてからですから。そして彼らは、御子に加護を与え始めた」


 ディセイドたちは溜め息をついたルーデンスに、同じような思いを抱きながら、先を待った。


「能力の高い子にさらなる力を注げば、おのずとその力は何者にも干渉できないほど強力なものになる。あれだけの加護を受ける子です。それは、恐らく一国を滅ぼすことさえ簡単でしょうね」


 ルーデンスの言葉に最悪の事態を想像したのかディセイドだちが息を呑んだ。


「……もしものことなど考えたくもありませんが、私たちは常に最悪の事態を想定して動かなければなりません。それがたとえ、ガランの子であっても」


 ルーデンスのそれはまるで、自分自身に必死に言い聞かせているような響きを含んでいた。

 ディセイドたちも、改めて生まれる子の奇特さと重要さを噛み締めて頷いた。

 そして、ディセイドは肩を竦めて苦笑した。


「まぁ、そうならないようにするのが俺たちの役目だな。また当分は大忙しだな」

「改めて色々調べなければなりませんね。そして、慎重に側に付けるものを選ばなければ」

「ただでさえこの国にはあの言い伝えが根を張っていますからね。その風当たりを軽くするためにも、信頼できるものを選ばなければならないですね。そして、姫を独りにさせないようにしなければ」


 ディセイドに続いて、この空気を払拭させるかのようにセレグが穏やかに言えば、キースも頷いた。

 ルーデンスはそんな彼らに、同じように前に向かってくれることを感謝しつつ、頷いた。


「そうですね。やることは今までと変わりません。はっきり言って陛下に試されているようで非常に癪ですが、私たちは変わらず自分の為すべきことをしましょう」


 飄々としている自分達の王は、常に周りの目を欺いているといってもいい。本当のことであれ、嘘であれ、あの王の言動は人を動かす。それは彼の本質ではあるが、計算していることもあった。それができるほど頭の切れる・・・・・人物なのだ。

 ルーデンスがこの考えに至ることもわかっているだろう。そして、その上でルーデンスたちの反応を窺っている。

 仲間としては信頼し、王としては信じていない。

 信じていないというのは語弊があるかもしれないが、王としての彼は無条件で人を信じることを良しとしない。いつだって、相手の本質を見逃さないように観察しているのだ。

 そして、ルーデンスたちもまた、彼を仲間として信頼し、王としてその裁量を精査するのだ。今まで国のために尽くしてきた王が道を外さないよう傍で目を光らせるのである。


(……まぁ、あの人はいつだって寄り道ばかりですが)


 それでもやはり筋が通る彼の歩みに、自分たちは信頼を向けている。

 そして、お互いを見定め続けることで自らを戒め、相手を牽制する。

 昔からいつだってそうやって生きてきた。それが今さら変わることもなく、これからもそうやって生きていくのだ。

 自らが決めた主とともに、ルーデンスたちは歩いていくのだ。

 大切なものたちがいる、この国を守るために――。


「また一つ宝が増えるんだ。気張らんとな。――ところで、姫なのは確定か?」


 同じようなことを考えていたらしいディセイドが、ふとキースを見た。


「花のお告げ、らしいですから」


 キースは肩を竦めて苦笑している。


「お二人の子です。きっと優しい子に育つでしょう」

「お前まで……。サイラスが弟がいいとか言ってたんだが……」

「サラリア王女はレスティア様よりも先に女の子だと騒いでましたがね」

「……ジーク様は問題児なイトコじゃなきゃどっちでもいいとか言ってましたよ」

「ジークは何だかんだでエルト似だからな。苦労しそうだな……」


 軽口を言い合いながら歩き出したディセイドたちに呆れつつ、ルーデンスは肩の力を抜くようにひとつ息をついた後、その背を追って歩き出すのだった。


 ――どうか生まれてくる子に、多くの味方が出来ますように。







 彼らは願う。

 ――生まれてくる子に生きる喜びと、たくさんの安心があればいいと。

 彼らは想う。

 ――生まれてくる子の幸せを。

 彼らは祈る。

 ――生まれてくる子の心が折れないように。立ち塞がる不遇に負けないように。


 未だ見ぬ子にたくさんの想いを寄せて、彼らはその行く末を思案する。

 そして、彼らの祈りと願いのもとに彼女が生まれるのはその三ヶ月後のこと。

 国王夫妻と特に親しい者たちにとって、その日はそれはそれは記念すべき日となる。

 しかしその一方で、 人々の世には戦慄が走る。



 待望の第二王女が誕生したその日、国中の花という花がその色を変える。

 花たちが示すは――赤。

 見とれるほどの色鮮やかさを見せる赤色の前で、人々はただ驚愕し大混乱に陥った。

 彼らの心を占めるそれは――恐怖。

 自然災害に人災、魔物による災害―――あらゆる可能性を示唆した赤は、人々にとって恐怖の象徴だった。

 そして、人々の恐怖は、恐怖によって狂った狂気は、王家――その日に生まれた第二王女へと向けられることになる。



 ――咲き乱れし赤、降り注ぐ災禍を背負い混沌の渦へと導かん――



 詳細も語られず残ったそのたった一文が、一人の少女を時代の奔流へと引き寄せることになる。




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