第5話◆幼なじみと受験
受験勉強らしい勉強もせず……、と言って普段から熱心に勉強もしていない。そんな僕が選んだのは、小論文と面接で入学できる高校だった。言葉は悪いかもしれないけど、小論文と面接なんてものは、小学生レベルの作文と適当な受け答えでなんとかなるものだと下に見ていた。中学生に地上30センチの幼稚園児用のハードルを飛び越えろと言っているようなものである。僕が冬休みに享楽に溺れたのは、言うまでもないだろう。
適当にネットで検索すると、バラ色の成就が送れると大々的に謳った――公立とはいえ学費欲しさによだれを垂らして学生を待ち受けているような高校である。面接などで落ちるはずがなかった。
自堕落な僕とは対照的に、ミウは自分の腹に据えた夢を追って、努力を続けているようだった。冬休みの間、僕の部屋からは、真向かいの家の彼女の部屋で、机にかじりついている姿がずっと見られた。たった2週間程度だが、ミウを外で見かけることは一切なかった。
「ずっと勉強してたの?」
「まぁね、M高に行くからさ。あそこ学科しかなくてちょっと時間使わないと受からないんだよね。私の実力だと」
M校は、県内でカシコ系といわれる偏差値の高い高校だった。全国模試平均程度では、ミウのように机にガッツリかじりつかないと飛び越えられないハードルがある。余裕をぶっこいている僕なんかが飛び越えようとした日には、全力ジャンプでもバーにかすりもしないだろう。良くて鼻面を打って、その僅かな挑戦の証を示せるくらいだ。
「S校で体育の先生目指すんじゃなかったの?」
噂の真相を確かめるように尋ねたが、すでに本人はMに行くと言っている。僕の言葉は努力している彼女の弱音を探るようで、虚しさがこみ上げてきた。
「迷ったけど、高校で将来決めるのも早いかなって。モラトリアムに逃げてみちゃった」
ミウは照れを隠すように舌を出して、おちゃらけてみせた。
「それよりも、あっちゃんの面接来週でしょう。ちゃんと準備してる? 私が『君がぁ、あー、この高校を死亡する理由を教えてくれ』って面接官してあげよっか」
「いいよ、恥ずいし」
「面接なんて恥ずいもんだよ。あることないこと言って、詐欺師になんないとね」
「それ本気で言ってるの?」
僕はジト目でミウを睨んだ。
ミウはケラケラと声を上げて笑い「あっちゃんが緊張しないように勇気づけてあげてるだけだよ」と僕の背中を勢い良く叩いた。相撲取りやプロレスラーが気合を入れるためにほっぺたを張るように、ミウの手のひらからかなりのエネルギーを感じた。
「落ち込んでるかと思ったら、アニメ見てるの?」
突然ミウが部屋に入ってきたと思ったら、カーテンを全部開け放ち、部屋の中に光を呼び込んだ。白い光のなかで、ミウは怒っているとも、呆れているとも取れる目で僕を見下ろしていた。
「なにも考えたくないから」
僕はそう言ってミウに背中を向けた。
後ろで、テレビの電源がオフになるのを聞き、そしてミウが背後に迫ってきたのを感じた。背中に得も知れぬ迫力が伝わってくる。それが彼女のからだから発せられる体温だと気づくのに、とても長い時間を要した。
「面接落ちたって? うまく出来なかったの」
「理由は、学校側に聞いてくれない」
「別に興味ないし。それより今じゃ面接試験やってるところないから、学科やるしかないでよ」
それは、僕自身がよくわかっていた。だから、振り返って仁王立ちしているミウの顔を言葉もかけずに見上げてやった。落ち込んでても、なにも覚悟をしてないわけじゃない。それを伝えるために、僕は瞼の裏の黒い縁が視界を半分覆い隠すほどの目つきで睨み上げた。
ミウは、ふっと笑みをこぼし「怖いよ」と肩をすくめる。
そして、手に持っていた紙袋を僕に手渡し「じゃあ、また明日学校でね」とさっさと帰っていった。僕の目つきに狂気と畏怖を感じ、身の危険を感じて尻尾を巻いて逃げたわけではない。それは彼女がおいて行った、小さな紙袋に入っている合格祈願のお守りが語りかけていた。
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