もしもお兄ちゃんがゲームの世界で爆乳お姉ちゃんになっても

つけもの

プロローグ

 夕日を背に、私とお母さんは河川敷を歩いていた。

 私はお母さんと手を繋ぎながら、川が穏やかに流れているのを見下ろしたり、運動着を着た人たちが私たちの横を走り去っていくのを目で追っていたりしていた。

「日影」

 名前を呼ばれて、すぐに私はお母さんの方を見た。

「なぁに?」

「私ね、また病院に行かなくちゃ行けないの」

「うん」

「だから、お父さんとお兄ちゃんをよろしくね」

「わかったよ」

 お母さんの顔は笑っていたけど、本当は笑顔を作るので精一杯なのを幼い私はなんとなく感じ取っていた。

 そして、なぜだろうか。手を握って歩くのは、今日で最後になるような予感もしていた。

「お母さん」

「なぁに?」

「私、今日はチンジャオロースが食べたいな!」

「あらそう。じゃあ今日の晩ご飯はそうしましょうか」

「ピーマンたくさん入れてね! お兄ちゃんに野菜好きになってもらうから!」

「あの子、お父さんに似て苦い野菜嫌いだからちゃんと食べてくれるかしら」

「大丈夫だよ! 私が隣でいっぱいピーマン食べて見せれば負けず嫌いのお兄ちゃんは食べてくれるから!」

「日影は賢い子だね」

 そう言ってお母さんは私の頭を優しく撫でた。

「えへへ」

「日影」

「んー?」

「私ね、今とっても幸せなの。なんでか、日影にはわかる?」

 そう問いかけられた私は、小さな頭で一生懸命考えた。

「んんん……わかんない!」

「ふふっ。そうよね。わからないわよね」

「答えはー?」

「いつか、わかる時がくるわ」

「えーおしえて、おしえてよー」

「んーじゃあ、ヒント出してあげるね」

 お母さんはそう言いながら私に笑顔を見せた。さっきの笑顔とは違う、自然な笑顔だった。

「今、日影が私を幸せにしてくれたのよ」

「え……」

「ああ、これでいいんだなって、日影が気づかせてくれたの。て、私ったらヒントじゃなくて答えを言っちゃったわね」

「私が、お母さんを?」

「うん、そうよ。日影が気づかせてくれたの。じゃあもう一つ問題、出しちゃおうか」

 そういうとお母さんは、屈んで戸惑う私の手を両手で握った。

「これは宿題よ」

 私の手を握る手に力が込められるのを、私は確かに感じ取った。

「日影がなぜ私を幸せにできたのか、その答えを見つけてね」

 その言葉が頭の中に響き渡ると、私の意識は過去の記憶から現在の私へと戻ってくる。

 閉じていた瞼をゆっくりと開くと、いつもの道場の風景がそこにあった。

「次、夏目さん」

 私の番が回ってきたらしい。

 私の前の番だった女の人がこっちに向かってすたすたと歩いてくる。

 まだ、私は、お母さんの出した宿題の答えを見つけていない。どこかにないかとずっと探し続けている。

 本当のことを言うと、見つからなくてもいいかな、と心のどこかで思っている。

 だって、お母さんのその言葉を思い出すだけで胸の辺りが暖かくなるからだ。

 けれどやっぱり、見つけたいとも思っているんだ。だから、ゆっくり探すことにするね。

 お母さん。

「はい!」

 私は元気良く返事をして立ち上がった。

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