2話目 パラメーターは開かれない
街を自由に行きかう人間とは異なる姿をした種族の歩行者。
レンガ畳の塵一つ無い舗装に中世を思わせる美しい建築物。
天空にはドラゴンが飛び交い、職業を求めてギルドに集まる冒険者。
以上が俺の良く知っている異世界だ。
無論俺もそんな世界に飛ばされる事を密かに期待していた。小説投稿サイトに星の数ほどある異世界小説。俺もまたその内の一人の主人公として、自分だけの物語を積み重ねていこう。
――と言う思いは、俺が転移先の異世界で目を覚ました瞬間にガラガラと音を立てて崩れ去った。
俺の目に入ったのは無機質で巨大な建造物。
「あれは……富士山か!?」
視線の遥か先にそびえる霊峰には、エスカレーターが覆いかぶさり山頂を黒く染めている。
なるほど。異世界と言えばここも異世界だろう。現実にはあり得ない光景。俺の目に映る景色は、ここが活字世界の中であるという事を実感するには十分すぎた。
だがしかし! だがしかしだ!! ここは俺の望んだ世界では断じてない!!
俺はこのような殺風景な地でスローライフを送る気も、また未来永劫平和を維持する気も無い。薄い望み、それこそ夢物語であるが、なんとしても書籍化を果たしてハーレム世界へと転移しなければ!!
俺がそう決意を露わにした時、背後から謎の中年に話しかけられる。
「そこの君。こんなところで何をしている? ここは危険だ。早く去りなさい」
彼は第一村人、いや、第一モブキャラと言ったところか。それならば話は早い。まずはここがどこで、一体俺は何から始めるべきなのか。それを確認するのが筋といったところだ。
「えっと、俺。ちょっと遠いところから来たばかりで……。知り合いを探してるんですけど街の中心ってどこにありますか?」
最もらしい理由を並べて俺は情報を聞き出すことにした。まずは首都。人口の多い場所に向かう必要がある。言わずもがな物語を進展させる為だ。
「遠いところ? その姿、君は学生だろう? 早く家に帰りなさい。ここら辺は盗賊が出やすい。一人で歩いていては危険だぞ」
「盗賊!?」
その言葉に俺の心はときめき、思わずらんらんと目を輝かせてしまった。
だってそうだろう? 盗賊なんて異世界の代名詞だ。欲を言えば可愛い美少女が奴らに襲われていれば言うことは無い。颯爽と助けるパラメーターマックスの主人公。その底知れぬ実力に目を釘付けにし、淡い恋心を抱く美少女。文句なしのお約束。それこそが異世界小説ってやつさ。
「ともかく、ここは危険だ。直ぐに離れた方がいい。そうだ。良ければ私が横浜駅121187番口まで送ってやろう。丁度そちらの方に向かう予定だしな。ここで会ったのもなにかの縁だろう」
なんてガバガバなストーリー進行だ。さすがあの男が作り出した世界なだけある。
ともかく、主人公である俺はなにをすべきか。それはテンプレ通りならこの男について行き、なにかしらのイベントを迎える事だろう。一人語りもそろそろ限界だ。
――その前にこの男は今何と言った?
「横浜駅?」
俺の問いに不思議そうに首を傾げる中年。俺の聞き間違いでなければ、たった今この男は横浜駅の十万何番口と口にしたはずだ。
「横浜駅がどうかしたのか?」
「横浜駅って電車が停車するところだろ? 神奈川県にある駅だよな?」
さらに不思議そうに首を傾げる中年。
彼の口から出てきた一言は俺の脳内を激しく揺さぶった。
「何言ってる? 横浜駅が自己増殖してから神奈川どころか日本中が横浜駅に侵食されちまっただろ? 少年、おまえちょっとおかしいぞ?」
おかしいのはお前の方だ!!
横浜駅が自己増殖だって!? 日本中が侵食!? なんだよそれ。超おもしろい設定じゃねーかよ!!
「横浜駅があるって事は……。ここは……、日本なのか?」
「何だお前!? 頭でもぶつけたのか!? ここは『カクヨム』。小説投稿サイトだろ?」
「いずくううううううう!!!!! 出てこいや! いずくうううううううう!!!!」
思わず俺が名を呼ぶと、一瞬の瞬きの後俺の目の前には作務衣姿の中年が立っていた。相も変わらず面倒くさそうに煙草を吹かしながらこちらを見つめていた。
無性に顔面をぶん殴りたい衝動に駆られたが、俺はそれをグググッっと我慢し怒鳴りつける。
「おまえこれどうなってんだよ!! ここの登場人物たちは自分が小説の中の一人であると自覚しているのか!?」
「なんだいきなり呼び出して。当たり前だろう? 自分が住む世界を認知していなかったのは君くらいものだよ」
ふと目をやると先程の中年がなにがあったのかと言いたげな目で俺を見つめている。
「あんたもなにか言ってやれよ! 適当すぎていい迷惑だろ!?」
「言うって……、誰に……?」
「無理だよすすむ君。私の姿が見えるのは君だけだ。その中年はただのモブキャラに過ぎん。君を街まで送り届けたら忘れ去られる定めにあるキャラクターだ。私の様な最重要キャラクターに干渉する権限は持ち得ない。それより――」
いずくは煙草をフゥゥッっと吸い、それをプハアと吐き出しながら気だるそうに語る。
「私を呼び出すのはこれで最後にして貰おうか。作家に共通する事だとは思うが、私もあまり人前に出るのが得意な方ではないんだよ」
「待ていずく。もう一度確認する。俺はこれから異世界で生活をする。その生活が書きつられた文章が成功すれば……、書籍化すれば……、俺はハーレム世界へと転移する。それは間違いないか?」
「ふむ。まあいいだろう。それくらいの報酬は約束しよう。好みのヒロインを考えておきなさい。書けるように勉強しておくから」
「それともう一つ。俺のステータスはきちんとマックスにしておいたのか?」
いずくはバツの悪そうな顔をし、指先で自身の顎をなぞった。
どうやらいい返事は期待できそうにない。
「その事なんだが私にはそこらへんの知識がほぼ無くてね。君には出来ればモンスターや悪役との戦闘は極力控えて貰いたい」
「……なんで?」
「私はバトル描写が至極苦手だからだ」
その返事に俺はがっくりと肩を落とした。
異世界物で格下相手に無双が出来ない上にロクに戦闘も起こせないときた。これではレベリングもかっこいいシーンも期待できそうにない。
「だが、安心したまえ」
ここまで落胆させておいていまさら何に心を安らげろとこの男は言うのだろう。
「君の言うチート能力。私なりに考案してみた」
「ホントに!? くれるのか!? なら時間を操る能力を――」
「いや、その能力なら既に存在している。一昔前にも、死んで時を巻き戻す主人公が流行ったばかりだ。君には別の……、およそ星の数ほどある異世界小説のチート主人公誰しもが持っていない超個性的な能力を授けよう」
「超……個性的な力? 随分ハードルを上げてきたな」
「左様。発動条件は君がある一言を口にするだけだ。ピンチの時、あるいは物語に行き詰った時に使うといいだろう」
いずくはその一言。発動条件を満たす一言を俺に耳打ちした。
そのセリフから言って、ありふれた能力の様な気がしないでもなかったが、俺に与えられた唯一つの固有スキルだ。
「ではすすむ君。引き続き冒険を楽しみたまえ。以後、いくら私を呼んだところで訪れる気はないので心しておくように」
「なあ、最後にヒントだけ教えてくれよ。いずくは一体何をすれば書籍化されると思う? 俺は何を目指すべきなんだ?」
少々悩んだ後、「ふっふっふ」と苦笑しながらいずくは答える。
「それがわかれば既に私の書籍化は果たされているよ」
その一言を残し、いずくは目の前から姿を消した。
あとに残されたのは俺と話しかけてきた中年だった。
「えっと、すいません。俺、何か独り言を言ってました?」
俺の一言に中年は答える。
「そこの君。こんなところで何をしている? ここは危険だ。早く去りなさい」
「え?」
「その姿、君は学生だろう? 早く家に帰りなさい。ここら辺は盗賊が出やすい。一人で歩いていては危険だぞ」
「話に支障が出ない様にもう一度最初から出会いの場面を作っておいたぞ感謝しろ」とでも言いたそうないずくの顔が思い浮かび俺は無性に腹が立った。もう少し、気持ちよくストーリーを進ませて貰いたいものである。
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