休み


 翌日。起きたら全てが夢だったことにならないかと願っていたが、一睡も出来なかった。したがって、ここは現実である。


 いや、まだ、ワンチャン夢の可能性がーー


「いぎぃ!?」

「おはよう。義父とおさん」

「……っはようございます!」


 髪をガン掴みされて、強引に顔を起こされたグッドモーニングコール。サンドバルは、涙目になりながら、目の前にいる悪魔に挨拶をする。


「いつまでもダラダラと寝てないでよ。そんな弱い精神力こころだから、奴隷ギルドなんかに身を落とすんだよ?」

「す、すいません」

義母かあさんを見習いなよ」

「……」


 ヘーゼンは、この1日ですっかりやつれてるヘレナを指さす。すでに、彼女は起きていて、朝ごはんを作っている。滅多に人に飯を作らないあの女が、かいがいしく朝ご飯を。


 食卓に並ぶ料理を見ながら、そう言えば朝ご飯なんて久しぶりではないかと思う。奴隷ギルド商になって、家族で食事などあきらめていた。


 だが、こんな職業にいながらも……いや、だからだろうか。密かに想像して、憧れていた。優しい妻がいて、息子がいて……


 こんな狂気的な一家団欒は、想像だにしてなかった。


「いただきます」


 ハキハキと声を出し、礼儀正しく食事を食べ始めるヘーゼン。『頼むから毒を盛っていてくれ』と願ったが、叶わぬ希望だった。


 契約魔法上、主人の害する行動は禁じられている。それは、他ならぬサンドバルとヘレナが一番理解していた。


「食べないの? 義母かあさんは、性格は良くないけど、料理の腕は確かだよ」

「あ、ありがとうございます」

「……」


 全然嬉しそうじゃない、『ありがとう』だった。


「ほら、冷めちゃうから早く食べて」

「……ははっ」


 食欲なんて、ある訳がない。一晩で、奴隷を使役する側から使役される側になったのだ。これから、なんの希望を抱いて生きていけばーー


 ガチャン。


「ひがっ……熱っ……熱ーーーー! 熱、熱、熱っううううううっ!?」


 突然、後頭部を持たれ、顔全体にまとわりつくような灼熱にドブ漬け。肌にベトリとつく感触は、先ほど目の前にあったビーフシチューの液体だった。


 顔面を思いきり、インしてきた。


義父とおさん……僕は『早く食べて』って言ったんだよ?」

「熱゛っ゛! ずびばぜん゛!? 食べっ……食べっーーーーーーー!? ガババッ!?」


 熱熱のスープで溺れながら火傷するサンドバル。唇はもちろん真っ赤。顔全体も真っ赤。なんと恐ろしい鬼畜だろうか。


 そんなサンドバルの眼差しを無視して、ヘーゼンは平然と料理を口にする。自分だけスプーンを使って、ビーフシチューを食べ始める。


「早く飯を食べて。支度したいんだよ。奴隷ギルドに行くから」

「えっ……あの、何をしに?」

「壊滅」

「……っ」


 サンドバルは唖然とした。いくら魔法使いとは言えど、学生の分際でそんなことをするのは聞いたことがない。


 そもそも、魔法使いには貴族が多く、下界の治安なんて一切関心がない。


「その、なんで奴隷ギルドを壊滅するんですか?」






















「冬休みだから」

「……っ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る