格闘


 翌日。いつも通りの草原で、エマがグデーっと倒れ込んだ。


「はぁ……長すぎる。なんで、時間ってこんなに長いのかしら」

「そうか? 僕は、まったく真逆な感想を持つな。短い。なんで、こんなに時間が短いのか。まったく、全然修練の時間が足りない」

「……悔しいわ。私に今、指一本でも動かせる体力があれば、あなたのその綺麗な頬を思いきりぶん殴ってやるのに」


 ミディアムヘアの美少女は涙ぐみながら、ヘーゼンを睨む。


「一刻も早くそうなることを望むね。そろそろ、君が役不足になってきたのでね」

「くぅ……ぐや゛じい゛っ……」


 なんと小憎たらしい少年だろうか。全力で戦闘を仕掛けたにも関わらず、息をきらしてさえおらず、次の授業の予習を始めている始末だ。


 最初は魔法を使うこともできなかったのに、今では学年でもトップクラスの魔法使いに成長したエマが、いとも簡単にあしらわれてしまう。


 そんな中、バレリアがやってきた。


「ふぁ……眠い」


 まだ、完全に起ききっていない。要するに、かなり油断した様子だ。


「来てくださったんですね。ありがとうございます」

「……じゃ、やろうか」


 淡々と無感情に、バレリアは構える。どうやら、かなりの低血圧で朝が弱そうだ。一方で、カク・ズは準備万端。1時間前からしっかりとウォームアップをして、身体はすでに出来上がっている。


「よ、よろしくお願いします」


 カク・ズが構える。オドオドしてはいるが、しっかりとした格闘の構えだ。


「……」


 バレリアは、そのまま無防備に近づく。その、あまりの自然体な前進に、カク・ズはあっけに取られる。


「わ、わわっ」


 反射的に彼女の裾を掴むが、次の瞬間には景色が横になり、寝転がっていた。間髪入れずに、バレリアそのまま巨体の上に飛び乗って、胸に向かって小さな手のひらを当てる。


「はい、終わり」

「がはっ」


 大きなうめき声を上げたカク・ズはそのまま、意識を失った。

 

「1分というところか……どうやら、君の読みは甘かったようだな」

「……」


 強い。素直にヘーゼンはそう思った。『隼のバレリア』と呼ばれた彼女の格闘能力は、やはり、並外れている。その戦い方は、まさしく柔。相手の力を利用して、敵を一瞬にして倒す。


 しかし。


 ヘーゼンはその上でも、なお笑う。


「ククク……」

「……っ」


 あるはずのない気配を感じて、バレリアは振り返った。そこには、すでに気絶から覚醒したカク・ズが立っていた。


「バカな……少なくとも1時間は起き上がれないはずだ」


 それこそ、何万回と放ってきた技だ。即座に起きることなど、経験がない。しかし、紛れもなくカク・ズは5秒以内に立ち上がっている。


「う、うおおおおおおおおおっ!」


 巨漢の男は猛然と襲いかかってきて、巨大な拳を振り下ろす。


「くっ……」


 動きはまるで素人同然だ。バレリアは、軽々と避け、カウンターで蹴りを側頭部に直撃させる。


 こちらも、気絶必須の一撃。


 だが。


「がぁ……っ」

「た、耐えた!? ば、バカな」


 バレリアの蹴りは並の速度ではない。体長2メートルを超える大熊ですら、一撃で意識を刈り取る。それを耐えるだけでなく、受けきりそのまま足を掴んでくるなんて。


「う、うおおおおおおっ」

「わっ……たっ……」


 力任せにぶん回そうとするカク・ズに対し、もう片方の足を差し込み、素早く足払いを仕掛けて再び地面へと倒す。


 そして。


 確かめるように、バレリアは再びカク・ズの胸に手を当てた。


「ふぅ……」

「がはっ!!」

「……」


 間違いなく意識を刈り取ったはずだ。どんなに強固な身体であろうと、臓器を鍛えることはできない。脳のダメージに対して耐えることなどできはしない。


 しかし。


 バレリアの反論は。


 予想通り、逆の結果になる。


「ぐっ……ぐぐぐぐぐぐっ」


 そこには。


 先ほどと同じように、カク・ズが立ち上がっていた。


「鍛えたんですよ」

「鍛えた……だと?」


 彼女の疑問に答えるように、ヘーゼンがボソッと口にする。


「単純です。臓器も脳の揺れも、すぐに対処できるよう鍛えました。すべての攻撃に耐えられるように」

「ふざけるな! そんなことができるはずがない。身体の外部は鍛えることはできても臓器や脳は柔らかいものだ」

「当然、カク・ズの素質によるものが大きい。誰でもできる芸当ではありません。それに加えて、途方もない強度の訓練と莫大な栄養。それによって、臓器は皮はより太くなり、それを支える筋肉はより細かくしなやかになった。脳みそは過度の揺れに対して適応できるほど三半規管が強くなった」

「……いったい、なんの為に?」


 バレリアは思わず尋ねていた。そんな異常な鍛え方は、理解を超えていた。まるで、肉体自体を作り変えたようではないか。


「格闘のスペシャリストを作りたいんです。あなたのような格闘術を完璧に備え、かつ、完璧な肉体を持った者を」

「……」

「さて。まだ、時間はある。カク・ズを頼みます」


 ヘーゼンは笑顔でそう言った。



 





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