格闘(2)
それから1時間以上、バレリアはカク・ズを倒し続けた。その回数は、余裕で100回を超える。
それでも。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「……っ」
巨漢の少年はゾンビのように立ち上がり、襲いかかる。無尽蔵のスタミナで、速度は一向に衰えない。それどころか、段々と打撃も鋭くなってきて、立ち回りも間合いもよくなってきている。
徐々にバレリアの戦術も限定されてきた。
関節技で足と腕を折ろうとしたが、一瞬の力の溜めで反撃しようとしてくるので断念。それから、打撃に切り替えたが、致死級のダメージを無数に喰らっても、ビクともしないほどのタフネスぶりだった。
そして、その精神力も驚愕に値する。打撃自体が痛くないなんてことはあり得ない。その痛覚に耐えうるだけの意志力を、この巨漢の戦士が持っているのだ。
「ぜぇ……ぜぇ……うおおおおおおおおおっ!」
カク・ズは、またしても全力の拳と蹴りを見舞う。しかし、ことごとくバレリアは攻撃を躱して、隙すら与えない。
「驚きました。先生がこれほど強いなんて」
ヘーゼンが思わず口にした。
カク・ズの格闘能力は速さだけならば一流の格闘家並にあるので、どれだけ単調な攻撃であったとしても一発くらいはまともに入るのではと思っていた。
しかも、彼女はまだ魔杖を使用していない。できれば、それも見たいと思っているが、使用すれば一瞬で殺されてしまうだろう。
「……そろそろ、終わらせてもらう」
やがて。バレリアはカク・ズの拳をいなし、回し蹴りを側頭部に極めた。そのままぐらつく身体の心臓に高速の拳を数発を入れ、倒れたと同時に顎に光速の蹴りを掠める。
ほぼ同時に、3度。意識を刈り取るだけの打撃を連続で見舞った。
「……」
声を出す暇すらなく、カク・ズはそのまま動かなくなった。間髪入れずに、バレリアは、彼の首を持ちヘーゼンを見る。
「そこまでです。あなたの勝ちだ」
黒髪の少年は、ギブアップの宣言をした。『もう数秒もすれば、首をへし折る』というサインだろう。つまり、バレリアがやっと本気を出した瞬間だった。
実力を大きく見誤っていたのは、ヘーゼンも同じだった。バレリアが将官職を辞したのは、中尉格の時だった。
その状況と戦場での評判を鑑みるに少佐格程度かと考えていたが、少なくとも現時点で大佐格ほどの実力は持っているだろう。
ヘーゼンですら、戦場で当たれば強敵と認定する類だ。現時点のカク・ズでは毛頭歯が立たない。
それから、バレリアは戦闘モードから一転。教師の顔へと変わった。
「ぷはぁ……久々の緊張感だった」
「どうです? 面白い素材だったでしょう」
「……そうだな。新しいタイプではある」
ヘーゼンは陽気に尋ねたが、彼女は、むしろ悲壮感を持ってカク・ズを見た。
「しかし、それも戦場で長生きができればという条件でだ。
「だから、先生に鍛えて欲しいんです」
彼女の実力を見た上で、一層強く想った。出会いとは奇跡のようなものだ。まさに、天がカク・ズに与えたような優れた
「……」
バレリアはジッとカク・ズの方を見ていたが、やがて、ため息をついてこちらの方を向く。
「ヘーゼン。君に忠告しておく」
「なんですか?」
「友を死に誘うのはやめろ」
「……」
「恐らく、君が歩むのは修羅の道なのだろう。そのために、カク・ズを鍛えたいという意図は否定しない。魔法使いに足りないのは、その
「……」
「君の野心に付き合わせ、代わりに友を焼くのは人のすることか? きっと、その時になれば後悔するのは、他ならぬ君自身のはずだ」
「……」
「……」
しばらく、二人は黙ったまま見つめ合った。答え次第では、もう、彼女の助力を得ることはできないだろう。それも仕方ないと思ったし、彼女の戦闘技術はそれに値するほどのものだと認めた。
その上で、ヘーゼンは一枚の洋皮紙を渡す。
「なんだ、これは?」
「僕がカク・ズに製作しようとしている魔杖です」
「……っ」
バレリアが見た途端に、手の震えが止まらないほどの同様を浮かべる。
「正気か? こんなものを――」
「僕は、カク・ズを死なせたくはない。そして、彼にその道も強要させたりはしない。ただ、彼がそれを選んでくれるなら、少しでも生存を上げる確率を上げたいと思っています」
「……」
「ともあれ、勝負は僕の勝ちです。明日もこの時間で。行こう、エマ」
「え、ええ」
「……」
そう言い残し、ヘーゼンとエマは気絶するカク・ズの両腕を肩にかけて、去って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます