許し
マードックは非常に混乱していた。こんなに平然と嘘をつくヤツが、世の中に存在するのか。間違いなく、こいつは、嘘をついている。確かにそう約束した。そう約束したんだ。それなのに――
「おい、話と違うじゃねぇか! どうなってんだよ!?」「こんなの認めねぇぞ!」「この学院やめろ恥さらし!」「そうだ、やめちまえやめちまえ!」「やーめーろ!」「やーめーろ!」「やーめーろ!」
「ひっ」
あまりの怒号に、慄くマードック。こんなことになるなんて、想像していなかった。ちょっと、セグゥアをからかって、辱めて。グループでハブにして。あわよくば、ヘーゼンたちのグループたちと合流して、エマと楽しく会話して――
「黙ってないで、なんとか言え! ふざけんなよ!?」「正々堂々と決闘しろこの卑怯者どもが!」「お前ら、そろいもそろって恥ずかしくないのか!?」「とにかく、この学院やめろ恥さらし!」「そうだ、やめちまえやめちまえ!」「やーめーろ!」「やーめーろ!」「やーめーろ!」
な、なんでこんなことに――
「ふぅ……群れる駄犬ほど、よく吠える」
「……っ」
一方、全然堪えないヘーゼンは、小さくため息をつぶやき、ボソッと口をこぼす。
「な、なに言ってるんだよ! どうするんだよ、この状況!?」
「心配ないよ。僕はやられる前に千倍以上でやり返すタイプだから。それに、そこそこ有能な奴隷もいるしね」
「……っ」
なんて、恐ろしいタイプ。やられる前にやるって……それ、一方的な蹂躙じゃねぇかと、心の中で思う。
!?
が、マードックは、ここである重大な事に気づく。
「えっ……えっ……俺は? 俺たちは?」
「まあ、噂ってのは広まるのが早いからね。決闘を穢した卑怯者として、全生徒から憎悪の対象となるだろうな。少なくとも、クラスメートからはハブにされるんじゃないか?」
「そ、そんな……ど、どうするんだよ!? いや、どうしてくれるんだ!」
「望むところさ。そろそろ、力もついてきたし、実戦が増えるのはありがたい」
「ちがーっ! 俺たち! お・れ・た・ち・は!?」
「君たち? なんで、僕が君たちの未来を考えないといけないのかな?」
「……っ」
「帝国における義務教育は終わり、今の僕らは高等教育の段階だ。自らの行動に伴う結果責任は自らで負うべき年齢だ」
「……ううっ」
圧倒的正論。学生の身分であるという反論を、一切言うことが許されない、非道な正論。
「まあ、それは僕が思うところだが、生徒と言う身分に甘んじたいのだったら、バレリア先生にでも相談してみればいいんじゃないか?」
「ちょ……ヘーゼン君、なにをっ!?」
放心状態でいるセグゥアを慰めているバレリアが、驚愕な表情を向ける。
「先生ぇ……」
「ひっ」
マードックは瞳に涙を溜めながらバレリアの方に全力で駆ける。
「なんとか……なんとかしてください! 僕ら、反省してます! こんなことに……こんなことになるなんて、思わなかったからぁ! 思わなかったからああああああああああああああああ、ああああああああああああああああっ!」
泣く。その豊満な胸にダイブして、ガン泣き。彼女はまた困ったような表情を浮かべながら、大きくため息をついてなでる。
「ああー……よしよし。だが、君たちは、それなりの罰は受けるべきだと――」
「あああああああああああああああ、あああああああああああ、ごめんなさああああああい! ほんとおおおに……ひっく……ごめんなさああああああい!」
「……っ」
やはり。赤ん坊のごとく、泣きじゃくる。まだ、学院生活は3ヶ月。これから、あと約1年7ヶ月。クラスメートからハブられる生活は、地獄でしかない。
その時、
「あああああああああっ、ごめんなさあああああああい! ごーめーんーなーさあああああああああいっ!」「ひぐっ……ひぐっ……わあああああああ、わあああああああああああああ」「な、なんでお前らが……俺なんて、一生奴隷で……うああああああああああああああああっ、うあああああああああああああああっ」
「……っ」
他の取り巻きたちも、一斉に泣き出始めた。一人が泣き始めたら、みんなが共鳴して泣き出す現象が発生。加えて、セグゥアもまた泣き出す始末。
バレリアは頭を抱えながら、豊満な胸にうずまるセグゥアとマードックに、等しくいい子いい子する。
「なんとか、ならないだろうかヘーゼン君」
「先生。大人ですよね? 約束は守る。母親が5歳児の子どもに教えることだ」
「……っ」
厳しい。厳しすぎる。なんなんだ、この子はと、バレリアは怯える。
「それに、マードックのその態度、気に入らないですね」
「ひぐっ……」
ヘーゼンはバレリアの下まで近づいていき、マードックの髪をがん掴みして、豊満な胸から引っぺがす。
「おい……被害者面するな。君は共犯者だ」
「ち、ちがーっ! お、お、お、俺は騙されて……」
「騙したのは君だ。まさか、騙される覚悟も持たないで、人を騙したのか? 呆れた、卑怯者だな」
「……っ」
「セグゥアが泣くのはわかる。一生奴隷など、辛いだろう? だが、君たちは? 集団で騙してやろうとしたのだろう? 卑怯ながらも、真正面から、決闘をしようとした彼と同様、嘆く権利が君たちにあるとでも、まさか本当に思っているのか?」
「ひっ……許して……」
「絶対に許さない。僕は、加害者が被害者面するような真似は絶対に許さない。君は……君たちは、僕を遙かに超える卑怯で狡猾で薄汚いゴミだ」
「ひっぐううううっ!」
圧倒的追い込み。マードックは悟った。泣こうが、喚こうが、この男は絶対に許さない。
だから、マードックは泣いた。とにかく、泣いた。
「ひっく……ひっく……ヘーゼン……お前……許して……くれる……のか?」
一方で。一連のやり取りを聞き。セグゥアが思わず顔を上げる。
ヘーゼンは、しばらくその泣き暮れた表情を見つめていたが、やがて大きくため息をつく。
「……はぁ。わかった。一度だけは、許そう」
「ほ、本当か!?」
「ああ」
「次回からは敬語な。あと、ご主人様と呼べ」
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