宝珠


 魔杖工ダーファン。最年少で名工カジンの3番弟子に就任。彼の製作する魔杖は良物として取り扱われる。どうやら、帝国の魔杖工では、かなりの凄腕らしい。


「いいか? 俺が造る魔杖は、最上大業物、大業物、良業物に次ぐ価値の高い物で、最近だとフェザ大師ダオスーが買われた。額としては、商家の館が買えるほどのものだ」


 ベラベラと自慢話が続く中、ヘーゼンがエマに耳打ちする。


「有名な人?」

「し、知らないの? 四伯、ミ・シルの副官。ほら、猛き華ソファンの」

「……ふーん」


 全く知らないとは言いにくいので、とりあえず頷いておく。いつかはそう言った情勢も知らなくてはいけないが、今は魔法に関する知識以外は必要がない。最低限の知識として、脳裏の片隅には入れておく。


 ここまで、15分が経過。ひとしきり自慢をし終えたダーファンは、六角状の箱を机に置き、1つの石を掲げる。


「いいか? 魔杖製作の第一歩は宝珠選びからだ」


 宝珠。自然界で極小量しか採れないと言われる特殊な石である。それは、数百年以上の歳月を経た事象及び物質から発生すると言われている。


「事象?」

「……稀にあるのよ。例えば大業物の風月麗は幾千年吹き荒ぶ嵐から発生したと伝承では描かれてる」

「そんなことがあるのか。にわかには信じがたいな」


 事象が物質にと変化するなんて、少なくともヘーゼンが生きてきた世界にはなかった概念だ。


「まあ、授業用で製作する魔杖だ。本来、そんなに大差あるものは置かないことにしているが、俺からのプレゼントだ。一つだけ、上等な宝珠を用意してやった。ここにきて、それぞれ選んでみろ」


 ダーファンが促すと、次々と生徒たちが机に集まる。もちろん、ヘーゼンは一番に席を立ち、凝視し、手に取って、机に叩きつけーー


「お、おい! 何やってんだバカ!」


 ダーファンは、慌ててヘーゼンの腕を掴んで制止する。力任せに腕を捻られたヘーゼンは必死に抵抗を試みる。


「ぐっ……離してください! 叩きつけて音を聞くんです!」

「阿呆! 割れたらどうするんだ! 安物とは言え、お前らの授業料1ヶ月分の値段だぞ!」

「叩きつけて駄目だと言われてません。もし、壊れても先生の職務怠慢として報告します」

「性格最悪だなテメェは!? 故意に壊したら弁償! いや、お前は不可抗力でも弁償だ!」

「くっ……後づけの説明は卑怯ですよ」

「お前みたいな異常者がいるとは想定してないんだよ!」


 と思いきり拳骨で殴られたところで、痛みを堪えながらヘーゼンは宝珠を凝視する。ダーファンの慌てぶりから見ると、強度は関係ない。外見としては、色、形、匂い、感触、様々だ。自分の問題なのか、それとも一般的なのかはわからないが、魔力も感知できない。どの宝珠が上等かなんて皆目検討もつかない。


 そんなヘーゼンの苦悩もよそに、他の生徒たちは次々と宝珠を指差していく。まず一番人気だったのは、赤い宝珠。確かに、この中では一番煌びやかな感じだ。他はそれぞれまばらに選ばれている。


「……」


 残りが、ヘーゼン一人になったところで。やはり、どんなに考えていても、大差がない。そもそも、そんな上等な宝珠が一番人気のものに選ばれるか? いや、ダーファンの性格から考えると、そんな順当なことはしない。とすると……


「ここにはない」

「あ?」

「ここには上等な宝珠はない。それが答えだ」

「……それで、いいか?」

「はい」


 ヘーゼンは一点の曇りもなく頷いた。




















 上等な宝珠は、箱の中にあった。

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