母(2)
受付の女は、言っている意味がわからなかった。奴隷解放云々の話からの、『お母様』宣言。なんの文脈も、脈絡も、フリもオチもない発言に、彼女は理解不能に陥った。
「あの……なんて?」
「相変わらず耳が悪いな、これからよろしく、お母様と言ったまでだよ」
「……っ」
幻聴ではなかった。そして、やはり、どうやっても、聞いたままの言葉で、やはり、意味がわからなかった。
「あの、財産の7割を没収して、自由にしてくれるという提案は?」
「やめた」
「……っ」
なんという身勝手。先ほどまでの情緒を返してほしい気分になる受付の女。しかし、ここで逆らえば、再び奴隷にさせられかねない。ここは、優しく、穏便に、丁重に辞退しておきたいところだ。
「あの、申し訳ありません。口答えとかでは決してないんですが、私はあなたのお母様ではありません」
「いや、そうだよ。お母様」
「……」
「……」
ええっ!? と受付の女は思った。
「僕は、今から猛勉強して魔法学校に入る。それには、親と戸籍がないといけない。だから、お前には僕の母親になってもらう」
「……っ」
全力で嫌すぎる。全力でごめん被りたかった。
「せ、せ、せっかくですけど、あなたのお母様は私には恐れ多すぎて」
「心配いらない。我慢するよ」
「……っ」
だから、嫌なんだよと受付の女は心の中で思う。
「その……私とあなたじゃ、親子というには年齢の釣り合いが取れてないと思うんですけど」
「取れてるよ。お前が自己分析できてないだけだろう?」
「……っ」
こんな息子は心の底から持ちたくないと思った。逆にこいつ以外の息子であれば、今なら無条件で誰でも、いや人外でも愛せる自信が出てきた。
「どうしても違和感があるなら、15歳くらいの頃に産んだことにしろ。僕は16歳で入学するから。そうすれば、年相応だろ?」
「で、でも顔の輪郭や瞳の色、髪の色は?」
「父親似だから、別にいい」
「……っ」
なんという割り切り。全然、母親感のない、母親。もちろん、奴隷よりは幾分かマシだとは思うが、このままでは結婚を飛び越えて、離婚、出産の経歴がついてしまう。
「まあ、気持ちはわかるが、お前にも悪い話ではないぞ。もちろん、ここから学校に通う訳じゃなく寮に入ることになる。入学式、授業参観などの行事ごとには親子の真似事をしなくてはいけないが、基本はお互い連絡も取らない。お前はお前の好きにしていい」
「……で、でも本当のお母様に悪くて」
「そこは、心配いらない。産みの母親はすでに死んでいるし、育ての母親はこの世の地獄を味あわせて、苦しみながら生き絶えていったから」
「……っ」
心配がどんどん募っていく。いったいどういう育ちをしたら、こんな異常者が育つのだろうか。もちろん話だけなのだが、絶対にこの男はやっている。完全なるノンフィクションであると、受付の女は確信した。
「魔法学校でトップクラスなのは……」
「ちょ、ちょっと待ってください。確かに、平民と貴族の共学は存在しますが、あなたは魔力が0なんですよね?」
「そこは、なにか策を講じなければいけないが……まあ、なんとかするさ」
「……っ」
こんなに堂々と不正宣言を行う輩を、受付の女は見たことがない。
「そうとすれば、名前も変えなければな。おい、そう言えば、お前の名前は?」
「……っ」
ヘーゼン=ハイムはヘーゼン=ダリに改名した。
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