母親
一時間後、受付の女が住む家へと到着した。大きな布で覆われた彼女は、大男によって床へと置く。手足は完全に拘束され、騒がないよう口に布を巻かれた状態で。
完全に誘拐、監禁である。
すでに、泣きはらしたのだろう。彼女の頬はビショビショに濡れていた。絶望に暮れ、先程の生き生きとした表情は見る影もない。そんな彼女の表情を一瞥すらせずに、ヘーゼンは彼女が持っていた鞄から財布を取り出す。
「ご苦労様、報酬だ」
「あっ……でも」
「これは、ギルド斡旋の件とは別だよ。手際よくやってくれたから、ボーナスだ」
「……っ」
ヘーゼンはさも当然かのように、受付の女の財布から数枚のお札を抜き取り、大男に押しつける。
もちろん、ドン引きの雇われ男たちだったが、従わなければ怖いので、黙って受け取り、早々に退散した。
ヘーゼンはドアが閉じたのを確認して、アレコレと部屋の間取りを確認する。概ね生活できるほどの物は揃っている。やはり、ギルド本部に勤めていると、平民でも割といい暮らしができるらしい。そんなことを考えていると、腹の音がグゥーッと鳴った。
「おい、料理を作れ」
「……はい」
受付の女はあきらめたような、無機質な返事をして、キッチンへと向かう。ヘーゼンは、その様子を見ながらため息をつく。
「さて、これからどうするか」
精神的優位をとって、受付の女を意のままにすることは成功した。契約魔法で縛れば完全な奴隷にできるのだが、魔法が使えない状況では絶え間なく裏切りに警戒をしなくてはいけない。
気は強そうなので、相当に仕込まないといけないが、それはかなり面倒くさい。
「死体だったら楽なのにな……」
「……えっ」
「あっ、いやなんでもない。独り言だ」
「……っ」
全然なんでもなくない、と受付の女は思った。
「できました」
そんな中、受付の女が机に料理を運んでくる。香ばしい匂いが、部屋の中に広がる。割合、料理はするみたいで、手際がよかった。これから、毎日作ってもらうことになるので、ヘーゼンは奴隷としての評価を数段階上げた。
「変わった料理だな」
「……普通の家庭料理だと思いますけど」
「そうか、じゃあ食べろ」
「……っ」
ヘーゼンは、料理を全てを満遍なくかき混ぜ、無造作にスプーンで小分けして、受付の女に差し出した。
「あっ、あの……」
「わからないか? お前が食べて、毒味しろと言っている。1時間後に、問題ないなら食べる」
「で、でも。それでは、料理が冷えてしまいますし」
「温め直せば、問題ない。それぐらいは僕にもできるし。ほら、早くしろ」
「……っ」
受付の女のスプーンは、一向に進まない。案の定、毒を入れていたようだ。
企みが明るみに出た時点で、大量の汗をかいている受付の女。身体は小刻みに震え、今にも死んでしまいそうなほど顔面は蒼白である。
「……まだ、お前には調教が足らないようだな?」
「ひっ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「すぐに、作り直せ。次、同じことをやったら……わかってるよな?」
「……っ、は、はい!」
ニッコリと爽やかな笑顔を浮かべるヘーゼン。受付の女は、雷鳴のような速さで頷き、再び料理を作りはじめる。
「はぁ……」
面倒くさい。この気の強い女を完全に調教しないといけないのは、存外骨の折れる作業だ。雇われた男たちにも、約束を果たさないといけないことを考えると、今日中に一切の反抗できないようにしなければいけない。
恐怖というものは、あらゆる行動を支配する効率的な道具だ。当然、ギルド本部の受付業務も支障なくやってもらわないといけないが、遠隔での奴隷化はハードルが高い。
ギルド本部の人員は、自分よりも強い者たちばかりだ。と言うより、単純なヘーゼンの戦闘能力は目の前にいる受付の女に劣る。そんな中、全ての言うことを聞かせるには、洗脳させるしかない。
反逆心を挫き、そんな考えすら抱かせないほど思考能力を停止させる必要がある。肉体的も、精神的にも、もっともっと痛めつける必要がある。
さすがに一般人にそれを強いるのは、さすがのヘーゼンも抵抗がある。
「……自由になりたいか?」
「は、はい! 何卒……何卒……」
「手を止めるな。料理を作れ」
「ひっ……申し訳ありません」
「……お前を許してやってもいい。条件付きだがな」
「ほ、本当ですか!?」
ヘーゼンは、思い浮かんだ条件をツラツラと提示する。
先ほどの男たちを希望のギルドに斡旋するよう全力を尽くすこと。
以後、帝国に申請する書類があれば、どんな手を使ってでも申請を通すこと。
受付の女の財産の半分を没収。
「は、半分ですか? そんなに……」
「やっぱり、気が変わった。嫌ならやめた。お前は一生、僕の奴隷」
「う、嘘です! 嘘嘘嘘」
「……嘘つきは、嘘つかないように調教する必要があるな」
「ひっ……」
ヘーゼンは受付の女の髪を思いきり掴んで、その瞳を覗き込む。
「別にお前を哀れに思ったわけじゃない。お前は平然と人を奴隷に貶めようとするクズだ。そんなお前をどうしようと、僕は罪悪感など一切感じない。ただ、調教も時間がかかるので、割に合わないと思うようになっただけだ。お前になにか意見を求めたりはしていない。次、渋ったらもうお前は完全に一生奴隷としてこき使ってやるから、それを覚悟しながら聞け」
「は、はい! はい! わかりました。完全にわかりましたから、どうか」
懇願する受付の女の髪を離して、ヘーゼンは話を続ける。
「……条項を変える。お前の財産の7割を没収」
「なっ……」
「なんか言ったか?」
「い、いえ! 嬉しい、嬉しいでーす!」
全然嬉しくなさそうな顔で、受付の女は嬉しがる。
「まあ、それぐらいかな。後は、こんなクズみたいなことしてないで、清く正しく生きていけよ」
「……っ、は、はい」
なんで、こんな異常な男にそんなことを。そんな風に思う受付の女の心を読み取ったかのように、ヘーゼンは女の瞳を覗き込む。
「こんなことしてんのは、初めてじゃないんだろう? どうせ、お前みたいなやつは、他でも似たようなことをしてるに決まってるんだ」
「……っ」
図星。図星過ぎる。職権濫用など、数知れない。接待受けまくり。気に入らない者は絶対にギルド申請を通したりしなかったし、奴隷ギルドに貶めたりもした。
そんな日々の悪行が走馬灯のように巡る。
「お前が悪さをしやいように、適当にまた来るから。あと、このことをチクッたらお前がさっきの男たちと共謀して奴隷ギルドに斡旋してた事実も暴露するから。そのつもりで真っ当に生きていけよ」
「は、はい!」
受付の女は、これを機に人生を見直そうと誓った。無事、生き残れた。これは、禊だったんだ。ロクな生き方をしていない自分に、神様が課した試練。
そんな様子など気にもせず、ヘーゼンは女の部屋を、なんの遠慮もなく物色する。そんな中、一枚の紙を見つけた。
「……これは、なんだ?」
「あっ、それは学校の卒業証書です」
「そうか。この帝国では、魔力のない平民でも教育を受けられるんだな」
「私は学力が優秀だったので。学校は、平民でも戸籍があれば受けられます」
「ふむ……戸籍か」
「結構、貴重なんですよ。ここ、帝都では特に移民が多いですから」
「……なるほど」
少し考えて。
ヘーゼンは、若干はにかんだ表情で笑った。
「よろしく、お母様」
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