暁の砲声
@Shiranuhi
第1話 餓えた獣
–西暦2072年4月25日
–日本 島根県 東部
〈909、応答せよ。〉
「こちら909。指定地点に到着した。」
日本国防軍第9機甲機械化師団、909機甲歩兵小隊の隊長、荒木康一郎は目の前に広がる荒野を眼差しながら、呟くように返答した。
かつてそれなりの地方都市があった土地は建造物が崩れ、野畑は荒野と化していた。
そして、そこを闊歩するのは異形の者達だ。
「複数体の餓獣(がじゅう)を確認した。タンク級はおよそ10。」
〈了解した。引き続き哨戒任務にあたれ。〉
「はいよ。」
荒木はまた、呟くように言った。
哨戒任務中に見るいつもの風景だが、ここにいると体が悪寒に包まれるような感覚になる。
ゾワゾワと足元から這い上がる餓獣の気配が荒木の精神を刺激していた。
荒木はふと、手元を見た。
自分の手に握られているのは、操縦桿(グリップ)だ。火器を操作するトリガーといくつかのボタンがある。
ロボット、と言えば分かりやすいだろうか。
数十年前に実用化され始めた手足を持つ兵器。日本国防軍では「機甲歩兵
」などと呼んだりもする有脚戦闘車両に荒木は乗っている。
つまり、機甲歩兵のカメラアイがとらえた画像をコックピットのモニターで荒木は見ていた。
〈隊長…。どうしたんですか?〉
ぼう、としていた荒木の耳に味方の無線通信が届いた。はっ、と彼は反応する。
視線を手元からモニターに移した。相変わらず、砂塵と草木が入り混じった光景が広がっていた。
「いや、少し違和感を感じたんだ。」
荒木は正直に言った。
いつもの任務、いつもの景色だが、荒木は何かを感じていた。
〈違和感?〉
「いや、大した話ではないんだ。」
ただ、何かに見られているような感覚があった。だが、その感覚とやらは一瞬で曖昧で、今はもう無い。
〈気味が悪いなぁ…。隊長の勘は当たるから。〉
「それも、悪いやつがな。」
荒木の冗談交じりの言葉に、無線の向こうでくすくすと笑いが聞こえた。
彼は普段から冗談を言う方ではない。悪い予感が当たると言うのは、事実でもあった。
しかし、この小隊の図太い隊員達はそれすらもニヤリと笑って飲み込む気概をもっている。
「移動する。」
〈〈了解〉〉
荒木の言葉を合図に隊は行動を開始した。
–餓獣(がじゅう)−
荒木達、国防軍が戦う敵の名前である。
50年ほど前。戦いの始まりは、まだ、国防軍が自衛隊と呼ばれていた時代に遡る。
2022年。彼ら、餓獣は突如として現れた。
SF好きは度肝を抜かれただろう。人類を脅かす侵略者は、宇宙(そら)からではなく、私たち人類の足元からのさばり出で来たのだから。
餓獣。餓えた獣と呼ぶに相応しく、彼らは猛烈な勢いで人を食らった。あまりの事態に政府、民間共々対応が遅れ、この戦いの初期の犠牲者は具体的な数字が出せない程に増えた。一説に230万人と言われている。
餓獣の出現ポイントには特徴がある。それは原子力発電所や核兵器施設が立っている場所、ということである。
最初に彼らが現れたのは福島第一原子力発電所。くしくも、廃炉作業が開始された年であった。
同年、福島第一原子力発電所を中心に拡大した餓獣の波は東京都に及び、年明け間もない頃、東京は完全に陥落した。
その後は全国、いや、世界各地の原子力発電所が立地する場所で餓獣が出現した。正確には餓獣の巣と呼べる「ハイヴ」がその地下に形成され、赤黒い血のりの山が原子力発電所の建造物を飲み込み、地表に姿を現している。
餓獣の増殖速度は凄まじく、また、餓獣自身が強力な放射能を発生させていることから、人類の生存圏は瞬く間に縮小していった。
日本だけではない。
世界各地に増殖範囲を広げる餓獣は億単位の人間を殺戮した。
彼らが通った道は放射能汚染が広がり、力尽きた彼らの死骸を苗床に新たなハイヴが形成された。
西暦2072年。
人類は地下にその居住を移していた。
地上の殆どは一部の山間部を除いて放射能汚染と餓獣によって破壊し尽くされている。
皮肉にも、人が姿を消した地上は餓獣出現以降、ゆっくりと自然環境が回復しつつあるという、観測結果もある。
「1.5キロ先、第59エレベータから帰投する。」
〈了解。〉
荒木達が現在移動しているのも、元は住宅地であったが今は木が生い茂っている。コンクリートの裂け目から伸びた草木が、かつての人の居住を飲み込んでいた。
こうした道は安全だ。
生い茂る草木が餓獣の視線を遮り、機甲歩兵ほどの大きさの兵器も隠密行動が可能である。
暁の砲声 @Shiranuhi
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