第14話 援護

 フェン率いる部隊は、圧倒的な敵の数に押されつつあった。少しずつだが、隊列に乱れが生じ始めていたのだ。

 港には、未だに次から次へと兵士が上陸してきている。

 倒しても倒してもきりがない。もしかして、終わりはないのではないか――。

 口にはしなかったが、誰もがそう思い始めていた。絶望の二文字が、嫌でも頭を掠めていく。

 その時だった。


「みんな、諦めるなよ。絶対に終わりはある」


 絶妙のタイミングで、フェンが皆に声をかけたのだ。どんな物ごとも無限などありえないのだと、フェンは皆に笑顔で言い放った。

 疲労の色が隠し切れていない笑顔ではあった。魔法を使い続けているフェンが、この中の誰よりも体力を消耗しているのだから当然だ。それでも、兵士たちの士気を再び持ち上げるには、十分すぎるものであった。

 この兵士長は、今までに嘘をついたことがなかったから。


「どれ。ここらでちょっと変わり種でも披露しておくか」


 防戦一方では、体力だけでなく精神も摩耗し続けてしまう。一度気持ちが崩れると、おそらくもう立て直しはできないことをフェンは感じていた。

 フェンは魔法障壁を一度解除すると、すぐさま魔法の詠唱に入る。


「闇を滅する光よ、我が元に集いて全てを薙ぎ払え!」


 すぐさま、フェンから光が放たれた。

 直線の港に沿って飛ぶ光の渦は、複数の兵士を瞬時に蹴散らしていく。

 フェンの魔法に怯んだのか、アルージェ兵たちの勢いが明らかに減退した。今までずっと守りに徹していたので、フェンが扱える魔法は守りの類だけだと彼らは思っていたのだ。

 フェンの魔法に続けとばかりに、兵士たちも幾分か鋭い動きを取り戻し、槍を突く。


 ――上は任せたぞ、ラディム。


 祈りながら、フェンは二撃目の攻撃魔法を撃ち放った。







 ウォーハンマーを連続で振り下ろすマトラカ。重量級の武器であるが、見た目の重さなど感じさせない鋭い攻撃に、ガティスは避けるので精一杯であった。

 空振ったマトラカの攻撃は、次々と大地に穴を空けていく。

 ガティスは混蟲メクスだが、本職は料理人だ。兵士ではない。彼が相手にしたことがあるのは、既に動かなくなった肉ばかりである。それでもガティスは震えることなく、冷静に驚異と対峙していた。

 彼女らの目的は一体何なのか。疑問を抱かずにはいられなかったのだ。


(行動だけを見ると、この国を蹂躙じゅうりんするためにやって来た可能性が高そうだが――)


 詳しい事情はガティスの知るところではないが、一方的な蛮行にやられるだけというのは、当然ながら受け入れられるものではない。


「闇よ、我の元に集い、全てを断つ刃となれ」


 初めて紡がれたガティスの魔法。

 アメジスト色の鋭利な魔法がマトラカに向かう。

 彼女は嬉しそうに口笛を吹くと大きく後ろに跳躍し――次の瞬間、力任せにそれを叩き潰してしまった。

 力技で魔法を消滅させたマトラカに、ガティスは思わず苦笑を洩らしてしまった。非常識という点では、彼の幼馴染みと良い勝負かもしれない。もっとも、性質は全然違うものであるが。


「お前ら! アタシは後で追いつくから先に行きな!」


 突然、マトラカが声を張り上げた。手を出すな――というマトラカの言葉を従順に守っていた兵士たちは、新たな命令に目を丸くさせるばかりであった。


「マトラカ様!? しかし――」

「見学するだけってのも飽きてきただろ? そもそも何のためにこの国に来たのか、忘れたわけじゃあるまいな?」

「……かしこまりました」

「よし。皆、城に向けて前進を開始するぞ」


 そうはさせまいと、兵士たちに向けて跳ぶガティス。だが、マトラカが猛スピードで距離を詰めてきた。


「ぐっ!」

「よそ見をしないでほしいね。あんたの相手はアタシだよ」


 大振りで非常に雑な、それでも威力のあるマトラカの一撃を、ガティスは腕の針で受け止めることを余技なくされる。

 キン――と高い音を出し、ガティスの針の先が欠け落ちた。


「――――!」


 腕から脳天に突き抜ける、衝撃と痺れ。だが痛みより、動揺の方が大きかった。

 変形させていた腕が欠けた・・・のだ。元の腕に影響が出ているのは間違いないだろう。

 その横で、兵士たちが城に向かって歩き出していた。


 ――まずい。


 このまま兵士らを放っておくわけにはいかない。だが、目の前の女の戦闘能力が高すぎる。複数の人間を同時に相手にするほどの余裕は、今のガティスにはない。

 どうすればいい?

 歯噛みするガティスの後方で、突如鈍い音が鳴った。水面の泡が破裂したかのような、ボコボコという低い音であった。


「な、何だ!?」


 兵士たちの反応から、彼らの仕込みの音ではないことを瞬時に察することはできた。マトラカも口を開けて、ガティスの後ろに視線をやっている。

 彼女らから注意を逸らさぬまま、ガティスも振り返り、そして驚愕に目を見開いた。


「なっ――? 花……?」


 いつの間にか、そこらに生えている巨木など比較にならないほどの、巨大な赤い花が咲いていたのだ。

 花の中央は鮮やかな水色をしていて少し不気味だが、ガティスにはその花に見覚えがあった。


(この色はハラビナか? しかしなぜ、突然……)


 マトラカや兵士たちは、突然現れた巨大な花に呆気にとられている。森を上から見下ろすような大きさの花が、いきなり現れたのだ。彼らには魔物の一種に見えていることだろう。

 その花の中央から、おびただしい量の花粉があふれ出してきた。ガティスは本能的に上空に回避する。

 あっという間に、森は水色の花粉に包まれる。まるで霧だ。

 霧となった花粉は風に乗り、どんどん広がっていく。眼下ではマトラカたちが花に向かって飛びかかろうとしていた。切り倒すつもりなのだろう。

 だが、唐突に異変が彼女らを襲った。


「――!?」


 武器を手にしたまま、次々と膝から崩折れる兵士たち。

 マトラカもウォーハンマーを手にしたまま、その場にがっくりと膝を付く。何とか立ち上がろうとしていた彼女たちだが、やがて武器を手にしたまま、地に倒れ伏した。


「これは……?」


 困惑するガティス。間違いなくあの赤い花のせいだろうが、一体どういう原理でそうなったのか、ガティスには皆目検討がつかない。

 これは、セクレトとテレノが魔法植物ハラビナの力を『逆流』させたことによるものであった。

 以前、ラディムたちが異変に遭遇した時と効能が違うのは、あの時は周囲の花の養分を闇雲に吸っていたからである。

 セクレトたちは、ハラビナから取り出した力――彼らが結晶と呼ぶもの――を使い、取り出した力をハラビナに一気に戻した。

 ハラビナの効果の一つは、『精神を安定させる』もの。

 その力を最大まで引き上げ逆流させることで、『眠り』の状態を強制的に引き起こしたのだ。

 ハラビナを通して地上の激戦の様子を見ていたセクレトたち。せめて一カ所だけでも戦いを止めることができないか――と、彼らの起こした行動であった。

 はねがある混蟲のガティスならおそらく避けてくれるだろう……と、無謀に近い祈りも込められていたが。

 巨大なハラビナから噴出する花粉は、ラカスタヤ公園に隣接する森全体をも覆わんとしていた。その濃さから想像するに、おそらく短時間で効能は切れないだろう。

 常時であれば、誰か巻き込まれていないか確認するところであるが、折しも今日は国を挙げての結婚式であった。おそらくこの付近に人間はいないだろうと結論付けたガティスは、これを機にその場を後にした。

 向かう先はただ一つ。フライアのいる、テムスノー城。

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