第15話 邂逅(あるいは再会)
遙か昔に存在を消したムー大陸。それは、魔道士によって『作られた』大陸だった。
かつて、特別な力を自然に得た人間たちがいた。
手から炎を出すことができたり、生ける植物を氷漬けにしたりすることができる者たち。
まさに、選ばれた人間であった。
いつからか、彼らは自分たちのことを『魔道士』と呼ぶようになる。
世界中に散らばっていた魔道士たちは導かれるかの如く集まり、やがて空に大陸を作った。
自分らを『異物』だと排除しようとした、下界の人間を見下ろすために。優越感に浸るために。『楽園』を下界の人間に荒らされないように。
しかしその魔道士たちの楽園も、結局は争いで消滅してしまうことになる。
選ばれた人間だけが住む、平和な大陸になるはずだった。だが、彼らは気付いていなかった。
結局、本質的には彼らも『人間』なのだと。
山中に閉じこめられていた時、ペルヴォはそのようなことを幾度となく考えた。だが、その度に否定した。
魔法を扱えない、ただの人間。彼らは魔道士より遙かに愚かな存在だ。同じであるはずがない――と。
それはペルヴォだけでなく、魔道士全員が抱いていた認識であった。だから、私的興味を満たすだけの実験に、躊躇うことなく下界の人間を使い続けてきたのだ。
今、ペルヴォの眼前に立つ昆虫の
それなのに、彼らはペルヴォの邪魔をする。
ここに来るまでに、かなり感情を押さえていた。全ては目的を果たすため。
だが、もう押さえる理由はない。
「ラディム!」
研究室の天井を突き破ってきたのは、間違いなく彼だった。
剥き出しの上半身には、いくつもの傷が付いている。ほとんどは瓦礫による擦り傷のようだが、一ヶ所だけあからさまな『魔法痕』があった。打ち身のように赤紫に変色しているが、残り香のように、微かに魔法の気配をフライアは感じたのだ。
フライアはラディムに駆け寄り、慌てて背から抱き起こす。だが、すぐに彼の腕がフライアを突き飛ばした。
「逃げろ。すぐに」
驚くフライアに振り返ることなく、ラディムは落ちてきた天井を見つめたまま低く言い放つ。
「え……?」
「いいから逃げろ!」
「逃がさないよ」
天井から降ってきた声に、ラディムが顔を歪ませる。そしてフライアも、今の声で胸が激しく脈打ちだす。
薄暗い空洞を悠々と下りてきたのは、眼鏡をかけた藍髪の青年だった。
線の細い整った顔は、初めて見るものである。だが、声にはかすかに覚えがあった。
青年が翅もないのに浮かんでいるさまを見て、フライアはまさか――と唇を震わせる。
「ようやくここまで来ることができたよ。実際にお目にかかれて光栄です、お姫様。……よくも、僕と
言葉の節々から、彼の怒りの感情が伝わってくる。
今まで幾度となく人間たちの嫌悪の眼差しを受けてきたが、ここまで憎悪に満ちた激しい敵意を向けられたのは初めてだった。ラディムがフライアの盾になるように立ち上がってくれなかったら、涙が溢れていたかもしれない。
フライアは混乱しそうだった。
なぜ、彼がここにいるのか。この国が攻撃されているのは、全て彼によるものなのか。だとしたら、自分はどうすればいい?
だが、ラディムは有無を言わさず『逃げろ』と言った。もしかして、狙いは
その考えに至った瞬間、フライアの心は恐怖で氷りつきそうであった。
「さあ、ヴェリスの遺品を渡してもらおうか」
ペルヴォの言葉が、フライアの予想を決定付けた。眼鏡の奥の瞳が鋭さを増す。それに合わせ、ペルヴォの体を取り巻く光も強くなる。
「君たちには
「……あなたは、あれがどういう物なのか、既に知っているというのですか」
「いや、正確にはわからないよ。記録媒体なのは知っているけれど。ヴェリスの物であることは間違いないから、僕が貰う」
「渡させるかよ!」
言葉と同時に、ラディムが槍のようにペルヴォに向かう。
今の二人の会話の間に、詠唱をすませていたのだろう。ラディムの右腕と左腕は、赤と緑、それぞれ別の色に包まれていた。
ペルヴォはそれを見て、感嘆の声を洩らした。
「へえ、左右の腕で別の魔法を発動させるとはねえ。僕たち魔道士でも、なかなかできることじゃないよ。やはり、ヴェリスが作った混蟲は凄いな」
「俺はあんな奴に作られたわけじゃねえ!」
炎を
ペルヴォは片手をかざし、迎え撃つ。
激しく衝突する両者。
熱を帯びた風が、研究所内の書類を無造作に巻き上げた。
その隙に、フライアは意を決し、飛んだ。
今までにあまり使ったことのない、背中の翅で。
今は、ラディムの足手まといにならないこと。そのためには、この場から離れる必要があると刹那の内に考えたのだ。
ペルヴォがフライアの動きに気付くが、ラディムがさらに魔法をかけ直し、刃となった腕を振るって阻止する。
フライアは後ろ髪を引かれる思いで、ラディムが墜ちてきた穴を上っていった。
地下から中庭に出たフライアは、そのまま上昇を続ける。彼女は、屋上を目指していた。
城下町の大通り。
ワスタティオ率いる一隊は、向かい来るテムスノーの兵たちを文字通り薙ぎ倒しながら進み続けていた。
武器を持った兵士たちに『何者か』が後方から突っ込んできたのは、いよいよ城門に近付こうかという時であった。
突然の奇襲だった。
兵たちはすぐに方向を転換し、攻撃を開始。だが奇襲者の姿を認識した瞬間、攻撃に鋭さが失われる。
まさか奇襲者が、純白の衣装を身に着けているとは想像すらしていなかったのだ。
奇襲者――エドヴァルドは、そんな彼らの動揺をも利用する。
動きが止まった者の背後を取り、ある者は腕を、ある者は首をねじ曲げる。花嫁姿の奇襲者は、素手で確実に人数を減らしていく。
倒れた仲間に我を忘れ、叩きつけるようにして武器を振るう兵士たち。
エドヴァルドは次々と繰り出される剣の一撃を、悠々と避けていく。その動きはまるで、風に舞う花弁のようであった。
「あなたが、頭か」
兵たちの攻撃をかわしながら、ついにエドヴァルドは先頭にいた人物までたどり着く。
明らかに一人、雰囲気が違う人物。獅子の気を纏っているかのようだった。
「いかにも。我こそはアルージェ国の王、ワスタティオだ」
王自ら先頭に立っているとは――。
エドヴァルドは驚くが、ならば話が早いとばかりに、ワスタティオの目をしっかりと見据える。
「すぐに、この国から兵を引かせてくださいませんか」
「我は主のような者を求めてやって来たのだ。
「それはできないご相談ですね」
返答はエドヴァルドのものではない。声は、まったく別のところから上がった。
割り込んできた第三者の声。皆は一斉に城門へと振り返る。
そこには、槍を手にしたオデルが佇んでいた。
「彼女は、僕の妻になる予定ですから。一国の王とはいえ、人の妻を勝手に連れ去るのはいかがなものかと」
オデルは口の端に笑みを
「レクブリックの王子か。疑っていたわけではないが、婚約の話は本当だったようだな」
テムスノーだけでなく、長年手を焼いてきたレクブリックも一気に手に入れることができる状況だ。すぐそこまで迫っている願望に、ワスタティオは笑みをこぼさずにはいられない。
「オデル王子……。どうして」
戸惑いながらもエドヴァルドは跳躍し、一度ワスタティオの側から離れる。彼女は空中で一回転したのち、オデルの横に着地した。
「結構
「この状況で茶化さないでください。それより、なぜ外に出てきたのですか。危険すぎます」
「そうは言っても、もうここまできたら手遅れだろう? せめて表面上の役割だけでも、今は務めさせてもらうよ」
「もう何を言っても無駄そうですね……」
「君の『夫』になるからには、これくらいの無茶はしなくちゃね?」
気を取り直した兵たちが、たちまち二人を取り囲んだ。
兵士たちの後ろでは、ワスタティオも今まで抜かなかった剣を抜いている。斬るというより『叩き斬る』という言葉が似合う、幅の広いブロードソードであった。
エドヴァルドとオデルは、背中合わせに立つ。
「王子は、腕に覚えは?」
「ある――と言いたいところだけれど、残念ながらまったくないよ」
「そこは嘘でも『ある』と言ってほしかったのですが。この状況で背中を預けるには不安すぎます」
「だが、自分の身を守るだけならできる」
「……その言葉、信じますよ」
瞬間、エドヴァルドは兵士たちに向けて飛び出した。素早さに圧倒される彼らに対し、鋭い回し蹴りを放つ。
無数の雄叫びが、城門前に響き渡った。
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